40.番外編 優しいだけでは①
お読みいただきありがとうございます。番外編です。
本編の後日譚であり、本作と同じ世界で時系列と主人公が違う作品『神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました』の前日譚でもあります。
1話ごとの文章量を少なめにして、10話から15話ほどで完結する予定です。
「あああぁぁぁぁっ!!」
大地や木々のあちこちが斑の赤に染まった中、地獄の釜を開けたような絶叫が響いている。
(はい、どいたどいたー!)
「怪我人は退がりなさい!」
疾風迅雷の速度で駆け付けた日香は、内心の声を余所行きの号令に変換して放つ。神官たちが天の救いを見た顔になった。
「こ、皇女様――先生が!」
「来てくれたのですね、天威師様!」
この場にいるのは三名の神官と一柱の神。神官のうち一名は重傷を負ってうずくまり、一名は神威の棘に胸を刺されて床に倒れ、悲鳴を上げている。
最後の一名は、まだ10歳前後の少年神官だった。ガクガク震える脚を踏みしめ、唸りを上げる神の前に立っている。熊の形をした神は、全身の毛を硬化させて逆立て、牙を剥き出していた。
「こちらへ!」
うずくまっていた神官が、棘に刺された神官を抱えて退避する。日香の退避指示が届いたのだろう。
「お鎮まり下さい、お鎮まりを!」
一方、裏返った声で繰り返す少年神官は、まだ神に懇願し続けていた。時折、棘が刺さった神官に目を向け、「先生、先生……」とうわ言のように呟いている。
「フルード神官、あなたも退がって!」
軽く地を蹴った日香は一足飛びに少年神官――フルードの横に移動し、神から引き剥がして後方に押しやった。
「ここまでよく対応してくれました。後はお任せなさい」
治癒の天威を神官たちに浴びせて瞬時に傷を癒し、日香は神に向き合う。
「御身のお怒り、お気が済むまでこの私がお受けいたします」
神が唸り声と共に猛々しく吠えた。体毛がぶわりと膨れ上がり、無数の棘と化して乱射される。
直後、日香の全身に高圧電流を受けたような激痛が走った。千切れた肉片が宙を舞ってぼたぼたと地面に落ち、針鼠状態になった肢体から焼け焦げた臭いが上がる。怒れる神の神威が高熱を帯びて帯電しているのだ。
「こ、皇……」
「来ては駄目!」
こちらに駆け寄ろうとするフルードを制止した時、右目から顔面、そして脳天にかけて突き抜けるような感覚が走り、視界の右側が消えた。
(あ、右目が潰れた)
神威の棘が見事に右目に命中したのだ。同時に首元や顎にも衝撃が弾ける。頬骨が砕けて歯が何本か吹っ飛び、鼻血が迸った。
「わああぁぁ! 皇女様あぁぁ!!」
地面にへたり込んで泣き叫ぶフルードに、棘に刺されていた神官――今は日香の天威で治っている――が声をかけた。
「大丈夫、天威師は痛みを感じませんし致命傷も瞬時に治ります。実質的な損害は無いので問題ありません」
表向きにはそういうことになっている。
未だ針の一斉掃射を受け続けている日香は、さも平気そうな声で神官たちに念話した。喉はとうの昔に針が貫通して潰れているためだ。
『ええ、その通りよ。心配しないで――これが私たち天威師の役目なのだから』
本当は大丈夫ではない。天威師にも人間と同程度の痛覚があり、心に甚大な損害を受けており、問題大有りなのだが、それは機密情報なので言えない。強靭な精神力で一切の苦痛を押し隠し、平然を装う。
左目も潰れ、両耳が千切れた。全身が焦げ臭い煙を上げて棘まみれの穴ぼこだらけになり、骨やら内臓やらが露出した体が血潮を噴いておかしな音を立てている。
目と耳が駄目になったので、天威を用いて周囲の様子を脳裏に映し出して視聴すると、周囲は自らの肉片が飛び散ってぐちゃぐちゃだった。
少し離れた場所には、顔を覆って泣いているフルード。彼を宥めている神官は、やはり棘に刺されていた方だ。残る一名の神官は、体を丸め放心状態で小さくなっている。
熊の神が遠吠えに近い怒声を上げて日香に飛びかかって来た。
思い切り噛み付かれた左の肩口が深く抉られ、爪を立てられた脇腹が大きく引き裂かれる。左腕がぼとりと音を立てて根本から千切れ落ち、腹から溢れた臓物がこぼれ落ちる。
だが、日香は苦痛を表に出さない。痛い、苦しい、辛い、嫌だといった負の気配は決して察知されないよう細心の注意を払う。痛覚や苦痛があると気付かれてはならない。
そうして、世に放たれれば都と周辺の地方一帯を軽く更地にしてしまうであろう神威を、その身一つで受け続ける。
神の怒りが鎮まるまでずっと。ただひたすらに。
ありがとうございました。
この番外編の⑤か⑥以降から登場予定の焔神は『神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました』のヒーローです。
作者名か下記URLから飛べますので、よろしければご覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6739jc/




