優しいだけでは㉖
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「おやおや、何を見ておる。当真はほんにかわゆいのう」
「どうかしたのか、私の愛し子ローナよ」
当真とアシュトンが慕わしさを乗せた目で自身の主神を見る。
「孔雀神様、今日は突然お呼び立てしてしまい、申し訳ございません」
「帝国人の容姿に変化までしていただいてありがとうございます、嵐神様」
「当真の頼みならばこのような趣向も良い」
「他ならぬお前の願いならば聞こうとも」
とろけるような優しさを乗せて語りかける孔雀神と嵐神に、当真とアシュトンは言った。
「たってのお願いがあります。フルード・レシス神官を僕たちの前に連れて来て下さい。やたらと強い清掃員がいて、僕たちの邪魔をするんです」
「どうかお願いいたします。私たちは父上からの指示違反にならぬよう、ここで待機しています。神だということはバレぬようご配慮いただけると幸いです」
孔雀神と嵐神は顔を見合わせた。
「安心おし。わらわたちの正体は露見せぬよう、神威による強力な目眩しをかけておる。周囲の者たちは、こちらを外部からの賓客としか認識できぬ。わらわたち自身も、そなたら以外の前では客人の振りをしようとも」
「密かに降臨して欲しいということだったため、神威も大部分を抑えているしな。……しかし、フルードといえば我らの同胞。あの狼神様の愛し子ではないか」
嵐神の言葉に、アシュトンが困ったように返す。
「狼神様には今まで何度か念話したのですが、繋がらないのです」
「そうか。おそらく天界で騒ぎが起きたためだろう。狼神様は御顕現より悠久の星霜を経られた古参の神。ご自身が表立って動かれることは少ないが、それでも色々と立て込んでいるのかもしれない」
実は立て込むどころかこっそり降臨しているのだが、狼神は滅多に動かぬ不動の神という認識が定着している神々は、その可能性を考えてもいなかった。
「天で何かあったのですか?」
「悪神の聖威師が誕生した。それも奇跡の聖威師だ」
アシュトンと当真が息を呑んだ。
悪神。邪神や鬼神、妖神など悪しきものを司り、不幸と災厄をもたらす凶神の総称である。ただし、負の事象を司るとはいえれっきとした神であるので、他の神々のことは大切な身内と認識しており、寛容かつ慈愛を持って接する。
そして、悪神も聖威師を選び出すことがある。だが悪神の聖威師は、通常の意味での神の愛し子とは違う。愛や慈悲など欠片も与えられず、ただ主神の永久玩具として久遠に虐げられ嬲られ続ける生き餌だ。どれだけ弄んでも壊れないようにするために神格を焼き付けられるので、神威を使うことはできず、他の神々からは同胞と見なされない。
しかし――これには例外がある。悪神であっても、善悪や美醜を超えた域で素晴らしいと思ったものは認め賞賛し、時には鍾愛する。狼神や孔雀神などは、四大高位神だけでなく悪神の長である禍神からも認められ、通常の神が与えるのと同じ寵愛を授かっている。ゆえに、その意味でも奇跡の神、偉大なる神と呼ばれている。
つまり、悪神であろうと、真に感銘を受けた者には通常の神と同じように寵愛を与え、正真正銘の愛し子にすることがある。そうなれば、その聖威師は通常の神の聖威師と同様だ。本当の意味で神格を授かり神の仲間入りをし、神威も使え、全ての神々から大事な身内と認識される。
だが悪神の性質上、そのような存在が生まれることは滅多にない。通常では起こり得ないその快挙を達成した者は奇跡の聖威師と称されるが、今までに誕生した前例は少ない。
今回、その奇跡が起こったというのだ。
嵐神が神妙な顔で続ける。
「悪神が一柱、鬼神様の寵を受けた、正真正銘の愛し子。決して生き餌などではない、真の意味での聖威師。我らの大切な同胞だ」
「鬼神様……。孔雀神様と同じで、最高神全柱の寵を受けていらっしゃる奇跡の神ですね」
当真の呟きに、アシュトンが追随する。
「奇跡の神が奇跡の聖威師を誕生させたわけですか。それはおめでとうございます」
悪神も神々にとっては大切な身内だ。同胞の誕生は慶事中の慶事。この場にいる全員の胸中には、渦巻くような喜びの感情が湧き上がっている。
「しかし、どこの神官府からも、聖威師が誕生したという報は受けておりません。これから上がるのでしょうか。正真正銘の聖威師ならば、都にある神官府の中央本府の長になりますが、悪神の愛し子となれば神官たちが驚くでしょう。今から手を打っておかなくては」
「それに関しても、いずれ鬼神様から聖威師に説明があるだろう。我らもまだ仔細は分かっておらぬのだ」
当真も思案する素振りを見せたものの、切り替えるように頭を振った。
「アシュトン君、それは今考えても仕方がないことだよ。嵐神様の仰る通り、機を見て鬼神様からご説明がなされるだろうから、待ってみよう。……孔雀神様、嵐神様、話を戻しましょう。奇跡の聖威師の誕生は僕も嬉しいですが、今の最優先はフルード君の件です」
きっぱりと言い切り、当真は覚悟を決めた目で続ける。
「狼神様には連絡が取れ次第、話をします。とにかくフルード君をここに連れて来て欲しいのです。清掃員が邪魔をしたら殺さない程度に蹴散らして下さい」
主神は愛し子にどこまでも甘い。二神はにこにこと微笑んで頷いた。
「そう。よしよし、ではそうしよう。少し待っておいで」
「聖威師すら阻む清掃員というのが気にかかるが、行けば分かるだろう」
言い置き、孔雀神と嵐神はふわりとかき消えた。
それからさほど間を置かず、神官府の時計塔に妖魔が転送されて来た。
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