63.番外編 優しいだけでは㉔
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「当真、何をしているんだ!」
険しい顔をした当波と、金髪碧眼の美しい男性が現れる。
「ラ、ライナス大神官!」
冷たい美貌を持つ男性を見て、フルードは声を上げた。彼は帝国神官府の大神官、ライナス・イステンド。アシュトンの父でもある。
「あの、面談室だった塔が爆発して……」
フルードの言葉に、男性――ライナスが塔を見上げる。気付けば塔の炎は嘘のように消え、破られた窓も元に戻っていた。完全に復元している。最新の防衛機能を持つ南の塔に組み込まれた、自動修復霊具が発動したのだ。
「君との面談はこの塔で行う予定ではなかった。ここは自動修復もあって便利だから、アシュトンが個人的に立ち回ったのだろう。遮断結界もあの子が張ったのか? 全く、勝手なことをして……」
眉を寄せた呟きが大気に溶ける。
「私たちがやる。子どもは下がっていなさい」
「父上、待っ……」
当波が言い、当真を強制転移させた。抵抗するように声を上げかけた当真だが、霞のようにかき消える。
当真を抑えていたフレイムが、空いた手を下ろして当波とライナスを見た。
「おい、どういうことか説明しろ」
それに被せるように、狼神がフルードを抱えたまま後方に跳んだ。その残像を貫くように弾丸が飛来する。着地した狼神は、間髪入れずさらに後方に離脱する。
直後、飛び退いた場所の地面から鋭い突起状の聖威が突き上がった。半瞬でも退避が遅れて入れば串刺しになっていただろう。
「残念、外しましたか」
「確実に心臓を刺し貫こうと思ったのですが」
抑揚のない声と共に、聖威を銃の形に発現させた佳良と、神妙な顔をしたオーネリアが現れる。
「…………」
色々な意味で凍り付いているフルードをちらと見遣り、フレイムが佳良とオーネリアに言う。
「連続で攻撃することもできたはずだ。それをしなかったってことは話し合いの余地があると思っていいのか?」
佳良が眉を寄せた。
「単発に留めたのはあなた方がいたからです。何なのですかあなた方は。フルード神官をこちらに渡しなさい」
フルードが狼神にしがみつき、フレイムに向かって必死で首を横に振った。それを見て安心させるように頷いたフレイムが、ビシッと聖威師たちを指差す。
「いや、渡したら殺すだろお前ら! いい大人が9歳のガキを寄ってたかって仕留めようとする方が何なのですかだよ! いいから訳を話せ、お前らを傷付ける気はねえから」
フルードも勇気を振り絞ってかすれ声を上げた。
「そ、そうですよ説明して下さい。僕が全然神官として上達しないからですか? 何をやらせても駄目だからですか? 何度教えても上手くできないからですか? 僕が……」
「違う、君は何も悪くない! 私たちの力が及ばなかっただけだ」
強い口調で言った当波が拳を握る。
「君のせいではない。君はよく頑張っている、私たちは誰も見限ってなどいない。……だが、もう……」
苦渋を孕んだ目で言葉を絞り出そうとするのを遮り、ライナスが一歩前に出た。
「自分が殺される理由を説明されたところで納得するのか? 何を言っても説明ではなく言い訳にしかならない」
聖威師たちとて、最初から問答無用で息の根を止めようと考えていたわけではない。フルードが納得するかは別として、きちんと理由を話すべきだと思っていた。
しかし――仮に説明した場合はどうなるか聖威を用いて試算したところ、かなりの確率でフルードの心が砕けるという予測が出た。自分が弱いせいで、聖威師たちに最後の最後まで特大の迷惑をかけてしまったと。両親や貴族の虐待拷問を受け続けてすら自身を保ち続けた驚異の魂は、しかし、このような形でのダメージに対しては脆い。しかも、生まれてからまともに肯定されて来なかったため、自己肯定感がマイナスをも振り切るほどに低い。
それらを踏まえ、聖威師たちは悩みに悩んだ末、本人には仔細を言わず強制的に昇天させ、先に神にしてしまった方がいいと考えた。神格を解放すれば精神も神のそれになる。そうなれば、その後に事情を知らされても砕けることなく耐えられるからだ。
フルードの主神である狼神には事前に説明しておこうと思ったが、三日前の儀式が終わってから幾度か連絡を取ろうとしても繋がらない。
狼神は狼神で、フレイムと今後の打ち合わせがあるのと、天界にて悪神からある発表が行われ騒ぎになったことで手を取られているためだ。だが、聖威師たちはその事実を知らない。天の神とはすぐに連絡が付かないこともあるので、タイミングが悪いとしか思わなかった。
そして、その結果――いきなりフルードの命を断とうとする現在の状況が発生していた。
理不尽で不条理な話であるが、聖威師たちの方も必死だ。下手に心が砕けてしまえば、神として悠久に在り続けるフルードは、これから続く永劫の時を屍同然で過ごし続けることになりかねない。それだけは回避しようとしている。
「君は私たちを怒っていい。永遠に恨んでいい」
「そんなことしません」
覚悟の表情を受かべて言ったライナスに、フルードは間髪入れずに返した。
「あなたたちは僕に優しくして下さいました。とても親切にして下さいました。今までずっと冷たくて暗い世界にいた僕に、温かさと光をくれました。そんなあなたたちを怒ったり恨んだりなんかしません。嫌いになったりもしません。僕は皆さんのことがずっと大好きです。例え皆さんに嫌われたとしても……」
自分を殺そうとする者を迷わず許し、これからも変わらず慕うと断言する。場に沈黙が落ちた。ライナスの怜悧な美貌が崩れ、打って変わって包み込むような優しさを帯びた眼差しが微笑む。
「私たちが君を嫌うはすがない。私たちも君のことがとても大事だ。――だが、そうか……うん、やはり君はここで死ぬべきだ」
「何でそうなるんだよ!」
フレイムがズコッとこける。
当波の手に閃光が走り、聖威の稲妻が宿った。
「一瞬で終わらせるから目を閉じておいで。大丈夫、痛みを感じる間もないよ。次に目を開けたらもう天界にいるからね、何も怖くないよ」
怖さしか感じない台詞を吐き捨てる当波に、フルードはひぃと身を竦めた。
(ほ、本気で……殺される!)
そして、フレイムと狼神を見る。
「た……助けて下さい!」
例え正体を明かされていなくとも、魂の無意識の部分は彼らが誰であるかを察し、全幅の信頼を寄せていた。
「あなたたちなら聖威師に勝てるでしょう!?」
目の前にいるのが本当にただの清掃員であったら、無茶振りもいいところである。
「大丈夫、必ず守りますよ」
「おぅ任しとけ!」
だが、二人とも高位神なのであっさり快諾した。
「清掃業者に当ててはいけませんよ!」
「分かっております。万一フルード君以外に当たっても無害なようにしています」
念押しする佳良に頷いた当波が稲妻を振りかぶり、正確にフルードに向けて投げ放った。音速よりも早い攻撃。片腕でフルードを抱えた狼神がかわすが、稲妻は軌道を変えながら宙で分裂し、幾つもの雷撃に変じて一斉にフルードを襲う。
狼神が空いている片腕をかざして対応しようとする。だが、それよりも早くフレイムがフルードの前に滑り込み、雷撃をまとめて手刀でなぎ払い、叩き落とした。
「清掃員、どけ!」
神官衣の腰に下げていた剣の柄に手をかけたライナスが、フレイムと狼神に向かって鋭く告げる。
神威による強力な目眩しのせいで、全員がフレイムと狼神を普通の清掃員だと強固に信じ込んでいる。音速の攻撃をあっさり避けたり聖威を素手で叩き落とす清掃員などいるはずがないが、その理屈も認識できないようにされているためだ。
「あーもう話し合いにならねえな! いったん離れましょう!」
フレイムが狼神と頷き合い、タンと地を蹴った。遮断結界を力ずくでぶち破って脱出する。
「待て――」
聖威師たちが追撃しようとした時。外部との窓口担当の神官から緊迫した念話が入った。
《緊急通信です! オルハ王国にある高位神の神器が妖魔に奪取され、取り込まれたとのこと! 専用の神器で対処を試みたものの手に負えず、やむを得ず帝都の神官府に妖魔ごと緊急転送すると連絡がありました! 転送先は時計塔の付近に設定するそうです。聖威師の方々、どうか迎撃のご準備を!》
ありがとうございました。




