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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔神フレイムとフルード編-
76/101

76.番外編 優しいだけでは㊲

お読みいただきありがとうございます。

 いきなり規模が壮大になった話題に、しかし、フレイムは動じなかった。


『そうですね』

『あら、ご存知でいらしたの? 焔神様はお若い神であらせられるから、意図的に調べない限りお知りになることはないと思っていたけれども』

『ええ。だから調べたんですよ。弟が生まれた家のことくらい、少しは知っておいた方がいいと思いましたから。さっき言ったでしょう、レシスの名が泣くと。……レシス家は鬼神様の仰せ通り、原初の聖威師の家系の一つでした』


 太古の昔、まだ神と人が共存していた頃から、聖威師という存在はいた。

 神が一番最初に寵を与えた人間は、一人ではない。様々な神に複数の者が同時期に見初められている。最初期に誕生した聖威師たちは、後代においては原初の聖威師と称される。そのうちの一人がレシス家の直系祖先なのだ。


 なお、聖威師の定義には細かな決まりがあるが、大まかに言えば、『元は神以外の存在であったが神格を得た者の中で、元々の存在として持っていた寿命を消化している間はその存在に擬態し、神威だけでなく神格自体を己の内に押し秘め、神性を抑えて暮らしている者』のことを指す。


 正確にはもっと詳細かつ厳密な定めがあるのだが、大枠でこれに当てはまらなければ、聖威師とはみなされない。現代の神官たちの間では、ざっくりと『神の寵を得て自らも神になったものの、神格を抑えて人として地上にいる元人間』という解釈が一般化しているが、本来の定義はもっと複雑であり、対象を元人間に限定してもいない。


 そして太古の昔、人間が初めて神の寵を受けるより以前から、人間以外で神に見初められた存在はいた。例えば獣や鳥、魚などが神寵を受けて神格を得ることもあったのだ。だが、彼らは即時に神格を表出させていた。わざわざ神性を抑えてまで元の存在に擬態しようとする者はいなかった。

 そんなことを考えたのは人間が初めてであり、必然的に人間の中で最初に神の寵を受けた者たちが最初の聖威師となることになった。


『遥か悠久の昔――神の愛娘(まなむすめ)、あるいは奇跡の愛娘と呼ばれた少女がいた。彼女は世界で一番最初に聖威師になった者たちの一人。しかも寵を授けたのは悪神で、生き餌としてではなく通常の神と同様の寵愛を与えていた』


 悪神の性質を考えれば、本来は有り得ないはずの事態だ。だが、彼女はそれを実現させた。だからこそ、同様の存在である奇跡の神からもじって奇跡の愛娘と呼ばれていた。後代でいう奇跡の聖威師の前身である。


『原初の聖威師にして世界初の奇跡の聖威師となった娘。彼女がセインの祖にあたる』


 その娘は、当然だがとっくの昔に昇天しており、今は神として天界にいる。奇跡の聖威師は自らも悪神になるので、悪神の領域に座しているのだ。


『そこまで予習済みとは勤勉なことですな。ご存知という素振りを見せられませんでしたので、失礼ながら何も知らぬものと思っておりました』

『あくまで遠い先祖のことで、セインに直接関係ある話ではないですからね。あの子がもう少し大きくなってから伝えようと思っていました』

『おやおや、私と同じ思考ですなぁ。私も同様に考えておりました』


 狼神が耳を揺らして笑うのを、フレイムは横目で見つめた。鬼神と狼神は、運命神や時空神などと同時期に顕現した最古級の神だ。原初の聖威師たちが地上で生きていた時代には既に顕れていた。当時のことは肌身で知っているだろう。

 もしも今の時点でフルードに先祖のことを話した方がいいならば、全てを知る狼神が動いていたはずだった。だが、特に行動を起こさなかったので、フレイムの方もすぐに話す必要はなさそうだと判断した。


『……イステンドやノルギアス、宗基に唯全。今じゃ帝国の大公家や皇国の一位貴族になっている家も、元を辿れば原初の聖威師を出した家門だったとか。だからこそ皇帝家の庶子が臣籍降下する先として選ばれるようになった』


 ただし、原初の聖威師たちの中で悪神から寵を受けたのはレシスの娘だけだった。他の家門の者たちは皆、通常の神に見初められていた。

 フレイムの言葉に、狼神がクルクルと尻尾を回した。


『その通りです。ただ、レシスの家はイステンドや宗基などとは異なり、継続的に聖威師及び霊威師を輩出することはありませんでした。祖たる少女――神の愛娘と称された娘以外はからっきしでしてな』

『その娘だけの一発屋的な感じだったんですね』


 真面目に合いの手を入れたつもりのフレイムだったが、狼神と鬼神はそろって笑い声を上げた。


『ほほほ、焔神様は面白いお言葉選びをなさるわね。……けれども、そうね。そういうことよ。その娘が昇天した後は、レシスの家は自然と表舞台から消えていったわ。そして数千年以上の年月が流れたの』


 笑った拍子に乱れた髪が邪魔だったか、手の甲でかき上げた鬼神が言う。くくるかバッサリ切るかすりゃいいのに、と内心で突っ込むフレイムだが、もちろん口には出さない。黙って聞く姿勢を取った。


『遥か(のち)の時代になって、私は単発で地上に降臨したわ。現在から300年ほど前のことよ。私好みの人間を見付けたから、神使に取り立ててやろうと思ってね。もちろん生き餌という意味での神使よ』


 ニィとつり上がった鬼神の唇から、鋭い牙が覗く。だが、その口元はすぐに緩やかな弧を描き直した。当時の大切な思い出を回想するかのように。


『そうして降りた先で、私は一人の少年と会ったの。人間から見れば異形の形をした私を欠片も恐れずに微笑みかけて来たあの子は、市井(しせい)でひっそりと血を繋いで来たレシスの末裔だったわ』


 鬼神がチラとでも姿を見せれば、人々はその恐ろしい異形の様相に恐れをなして悲鳴を上げ、卒倒し、意識がある者は逃げ惑う。それが当然の反応だった中、その子だけは違ったのだという。

 ただにっこりと笑って頭を下げ、こう言った。


『こんにちは。天から降りて来られた上に、そのお姿……もしや悪神様でしょうか。ようこそ地上へ。今日は良い天気です。弁当を持っているのでご一緒にいかがですか?』


 その瞬間、鬼神は生き餌にしようと思っていた人間のことなどどうでも良くなった。それよりも、目の前の少年に惹かれたのだ。こちらを悪神だと推察できていながら、微塵も怖がらない真っ直ぐな眼差しと微笑みに心を掴まれた。

 自分が怖くないのか、普通の人間は悪神を見ると絶叫して忌避するものだと話すと、その子は即答した。


『怖くありません。悪神なのですから、人間が驚くようなお姿をなさっていて当然です。こうして意思疎通も会話もできるのに、こちらの言葉が通じないような化け物扱いをして騒ぎ立てる方が失礼なのです』


 そう言って鬼神に寄り添い、弁当のパンを半分こにして分けてくれた。その凛とした意志は、美醜を超えた域で悪神をも魅了した。何より、少年の魂はある種異様な気を放っている。どれほどの苦境に陥ろうとも自分を見失うことがないような、異次元の境地にある魂。それを感知した瞬間、鬼神は耐え難いほどの衝動に駆られた。この子が欲しい、この魂が愛おしいと。


『私はあの子に寵を与えて愛し子にすると決めたわ。生き餌ではなく、通常の神と同じように愛し、奇跡の聖威師にするとね。とはいえ、奇跡の聖威師は長い間誕生していなかったから……あらかじめ禍神様や同胞の悪神たちに話を通しておこうと思って、その時はひとまず天に還ったのよ』


 それが間違いだった。せめて愛し子の仮誓約だけでもして掌中に引き込んでおけば良かったと、鬼神は悲しそうに言った。


『けれども……あの子が私と話しているところを、他の人間が見ていたの。あんな異形と親しくするとはどういう了見だ、あれは悪鬼邪霊の類に違いないと、村人たちに総出で責め立てられたらしいわ』


 神官ではない一般人は神威を読めないため、悪神と邪霊妖魔などの区別が付き難い。前者はれっきとした神であり、低俗な後者とは根本から違うのだが。


『低級な悪霊や邪霊ではない、天から降りて来たまごうかたなき神だと、あの子が何度説明しても聞き入れなかったの。お前は悪鬼に騙され洗脳されたのだと決め付けて……あの子を縛り上げ、石を投げて打ち殺してしまったのよ』


 愛し子として神格を与えていれば、死しても問題はなかった。その時点で天に昇るだけだ。だが、鬼神はまだ寵を与えておらず、少年はただの人間だった。徴を発現していない一般人は、死後は輪廻の輪に乗って転生する。


 一度天に戻った鬼神が再び地上の少年の様子を確認した時、彼は既に命を奪われ、転生のための輪に乗ってしまった後だった。


 しかも、大勢に詰られ、縛り付けられて打ち殺された衝撃で精神の深くまで傷付いており、転生しかけたところで魂が止まってしまっていた。凄まじい苦難の中でも壊れることがない異質な魂だからといって、痛みや悲しみや恐怖を感じないわけではないのだ。こうなると、傷が癒えて生まれ変わるまでには時間がかかる。


 鬼神は悩んだ。自分の力ならば魂にも転生にも容易に干渉できる。しかし、危ういところで均衡を保ちながら回復を計っている魂を確認した結果、これは下手に横槍を入れない方がいいと判断し、手出しを控えた。


『私は我慢して待ち続けたわ。心を癒したあの子が転生し、再びこの世に生まれ落ちる時を。ただ、今は神々が人間に対して怒っているでしょう? 天威師が宥めているとはいえ、ギリギリの状況にあるわ。もしもあの子が転生する前に地上が滅びることになれば、あの子の魂だけはすくい上げて寵を与えようと思っていたの』


 結果的に言えば、現在まで人類と地上は存続しているので、心配は不要だったが。


『それからは10年に一度くらいの頻度で地上を視るようにしたのよ。あの子が生まれ変わっていたら、今度こそ寵を与えようと思っていたわ。そして4年前、そろそろ確認する時期だと思って下界を覗いて、見付けたの。生まれ変わったあの子が……ヴェーゼが、今にも殺されそうな暴力を受けているところを』


 おそらく、前回地上を視た直後に転生したのだろう。待ちわびた生まれ変わりは、ちょうど10歳になっていた。


『私は即座にヴェーゼに寵と加護を与え、奇跡の聖威師にしたわ。やっと、やっとこの手に抱くことができたのよ。私の愛し子を』

ありがとうございました。

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