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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔神フレイムとフルード編-
54/101

54.番外編 優しいだけでは⑮

お読みいただきありがとうございます。

『ええ、仕方のないことです。それが神ですから』


 狼神が温厚な表情のまま、酷薄な言葉を放つ。だが、彼は突き放したつもりはないだろう。この世界における事実を告げているまでだ。

 そして、焔神自身も頷き、それを呑み込んでいる。


『俺だって母神と姉神、兄神を愛してる。義理の兄神もだ。納得できないことがあっても、それが神なんだから仕方ないと理解するしかない。割り切って進むしかないんだ』


 そうでなければ、いつまでも立ち止まったままになってしまう。


「どうして……ここまで話して下さったのですか?」

『お前を形作る一番深い部分を知っちまったんだ。俺の方もそれなりのことを話さないと不公平だろ』


 焔神はフルードを抱えるとそっと腕から出し、向かい合う形で床に座らせた。そして、ひょいと手を振り上げる。といっても、乱暴な動作をしたわけではない。挙手をするように無造作に掲げただけだ。

 だが、フルードの反応は劇的だった。


「ひっ……っ!」


 びくりと震えて体を丸め、小刻みに震えながら目を閉じる。


『セイン、大丈夫か』


 即座に駆け寄った狼神が、両腕でフルードを包み込んだ。未だに人の姿を取っているので、抱くようにして守る。常と違う煌めきを放つ灰銀の双眸が、ゆっくりと焔神に向けられた。焔神が降参するように両手を上げる。


『大変申し訳ありません。ですが、どうしても確かめたかった』

『……致し方ありませんなぁ。今回限りでお願いしますよ』


 しばしの睥睨(へいげい)の後、狼神が眼差しと気配を和らげた。目礼した焔神が、フルードに声をかけた。


『おいピヨ、驚かせて悪かった。何にもしないから顔上げな。大丈夫だから』

「…………」


 カタカタ震えていたフルードが薄目を開き、そろりと狼神の腕から顔を出した。


『なぁ、聖威の扱いにしろ神鎮めにしろ、実技演習を含めた修練にしろ……お前がどうして上手くできないのか、俺は不思議だった。できるはずなんだ。――だってお前は()()()()()()()()()


(そうなんだよねー)


 見守っていた日香は大きく頷いた。


 最高神にすら届き得る、選ばれし神々。天界の最高峰に君臨する超越存在。その愛し子となれば、授かる神格は通常の愛し子より遥かに高い。高位神の神性を賜るのだ。当然、その力は色を帯びている。現在地上にいる聖威師たちは全員がそうだ。


『今は神格を抑制しているとはいえ、奇跡の神である狼神様の恩寵を受けた以上、お前の本性は高位神だ。なのに、力がそれに見合ってねえ。その原因が分かったぜ。――端的にいえば心の傷が深すぎて魂そのものが萎縮し切ってるんだ』


 物心ついた頃から圧倒的な暴力に晒され続けて来た魂が、怯えて凍り付いてしまっている。焔神が少し手を振り上げただけで、殴られると身構えた体が反射的に縮こまってしまうのだ。

 焔神の山吹色の瞳が、赤みを帯びて煌めいた。フルードの表層的な心の内だけでなく、魂の状態を最奥まで視ている。


『聖威師たちが慎重になるわけだ。聖威の扱いだけを教え込んでも意味がない。徹底的な魂のケアを並行しないと駄目だ。一対一で時間をかけて何度もカウンセリングして、治療期間は心が不安定になるから常に目の届くところにいさせ、魂の最奥から根本的に癒していく……それは時間が足りないな』

『ええ。聖威師には聖威師の役割や制約、決まりがある。それらをこなしながらこの子の魂まで回復させるには手が足りませぬ』

「あの……魂のケア? 癒す? 何の話でしょうか? ――いえ、それより狼神様。話がすっかり逸れてしまっています。最初に戻しましょう。僕の聖威の修練についてです。聖威師の皆様は忙しいようなので、僕に修行を付けて欲しいのです」


 ようやく、話が原点に戻って来た。聖威師たちは、まだフルードに自身の魂の状態を教えていない。近いうちに時間を取ってと思っているが、繊細な問題なので慎重を期さねばならない。一つ間違えればフルードの心を壊しかねないのだ。


 狼神が渋い顔で愛し子を見る。焔神がフルードに向けていた目を眇め、眉を顰める。おそらく彼も気付いたのだ。このまま突き進めば、フルードがどうなってしまうか。


「もしかして、僕の魂が傷付いているから難しいのですか? 狼神様のご神威で治してはいただけませんか?』

『……治せるとも。だがそうしたところで、お前の優しく透明な心は変わらない。それではこの先を生き抜くことができぬ。心は砕け、お前は別人になってしまう。そうなったとしても、私はお前を見捨てないが……それくらいならば、ここで天に連れ帰った方がどれだけ良いか』

「僕は皆を守れる聖威師になりたいです。先生にどうしても王宝章(おうほうしょう)を……玻璃章(はりしょう)を差し上げたいのです。お願いします、僕に教えて下さい」

『愛し子にむざむざと最期(おわり)への引導を渡すはずがない。セイン、良い子だから一緒に天に行こう』


 平行線の応酬を遮ったのは焔神だった。


『ピヨピヨ。一つ聞いていいか。俺と初めて会った時、どうして唯全家の当主から俺たちを庇ったんだ。聖威の自主練をしてたっつったら、処罰で打たれることは分かってたんだろ。そういうことに大きな恐怖を感じるくせに、何故庇った』

「見付かったらあなた方が怒られるとお聞きしたから……。ここにいると言わないでくれと頼んでも無視されて、引きずり出されて殴られる辛さを、僕は知っています。だから、自分が頼まれる立場になった時は、全力で隠れている人を守ろうと思っていたんです」

『勝手に天を抜け出して来た俺の方に非があってもか』


 フルードはおずおずと焔神を見上げた。哀しいほどに優しい青が、山吹の瞳をじっと見つめる。


「はい。だってあなた方は悪い人には思えないから。あの時も今も」


 真っ直ぐな視線を据えられた焔神が、その透明さに魅入られたように動きを止める。

 世界にはびこる理不尽と不条理、そしてあらゆる痛みを知る少年は、はにかむように笑った。


「僕はあなた方をお守りできましたか? 後で叱られませんでしたか? 僕、ちゃんと役に立てましたか? ……こんな僕でも、誰かのためになれたでしょうか? 焔神様、僕は立派な聖威師になりたいです。神官も人間も、皆を守れるような強い聖威師になりたいのです」

『…………』


 目を見開き、焔神はフルードを見つめた。あまりにも純粋で無垢な魂。この透き通った心は、これから待ち受ける壮絶な修練に耐えられない。両親や貴族から受けていた虐待拷問と、今後必要となる修練は、全く種類が違うのだ。前者に耐えられたからといって、後者も同じように凌げるわけではない。


『――()()()


 唇が動き、予言がこぼれ出る。


『聖威の修行をすれば、お前は死ぬ。精神面での話だ。今ここで俺と話しているお前は、厳しい修練の中で砕けて消える。……わざわざ死ぬことはねえんだ。狼神様と一緒に天に行け。神々も他の聖威師も、誰も責めねえよ』


 フルードの目にもう一度涙が盛り上がった。次々に膨らみ、頰へと流れ落ちる透明な滴。はらはらとこぼれるそれをぬぐいもせず、じっと焔神を見ている。その碧眼の奥に潜む、紛れも無い()()()()()


『…………!』


 それを見つめ返していた焔神が、不意に何かに気付いたように息を呑んだ。目を見開き、顔の前に右手を持って来ると、じっと自分の指を凝視している。


『どうなさいました?』


 狼神が聞く。


(どうしたんだろう?)


 日香も天威を込めた目で焔神の手元を視た。そして小さく声を上げる。


「あっ」

(あれってもしかして――)


 同時に、焔神が目を閉じた。数瞬の間沈黙し、小さくひとりごちる。


『……そうか。()()()()()()()()のか……』

ありがとうございました。

15話で終わりませんでした…。

もう少し続きます。

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