53.番外編 優しいだけでは⑭
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「……どういうことですか?」
『俺は今でこそ、火神一族の一員として認められてる。母神からは愛しい我が御子と呼ばれているし、姉神と兄神からもこぞって可愛がられてるからな』
焔神がこれまでの記憶を辿るように言う。
『俺が母神から説教されてたら、姉神と兄神が全員すっ飛んで来て庇ってくれるんだ。例え俺の方に非があったとしても、全力で守ってくれる』
そうして、『次からはバレないようにやればいい』と慰め、もっと怒った火神に姉兄弟まとめて全員で叱られるまでが定型化しているのだという。
『説教後はケロッとしたもんで、俺を励まそうと遊びに誘ったり、楽しい話をしてくれたりするんだ。母神も母神で、説教が終わった後は菓子やら何やら持って来たりして、元気付けようとして下さる』
聞いていた日香は、真意を推し量るように焔神を見つめた。彼はフルードの生育環境を身をもって知った。にも関わらず、傷口を抉るように自分たち家族の仲良し自慢をするような神ではない。この話にはきっと裏がある。
フルードが痛みを帯びた眼差しで微笑んだ。
「仲が良いご家族なんですね」
『ああ』
焔神も爽やかに笑う。その奥に、フルードとはまた違う種類の痛みを孕んだ双眸で。
『けど、それは俺が焔神になってからの話だ。精霊だった頃は、火神を母と呼ぶことなんか許されなかった。何か不快にさせるようなことをしちまった時は兄神の神炎で焼かれたし、姉神からは道端の石ころと同じ扱いを受けていた。ついでに、姉神の夫神には個として認識されてすらいなかった』
それは当然だと、焔神は言う。下働きは生きた消耗品でしかないのだからと。狼神も『そうでしょうな』と頷き、それを肯定した。
『だが、俺が神使に取り立てられて神格を得たら対応が変わり、俺を準身内と認めた。神格を得たなら半分は同胞だ、ってな。いきなり母と姉と兄ができたわけだ。姉神の夫も、俺を義弟と呼んで存在を認知するようになった』
あくまであっさりと、軽やかに言う焔神は、しかし心の中はそうではないだろう。
『ただ、その時点ではまだ距離があった。最高神の神使としての箔付のために、神性を賜っただけだったからな。正式な身分は神じゃなく神使のままだったから、完全な同胞とは認められなかった。母や姉、兄と呼ぶことは可能でも、失礼は許されなかったし、逆らうこともできなかった』
『そうでしょうな』
狼神が先ほどと同じ相槌を繰り返した。何を当たり前のことを言っているのかと言わんばかりの反応だ。
眉を下げたフルードが、小さな手を伸ばして焔神の衣を握った。既にシワだらけの神衣がさらにクシャクシャになるが、焔神は怒らない。眦を下げて微笑み、優しい手付きでフルードの体をトントンと叩いた。それを見た日香は胸を撫で下ろす。
(うわぁ、焔神で良かった! 兄の灼神だったらブチ切れ案件だったね。あの神めちゃくちゃ几帳面だし綺麗好きだもの)
聖なる神衣に涙をボタボタ零して大量のシミを作り、何度もぎゅうぎゅう握ってシワまみれにしたとなれば……それはもう恐ろしいことになる。
(あ、だけど神同士はめちゃくちゃ寛大だから。フルード君がやったんなら、同胞の聖威師だから笑顔で許してもらえたか。でも、もし神以外が同じことをしたら……機嫌急降下で天威師出動になるかも)
とはいえ焔神に関しては、フルードが聖威師だから優しいわけではないだろう。彼の元々の性格だ。
『本当の意味で家族になったのは、俺が高位神の一柱に連なって焔神になった時――正真正銘の同胞になった時だ。それからは末っ子に激甘な母親と兄ちゃん姉ちゃんの爆誕だ』
苦笑した焔神が、その表情にほろ苦さを混じらせた。
『……俺は一貫して俺なんだがな。精霊の時も、神使の時も、焔神の時も、俺は全部同じ俺でいて、同じように精一杯やっていたつもりだった。だが、向こうにとってはそうじゃなかったらしい。同胞と認識して守るのは焔神だけ。……仕方ないさ、それが神の感覚なんだ』
そう言う山吹色の瞳には、諦観があった。きっと彼は、苦悩と葛藤の末に何かを諦め、そういうものだと割り切ったのだ。
『私の内は何も変わっていない。ただ天威に覚醒したというだけで皆の態度が変わった』
かつて秀峰が淡々と呟いていた言葉が去来する。
(私も……)
日香自身も実体験で知っている。今まで散々すっぽんだと陰口を叩いて来た人々が、真実を知るとコロリと掌を返したことを。日香自身は何も変わっていない、変えていないのに。
それに対する反応は三者三様だった。秀峰は絶望し、それでも赦した。日香は呆れながら達観した。焔神は諦めた上で割り切った。
皆、それぞれの形で折り合いを付けて前に進んでいるのだ。
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