45.番外編 優しいだけでは⑥
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先生はとても丁寧で慈愛深かった。なかなか覚えられないフルードのために、幾度も個別に勉強を見てくれた。
『君は出来損ないなどではないよ。ゆっくりでいい、最初から一緒に学んで行こう』
彼に会って初めて、優しさというものに触れた。先生と呼び慕うようになった彼が自分の父親だったら良かったのにと、何度思ったことか。
一度、父親になって欲しいと頼みに、彼の研究室まで行ったことがある。だが扉の前で、彼の呟きを聞いてしまった。
『フィラ……私の愛しい一人娘。もうすぐお前の命日だ。突然の心臓発作で、治療する間もなく逝ってしまったお前の……。お母さんも天に召されたから、お前にもう弟妹はできない。私は再婚するつもりはないし、子どもも欲しくない。フィラ、私はずっと、お前の父親だ。お前だけの父親だよ』
それを聞いたフルードは、黙って廊下を引き返した。先生に自分の父親になってくれと言ってはいけないと悟ったからだ。
ずっと一人だったフルードの運命が大きく転がったのは、その後。選ばれし神に見初められたのだ。どれだけ辛い境遇にあっても、真っ直ぐさと透明さを失わない魂の輝きを認められての奇跡だった。それが発端となり、現在の幸福に繋がっている。
『セイン』
ふかふかの尻尾をフルードの体に巻き付けて嬉しそうにすり寄って来る狼神と、フルードを温かく迎え入れてくれた狼神の従神たち。
両親からも貴族からも解放されたフルードは、ようやく、誰かに甘えるということを知った。狼神は好きなだけ甘えさせてくれる。包み込んでくれる。優しく名を呼んでくれる。
フルードの名もセインの名も、生みの両親がくじ引きで決めたものだ。何の由来も思い入れもないその名が、大事な存在に呼ばれるたびに輝きのあるものに変わっていく。
自分はあの大いなる神々に恥じぬ聖威師になりたい。だが、現状はこの有り様だ。これではいつか彼らの面目を潰してしまうかもしれない。
(狼神様は……僕なんかを愛し子にしたことを後悔なさっていないかな。こんな僕なんか)
もっと神官として強くなりたい。力の使い方が上手くなりたい。だが、教えてくれる者がいない。
(学びたくても教えてくれる人がいないよ)
初めて自分に良くしてくれた『先生』は霊威師なので、聖威師の指導はできない。
オーネリアや佳良を筆頭にした先達の聖威師たちが教えてくれようとはするが、彼らも多忙な身。個人の指南に十分な時間を割けない。恵奈は個別指導を受けられたが、それは宗基家の嫡女という立場あっての特別待遇だ。
(お兄ちゃんがいたら、教えてもらえたんだろうか。きっと強くて大きくて何でも知ってて、頼りになるお兄ちゃんだったはずだから)
皆が言っていた。兄が死産ではなくきちんと生まれていたら、フルードよりずっと立派だったに違いないと。
外で見る兄弟は、皆楽しそうに笑っている。少し歳が離れていれば、兄が弟を高い高いしたり、おんぶしたりしていた。一緒にかくれんぼをしたり駆けっこをしたり、お菓子を半分こしているのも見た。
神官府にも兄弟で入府している者がいるが、弟に勉強を教えてやっている兄も多い。
(教えてくれる人が欲しい。お兄ちゃんが欲しい)
そこで閃く。師は狼神に頼めないだろうか。当真やアシュトンとて、父親を加護している神から指南を受けていた。ならば狼神に修行をつけてもらえるかもしれない。
狼神を喚ぼう。そう考えた時、ふと葡萄酒色の髪と力強い山吹色の双眸が胸中をよぎった。熱い紅蓮の神威と暖かな眼差しも。
(あ……)
そうだ。もう一柱、親切にしてくれる神がいる。
(焔神様)
彼のことを思い出した途端、思った。
(僕のお兄ちゃんは、きっと焔神様みたいな人だった)
記憶が遡る。彼の神との出会いまで。
ありがとうございました。




