58.番外編 優しいだけでは⑲
お読みいただきありがとうございます。
番外編「優しいだけでは」は、当初は前話で終わり、本話からは続きの時系列となる番外編を別のタイトルで書く予定でした。
が、完全に話が続いているので迷った結果、タイトルは変えず「優しいだけでは」の続き番号で書くことにしました。
本来は別の話だったため、本話以降から少し作風と文体が変わります。
「すっぽんじゃなくて〜」より「神様に嫌われた神官〜」の方が若干コメディ色が強い感じになっており、今までは前者の番外編だったので前者寄りにして来ましたが、本話より少し後からは後者寄りになります。
◆◆◆
「残念ながら、あの子の――神官フルードの未来が確定してしまいました」
沈痛な面持ちを浮かべたオーネリアが言葉を絞り出す。
人気のない、夜半の帝国神官府の神官長室。夜番の神官はいるが、非常事態が起こらない限りこの時間に来ることはない。
「ええ、私たちも確認しました」
柔和な美貌を曇らせた当波が唇を噛む。その横に佇む当真は、今にも倒れそうな顔で父親の衣を掴んでいた。
「フルード君が……!」
オーネリアは静かに頷いた。
「今日の神鎮めで起こったことに関しては、既に聖威師への定期連絡でお伝えした通りです。神官フルードは三日間の謹慎にしました。しかし、その後で本人から念話があり……その時に未来が定まったのが垣間見えました」
その瞬間、オーネリアは念話で聖威師たちに一斉通信を行い、そのことを伝えた。ちょうど儀式の前の小休止中だったこともあり、全員がその場で聖威を発動し、フルードの絶望の末路が決定的となったことをその目で確認していた。
「あそこまではっきり定まってしまえば、もう動かせませんでしょう」
恵奈が口元に神官衣の袖を当て、悲愴な声を漏らす。
「父上、どうにか助けられないのですか!? 父上の権能とお持ちの神器なら……」
アシュトンが縋り付くように言い、言われた男性が苦悩の表情を見せる。
「私は確かに禁術が使えるが、ほんの少しだけだ。使用可能な範囲にも多くの制限と条件が課せられている。残念だがフルードを救うには及ばない」
難しい顔をした佳良が、オーネリアに尋ねた。
「運命神とはまだ連絡が取れませんか?」
「取れるには取れましたが、簡潔な神告文が届いただけです。今は天珠の収穫が大詰めで手が離せないので、こちらの勧請に対応できるのはしばし後になると書かれていました」
運命神は、自分の領域で育てている大量の天珠を愛している。特別な招請がなければ、数千年でも数万年でも天珠と向き合っている引きこもりだ。当波が眉を顰める。
「神の時間感覚は人間とは違います。しばしというのは十年後か二十年後でもおかしくありません。……間に合わないのでは」
重い沈黙が流れた。ズンとした空気を斬り裂き、口を開いたのはオーネリアだった。
「次代の聖威師の確保と育成は重要課題です。しかし、それはあの子の心を犠牲にしていい理由にはなりません。――あの子に同情的な紅日皇女様ならばと思い、儀式の後で念話をしようとしましたが、入れ替わりで泊まりの神鎮めが入られていましたので……連絡は控えることにしました」
いや、そこは遠慮しなくていいから連絡欲しかったなぁ、と後の日香は呟くのだが、それはまた後日の話だ。
「大前提として、聖威師のことは聖威師が決めるものですからね。……何とかしてあの子を助けなくては」
――強制昇天も視野に入れるべきだ。例えそうすることで、未来永劫フルードに恨まれることになったとしても構わない。あの優しい魂がズタボロに切り刻まれて消え果てることに比べれば、そのくらい何ということはない。
このような特殊な事情があるならば、フルードを手にかけようとしても狼神も目をつぶってくれるだろう。それしかあの子を救う方法がないのだから。
――やるしかない。
真剣な眼差しで、全員がそう考えた。
実はあの後で未来が変わったことを知らないまま。
◆◆◆
(誰か)
手を伸ばす。
自分自身すら認識できていない深層心理の奥。表層に出ている部分では理解できていなくとも、魂の最奥はこれから待ち受けている未来を知っていた。
仕方ない。
弱い自分が消えるしかない。
――ああ、でも死にたくない。
生まれてよりこのかた、ずっと辛い思いばかりして、毎日毎日泣いて来た。
それが何の因果か狼神に見初められ、両親やご主人様から解放されて、これからやっと幸せになれると思ったのに。
(誰かっ……)
無意識に力を発動し、まだ未熟な聖威を駆使して必死に探す。自分を助けてくれる者を。自分が消えなくても強くなれるようにしてくれる、奇跡の存在を。
だが、見付からない。当然だ。奇跡はほとんど起こらないから奇跡なのだ。
該当する者がいても、皆それぞれに膨大な制約や決め事を課せられている上、多忙な環境などにも縛られている。自分を救ってくれることは現実的に無理だった。
紅日皇女日香も、黇死太子秀峰も、先達の聖威師たちも。皆そうだ。
(もう駄目なのかな)
失意と諦観に呑まれそうになる。
己が望む未来を手に入れるために、自分は存在することすら許されないのか。
ただ苦難だけを味わい、ひたすらボコボコにされて、幸福になる間もなく消えていく。それが自分の運命だったのか。
これから幸せになれるかもしれない、と微かな希望を抱いたことがいけなかったのだろうか。
そう諦めかけた時、何かの力に導かれるように、紅蓮の煌めきが聖威の端に引っかかった。ハッと見上げると、天の上に力強く温かい焔が燃えている。その光に気付いた途端、安堵で涙が溢れそうになった。
(ああ、いた――)
たった一つだけ見付けた希望。自分を助けてくれるのは、この光しかない。
(助けて下さい。お願いだから……どうか助けて)
ほとんど使いこなせていない力を必死で縒り合わせ、か細く頼りない縁の糸をその輝きに向かって伸ばし――
ありがとうございました。




