66.番外編 優しいだけでは㉗
お読みいただきありがとうございます。
◆◆◆
「ったく、何なんだ聖威師たちは。何考えてやがる」
神官府の一角にある林の入口に立ち、フレイムがガリガリと頭をかいた。
「……うええぇん」
緊張の糸が切れたフルードが泣き出す。
「寄ってたかって……み、皆が僕を殺そうとする……」
狼神の腕から降りると、涙をぬぐって転移を発動した。
「外に出なきゃ」
だが次の瞬間、その全身が光に包まれた。静電気が走ったような軽い衝撃と共に、体が神官府に引き戻される。
「わぁ!?」
地面に転がった小さな体を助け起こしてやりながら、狼神が言った。
「お前の出府を封じる術がかけられておるな」
「ええ!?」
愕然としたフルードは後ずさり、今度はヨタヨタと走って鬱蒼とした林の中に入っていく。
「あ、おい。どこ行くんだよ?」
フレイムと狼神が後を追った。
「逃げるんです。ここから出ないと、僕殺されちゃう!」
「だからって林に入るのか?」
「一番奥まで行ったら神官府を囲む塀に行き着きます。塀を乗り越えれば外に出られます」
一目散に走るフルードを追いながら、フレイムと狼神は小声で会話する。
《どう思います、狼神様?》
《うぅん……何が何だか分かりませぬが、あの子たち――聖威師たちからはとにかく切羽詰まった気持ちが伝わって来ました。自分たちとしても不本意極まりないが、それでもどうしてもこうするしかないと。今は神威の大半を抑えているので、詳しい事情は読めませんでしたが》
《ですよねー。そもそも、セインに手を出せば狼神様が黙っちゃいない。それで揉め事になれば、自分たちの主神と狼神様が衝突して天界が大騒動になるかもしれない。そのリスクを分かってるはずなのに手にかけようとしてるんだから、それだけの……狼神様を納得させられるような理由があるはずなんです》
と、こうして穏便に話しているのは、相手が聖威師――つまり自分たちの同胞だからだ。神は身内にどこまでも寛大である。これがもし聖威師でなければ、フルードに殺意を持った時点で理由も聞かれず神罰牢に叩き落とされている。
《どうします、いったん神威を解放して全てを視通しますか》
《それがいいでしょうな。セインはここから出してやりましょう。出府禁止の結界は力ずくで破れば良いのです》
意見がまとまりかけた時、フルードが声を上げた。
「あっ、塀!」
目の前に高い塀が見えて来た。フレイムと狼神は会話をやめて前方を見る。
「ここを登れば……」
呟いたフルードだが、塀に触れた瞬間、ポンと弾かれて後ろに飛ばされた。フレイムが眉を寄せる。
「やっぱりお前を神官府から出さないつもりだ。飛翔で塀を越えようとしても無理だろうな」
「…………」
呆然と黙り込んだフルードが、力なく地面にうずくまる。そして大粒の涙をこぼした。ひく、ひくとしゃくり上げながら呟く。
「う……うぅ……狼神様……お兄様……狼神様、お兄様ぁ」
フレイムがよいしょとフルードを抱き上げた。
「なーんだ?」
「……え?」
「呼んだかセイン?」
狼神も穏やかに微笑んで愛し子の頭を撫でる。
そんな二人の行動が堪らなく嬉しく、安堵している自分に困惑しながら、フルードは首を傾げた。
「な、何で僕の秘め名を清掃員さんが知ってるんですか?」
「ん? あーそうか、目眩しが効いてんのか」
「神威を抑える前に強力なものをかけましたからなぁ」
そこで、ふとフレイムが周囲を見回した。
「にしても、ここは暗い林だな」
呟いて何かを思い出したように瞬きし、唇の端をつり上げて笑う。
「そうだ、ちょうどいい。ここでやっちまうか。――なぁセイン。ダメだろ〜こんな所に来たら」
「え……?」
周囲に無数の火球が燃え上がる。
「火の玉伝説だ。お前みたいに世間知らずなピヨが暗ーい林に入ったら、火の神に攫われちまうんだぜ」
フルードを見下ろす碧眼が、キラリと山吹色に光った。その輝きを見たフルードの瞳から光が消え、瞼が閉じる。ぐったりと脱力した小さな体を、フレイムはそっと抱え直した。意識を手放した子どもの耳元で囁く。
「お前はたった今、俺に召し出されたんだよセイン。召されてる期間は、神官の務めからも解放される。だから、数年かけて徹底的に、集中して、全てを教えてやるよ。あ、もちろん狼神様の許可と承認は取ってあるからな」
これでフルードは、狼神だけではなく焔神まで惹き付けた稀代の神官だと認識されることになる。もちろん良い意味でだ。
「この子に万一のことあらば本気で怒りますからな」
真顔で念押しする狼神は、普段はどこまでも温厚だが、いざキレると死ぬほど怖いことで天界では有名だ。
「最終的な権利は主神の私が持ったままですよ。この子が限界と思えば、すぐに修行は終わりで天に連れて行きますからな」
「分かってますって。本人が起きたら、目眩しを解いてやってちゃんと説明もします。ただ、その前に聖威師の動きが気になりますが……」
そう言っている内にフルードの指がピクリと動いた。
「ん……?」
うっすらと開いた瞳は、既に自我を取り戻している。
「おー、起きたか」
「せ、清掃員さん!? 僕、もしかして寝てたんですか? ごめんなさい!」
「気にすんな。それより、今目眩しを解いてやるから……」
言いかけたフレイムが言葉を止め、狼神と共に同じ斜め上の空間を見る。直後、その場所が裂け、孔雀神と嵐神が出現した。
「おや、その姿……清掃員というのはもしやそなたらのことか」
孔雀神が扇子を翻して笑う。
「何だお前ら?」
フレイムが眉を顰めた。狼神もだ。
実はここに集った四神は全員、地上に降りる前、神威を用いて凄まじい強さの目眩しをかけた。周囲の者が、あらゆる理屈や常識を無視して、自分たちを清掃員や賓客だと信じ込んで疑わないようにと。その後で神威を抑えて降臨した。
そのため、目眩しが互いに効き合っており、神威を抑えていることからそれを破ることもできず――というか目眩しに惑わされている自覚もなく――、相手の正体に気が付かないでいた。
「私たちは一介の客人。賓客のようなものだ」
嵐神が言う。普通の客がこんな林の奥まで入って来るはずがないが、その齟齬は目眩しのせいで認識できない。
「すごいドレス……きっとVIPですよ」
宝石を散らした孔雀神のドレスと、装飾こそないものの極上品と分かる仕立てである嵐神のドレスを見て、フルードが言う。割と適当な予想である。フレイムが眉間にシワを寄せて呟いた。
「なるほどVIPか。いや、よく分からんが」
嵐神が一歩前に出た。
「その神官を渡せ。――こちらにおいでフルード。当真とアシュトンが待っている」
「な、何でお客様のあなたが僕の名前を知ってるんですか……って当真様とアシュトン様!?」
訝しげに尋ねかけたフルードが青ざめ、首をブンブンと振ってフレイムにしがみついた。
(連れて行かれたら爆殺か刺殺される……!)
「断る」
フレイムが簡潔に拒絶する。嵐神が眉をつり上げた。
「清掃員、お前は口を挟むな。黙ってその子を渡せ」
「そういうわけにはいかねえな」
「いいから言うことを聞け! 邪魔をするならば容赦はしない。――力ずくで奪う!」
日傘をフレイムに突き付ける嵐神。その周囲に風が逆巻く。フレイムも不敵な笑みを浮かべ、右手でフルードを抱えたまま、左手に出現させたモップを一回転させて槍のように構えた。チリリと火の粉が爆ぜる。
「はっ、やってみろVIP! 清掃員ナメんなよ!」
二神は同時に跳躍し、林を抜けて天高くに舞い上がった。嵐神の起こす新緑色の風が見上げるような大鷲となり、口から超速の竜巻を吐き出した。
フレイムの操る紅蓮の炎も巨大な不死鳥となって顕現し、顎を開いて高音の火炎放射をぶっ放す。
そして、ここまでの状況になっても、相手が同胞だとは気付かない。本気でかからなければならない相手だということは分かるが、それでも清掃員あるいは賓客だと頑なに思い込んでいる。とんでもない目眩しである。
「待てっ、逃げるな!」
「やーい捕まえてみろよ!」
炎を振り撒きながら大空を旋回する不死鳥と、爆風を飛ばしながらそれを追う大鷲。妖魔の出現と並行し、突如として始まったハタ迷惑な空中追走劇を、神官や都の人々があんぐりと口を開けて見上げている。
「その子を渡せえぇ!」
大鷲に乗った嵐神が日傘に神威を流し込み、フレイム目がけて投じる。日傘は新緑の鎌鼬と化し、高速で回転しながら迫った。
「やなこった!」
不死鳥の上に仁王立ちしたフレイムがモップに力を送り、紅蓮の大槍に転じさせると、向かい来る鎌鼬目がけて投擲した。
風の刃と炎の穂先が中空で衝突して盛大な大花火をぶち上げ、大気を焼き焦がす。
一方、孔雀神と狼神も空へと飛翔していた。
「清掃担当者よ、わらわに手向かいするならば容赦はせぬ」
孔雀神がドレスの袖を翻し、狼神に向かって腕を薙ぐ。半円を描くように一閃した扇子から瑠璃色の衝撃波が放射された。
「ああ、何故こんなことになるのやら……」
狼神がげんなりした目で呻き、ハタキを取り出した両手を交差させて構えた。両手を振り抜くと、迫る衝撃波が弾かれる。
瑠璃色と、空色がかった灰銀。二つの神威がぶつかり合い、大気中で大爆発を起こした。
ありがとうございました。




