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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔神フレイムとフルード編-
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優しいだけでは④

お読みいただきありがとうございます。

 重苦しい空気の中、オーネリアが一歩前に出る。


「神官フルード・レシス。今日から三日間自邸で謹慎なさい。極力自室から出ないようにし、自らの至らなさを認識するのです」


 ずっと置物状態で見守っていた日香は、小さく溜め息を吐いた。


(フルード君……辛いなぁ。そりゃ押し切られちゃったのは良くなかったけど。そう簡単に相手との関係性とか自分の性格とか変えられないよね)


 まだ10歳にも満たない少年ならばなおのこと。だが、結果として神を怒らせてしまった以上、ここで甘い顔はできない。一歩間違えれば被害が拡大し、死者が出ていた可能性もあるのだ。

 やり切れなさが満ちる場に、フルードが漏らす嗚咽だけが響いていた。



 ◆◆◆


 まだ小さくしゃくり上げているフルードが、佳良に付き添われとぼとぼと場を去っていく。見送った日香は、オーネリアと向き合った。


「皇女様。この度は御手を煩わせてしまい誠にご無礼いたしました」

「良いのです。これも天威師の仕事ですから」


 皇女然とした態度を貼り付け、日香は淡く笑みを浮かべる。オーネリアが表情を和らげ、呟いた。


「あの子は……フルードはとても努力家で優しい子なのです。彼の生い立ちから鑑(かんが)みると奇跡と言えるほどに」

「そうでしょうね。私も少々経歴を確認しました」


 日香がしみじみと言うと、オーネリアは切ない眼差しを浮かべる。


「あの子は山奥にある小さな村の、とても貧しい家に生まれました。貧困世帯に配布される支援金は酒飲みの父と精神を病んだ母が使い込み、一人息子の彼は暴言暴力の嵐を受けながら奴隷のごとくこき使われていたようです」


 家庭内で――それも閉ざされた山村で起こる虐待は外に伝わりにくい。


「徴(しるし)を発現してからは金の卵として神官府に送られたものの、跡取りのいない貴族が莫大な謝礼金を両親に提示し、取引を持ちかけました。フルードを跡取り候補として引き取り、教育を受けさせ、使い物になるようであれば養子縁組を行いたいと」


 並の神官の生涯給金を上回る謝礼金。躊躇なく話に飛びついた親はフルードを瞬時に切り捨て、貴族に売り飛ばした。


「ですが、その貴族は跡取りという道具が欲しかっただけでした。フルードへの愛情はなく、下賎な生まれと罵り体罰だらけの厳格な教育を詰め込みました。鞭打ちや徹夜、食事抜き、長時間外に立たせる、真夏には熱湯をかけ真冬には氷水をかけることは当たり前だったそうです」


 普通、貴族であれば同じ貴族に養子を打診するものだ。だが、そういう性格が知られていたからこそ、どこからも応じてもらえなかったのかもしれない。


 酷い話だが、マナー教育として出される食事は全て腐ったものだったという。作法を覚えるまでは立派な食事を与えるのは惜しいという理由で。もちろん、神官府のビュッフェを利用したり、飲食物の差し入れをもらうことなども禁じられていた。


「しかもその後、貴族に諦めていた待望の跡取りが生まれました」


 最悪の展開である。頷きながら聞いていた日香は、内心で額に手を当てた。


「後継候補として用済みになったフルードは養子縁組などしてもらえるはずもなく、虐待を遥かに通り越す拷問の域に達した扱いを受けるようになったのです。口にすることもおぞましい仕打ちを絶えずされていました」


 神官府に出勤する前には治癒霊具で治され、虐待や拷問の痕跡を消される。周囲に告発したり助けを求めたりできないよう、装着者の言動を制限する霊具も付けさせられていた。そのため、神官たちは貴族の邸内で行われている凄惨な行為に気付かなかった。


「強い霊威を持たないことから神官府でも劣等生扱いされ、寄り添ってくれたのは先ほどの恩師くらいだったと」


 普通の者ならば、自殺しているか心が壊れて廃人になっている。だが、フルードは折れなかった。


「それでもあの子は、傷付き苦しみ、悲しみ嘆きはしても、周囲に対して怒りませんでした」


 両親を恨まず、貴族を憎まず、同僚の神官たちを責めず、ひたすらに努力し、いつかどこかで誰かに認めてもらえるのではないかと淡い期待を抱きながら、必死で励んでいたのだという。


「あの子は、真っ直ぐさと誠実さにおいては天性の才を有しています。選ばれし高位神の御心を射止めるほどに」


 数多の神々の中で一握りしかいない高位神。その中でもさらに特別な神。選ばれし神とされる彼らは、大きく分けて二種類いる。


 一つは、最高神から生まれた分け身にして御子である神。彼らは、自身の親神の代理となれる――つまり最高神の座を担えるほどの、別格の神威と神格を有している。

 もう一つは、最高神全柱から寵を授かった神だ。地水火風の四大高位神と、悪神の長であり影の最高神とも称される禍神(かしん)。この五柱全てに認められ愛される奇跡の存在であり、その力と格式は他と一線を画した比類なきものである。


 そして――現時点で地上にいる聖威師は、全員が選ばれし高位神の愛し子である。このような事態は、皇国と帝国の三千年に及ぶ歴史の中でもほぼ前例がない。まさに異例中の異例と言える。


「尊(・)く(・)大(・)い(・)な(・)る(・)導(・)き(・)の果て、あの子はその心根を認められて狼神様の寵を受け、聖威師となりました」


 なお、フルードの両親はもういない。少し前、酔いつぶれた父と半狂乱になった母が乱闘になり、互いに凶器を手に大立ち回りを繰り広げ、両者とも死亡したからだ。死後の彼らは狼神により地獄に堕とされている。すぐの転生はできないだろう。


 またフルードは、彼を買った貴族からも解放されている。これまでの虐待が明るみに出た貴族は処罰され、フルードに対する一切の権利を失った。


「両親からも貴族からも自由になったあの子は、生まれて始めて穏やかな暮らしを手に入れました」


 ひとりごちるように話し続けるオーネリアに、日香は静かに言い添えた。


「私としても、苦難の連続であったフルード神官には、これから平穏な日々を送って欲しいと思っています。……ですが、実際には難しいでしょう」


 常人であれば自殺か発狂か廃人の三択であっただろう境遇で、人の愚かさと醜さを存分に味わったフルードは、それでもなお神官と人を守る道を選ぼうとしている。朝日に照らされて生きる人々の姿に感銘を受けて。恐るべき精神だ。

 だが、それだけでは足りない。今のフルードはただ優しいだけだ。真っ直ぐな心も、進むと聞めた道も、優しさが根幹となっている。そこに強さと覚悟が備わっていないからこそ、今回の事態を招いてしまった。


 聖威師は神官府の長となり、多くのものを背負う。神鎮めにも参加し、天威師にすら通じる力を持つ。また、神の後ろ盾を持つがゆえに、常に冷静な判断をしなくてはならない。自身の言動一つで、地上だけでなく天界をも巻き込んだ大動乱を起こしかねないのだ。

 優しく誠実なだけでは、その荒波を乗り越えていけない。


「今回の件は入口に過ぎません。フルード神官は今後、今日よりももっと辛く厳しい経験を無数に積み重ね、否応無く酷薄さや非道さを身に付けていくことになる」

「皇女様の仰せの通りにございます。あの子の今後には、多くの苦難と困難が待ち受けている。耐えられないようであれば、狼神が無理矢理にでも天に連れ帰るでしょう。あの子の幸せを考えるならば、そうすべきと思います」


 オーネリアが空を見上げながら言った。雲が広がる空は黒みを帯びており、今にも泣き出しそうだ。


 天威師たる日香と、聖威師であるオーネリア。神格を持つ者の眼が、同じ未来を映す。フルードがその柔(やわ)く透明な魂を完膚なきまでに打ち砕かれ、一寸の光もない暗闇の中、絶望と辛酸に切り刻まれて息絶えている姿が。むろん、現実世界ではなく精神世界での話だ。

 神は同格以上の神が関与する事柄については先が読み切れないこともあり、狼神の愛し子であるフルードの未来は霧がかって視えない。しかしそれでも、霧の合間から切れ切れに、ごく一部分だけでも覗き見れることがある。

 視えている暗闇の未来は、今はまだ朧げなもので、これから変わる可能性もある。だが、このまま進めばこの結末が確定してしまう。


(これがフルード君の未来……あんまりだよね)


 おそらくフルードは聖威師として大成できる。だがそれは、現在の彼が跡形もなく叩き潰されることと引き換えだ。全てが成った時、フルードはもう日香が知る彼ではなくなっているだろう。文字通り人格が変貌している。今の彼は死んでしまうのだ。


「……私も、考えを改めねばならないかもしれません」


 日香は呟いた。


「フルード神官が立派な聖威師になり、未来の神官府を担って欲しい。彼ならできる。私はそう思って来ましたし、今でもそう考えています。しかし……それが彼の心の破壊と引き換えならば話は別。そうなるのであれば、その前に天に還るよう説得します」


 だが、フルードは聞くだろうか。あの優しい子は、きっとどこまでも神官と世界のために我が身を投げ打って頑張り続けようとするだろう。こちらがどれだけ説得したとしても。それはまさしく、祖神にどれだけ還るよう言われても首を縦に振らない天威師のようだった。


 運命の朝――始まりの神器を修復した時、還御(かんぎょ)する黒き始祖神に言われた言葉が胸中に去来した。



『紅の子よ。愛しき我が裔(すえ)。そなたは今は見守られる側にある。然(しか)るに未来、己が見守る側に立った時、初めて我らの想いに触れるであろう』



 その言葉が胸に刺さる。

 今後、自分はフルードや当真を始めとする後進を見守る立場になる。そう遠くない内に我が子を持つことにもなるだろう。そうなった時、自分の立ち位置は今までのものから逆転するのだ。

 しかし――


 今にも涙を落とし始めそうな天を見上げ、日香は独白する。


「けれど、それでも――フルード神官が地上に残り、次代の中核となってくれれば嬉しい。私はそう考えてしまうのです」


 それは、どこか祈りにも似た言葉だった。

 肩を落として立ち去ったフルードの姿を思い起こしながら、日香とオーネリアはじっと分厚い曇り空を見つめていた。

ありがとうございました。

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