47.番外編 優しいだけでは⑧
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『…………』
青年神と従神が沈黙した。ややあって、青年神が口を開く。
『……う、うん、まぁ知ってるけどよ。それがどうした?』
動揺を示すように視線がさ迷っているが、フルードもフルードで緊張しているので気付かない。
「実は僕、いえ私は、本日これから焔神様を勧請するのです」
『…………お、おぅ……』
青年神の目がビッチビチに泳ぎまくっている。
「聖威師として高位神をお喚びするのは初めてなのですが、立ち会って下さるはずだった大神官が急務で間に合うか分からなくなって……。とても不安なのです」
『……そうか。ところでお前、名前は?』
「え? ああっ、大変失礼いたしました、申し遅れました! 私はミレニアム帝国神官、フルード・セイン・レシスと申します。先日聖威師の末席を汚したばかりの若輩者です」
地に付けていた体をさらに深く折り曲げ、フルードは礼をした。
『そうか。勧請者の名はフルードか』
呟いた青年神が小さく咳払いした。
『で……焔神を喚ぶけど初めてだから不安だって?』
「は、はい。粗相をしてお怒りを買わないかと。あの、焔神様はどんなお方であらせられるのでしょうか?」
『あー、どんなってのは……?』
「えっと、これをしたらお怒りになるとか、こういうことは言ったら駄目とか。気を付けることがあれば知りたいのです」
『うーんそうだな……まぁ普通にしてりゃ怒ることはないと思うが』
「で、でも何かが逆鱗に触れてしまったら――怒り狂って口から火を噴いたりしませんか?』
『口から火は噴かねえかな!? まぁ噴こうと思えば噴けるけどな!』
「巨大化して暴れたりは」
『きょ、巨大化はしねえなぁ!? しようと思えばできるが!』
「いきなり全身真っ赤になったりとか」
『ちょっと待て、お前は焔神を何だと思ってんだ!? 神だぞ神、怪獣じゃねえぞ? ちょっと落ち着け!』
両手を振って宥める青年神の横で、従神たちが腹を抱えて爆笑している。おそらくまとめ役と思われる長身の男神が前に出た。
『若き聖威師よ、心配は不要である。焔神様はひっじょーにお優しーく慈悲深ーく寛大極まりなーく、まさしく慈父のごとき眼差しをお持ちであられ……』
得意気に焔神を褒めちぎる横で、蒼白になった青年神が二の腕をさすって悶えている。
『うわああぁぁ、おいやめろ気持ち悪い! 何か鳥肌立って来たぜ』
何故焔神の話でこの青年が拒否反応を示すのだろうか。フルードが胡乱な目を向けた時。新たな声が響いた。
「おーいフルード君、いるかい? 私だ、唯全当波だ。遅くなってしまってすまないね。そこにいるかな? ……ん? 微かだが神威が……神がいらっしゃるのか?」
軽い足音が草木を踏んで近付いて来る。当真の父――唯全家の当主だ。
(皇国の大神官様! 良かった、神鎮めが早く終わったんだ!)
当波は、フルードが切羽詰まると裏庭に隠れてメソメソすることを知っている。今もおそらくこの付近にいると推測して来たのだろう。ホッと胸を撫で下ろすフルードとは逆に、青年神たちはピキリとこわばった。
『おい、あの声……唯全家の当主じゃね? うっわ、終わった。しまった、神威をもっと抑えとけば良かったぜ』
『彼の者はベテランの聖威師ですからなぁ。気取られたからにはごまかせませんでしょう』
『あちゃー、お説教決定っすねー』
青年神が軽く頭をかき、従神たちを見遣った。
『お前ら、今すぐ天に戻れ。俺が一人で抜け出したのに気付かなかったことにしろ。そうすりゃ俺だけが叱られるので済む』
そしてフルードの前に両膝を付き、よっこらせと引き起こしてやりながら言う。
『ほら、お前もそろそろ立てよ』
「え? も、申し訳ありません……」
『気にすんな、聖威師は神だからな。同胞には俺たちも気遣いするんだよ。で、だ。さっき言ったこと……内緒にして欲しいってのは忘れてくれ。観念して出るわ。ただ、ここにいたのは俺だけってことにしてくれねえかな。こいつらは俺に巻き込まれただけなんだ』
すると、従神たちが口々に言い募った。
『何を仰せですか、共に参りますぞ。我らは一蓮托生』
『そっすよ。褒められる時も叱られる時も一緒っす』
『皆で叱られれば怖くない、ですね』
『我が主と一緒ならばお叱りもそれほど厳しくはありませんでしょう』
それを聞いていたフルードは、スルリと四阿の陰から出た。深緋色の神官衣を着込んでいる当真の父――当波の前に姿を現わす。
「わ、私はここです、大神官」
「ああ、いた。良かった」
当真とよく似た黒髪黒目の青年が胸を撫で下ろした。眦を下げた美しい容貌が安堵で和んでいる。きっと当真が成長した暁には、父のような美青年になるのだろう。
「心配をかけてすまなかった。緊急の神鎮めは終わったから、もう大丈夫。君の勧請に立ち会える。……ところで、先ほど神威を感じたのだが、どなたか神がおいでなのだろうか」
訝しげに周囲を見回しながら、四阿の陰を覗き込もうとしたところを、フルードは止めた。
「だ、誰もいません!」
ありがとうございました。




