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37.未来へと続く

お読みいただきありがとうございます。

(あれ?)


 何かと思い、天威で遠視すると、狼の姿をした神が天高くを高速で飛んでいる。翠色の法衣の少年が、『う――わ――!』と情けない絶叫を上げてその背にしがみついていた。


『ほれほれセイン、もう降参か?』

『い、いえ! がが、がんばりますぅぅ!』

『そうかそうか、それもう一丁。今度は一回転だ』

『ぎゃー!』


 気のせいか、楽しそうにぴょんぴょんと尾を振っている狼神。


「……高嶺様、あれフルード君ですよね」

「ああ。狼神の機嫌が思わしくなかったゆえ、愛し子として遊び相手を(つかまつ)っている。聖威師の大切な役目の一つだ」

『おい落ち着け、体勢を整えて目を開けろ!』


 別の声が天から降って来た。真っ青なフルードが息も絶え絶えに声を絞り出す。


『うぅ……焔神(えんしん)様ぁぁ……! 高いぃ、速いぃ、怖いぃ……――あれぇ? ……何か意識が……』

『おおぉい! しっかりしろここで気絶すんな、落っこちたらそのまま昇天しちまうぞ! 地上で立派な聖威師になって、神官と人間を守るんだろ!』

『はっ! はいぃ……!』


 涙目になりながらも、意識を引き戻したフルードが狼神にしがみつき直した。狼神が速度と高度を落としつつ、チッと舌打ちした。


『む……昇天させられれば天界でずっと共にいられるというのに……』


 無念そうな呟きを聞きつつ、日香はパチパチと目を瞬かせる。


「今の声は――」

「フルード神官が先日の祭祀で交信した、火神に属する高位神だ。相当緊張している様子を見て気にかけたらしく、祭祀の後も時折助言を降ろしてくれているそうだ」

「へぇ、世話焼きな神なんですね」

「焔神は神々の中でも相当に面倒見が良い。加えて、比較的人間に好意的でもある」


 人間を見限りかけている神々が少なくない中で、貴重な存在である。


(フルード君……人間を守りたいって思えるようになってくれたんだね)


 佳良によると、日香が神器を修復した際、一般の神官や国民に事態が察知されていないか確認するため、聖威師たちも神官府や国の様子を視認していたらしい。もちろんフルードもだ。


 そこで、輝く朝日に照らされながら懸命に生きる人々の姿を目の当たりにして、フルードは滂沱(ぼうだ)のごとく涙を流したという。佳良や当真を始めとする聖威師たちが心配して声をかけると、彼はぽつりと、『この人たちを守りたい』と呟いたそうだ。


(取りあえずは良かった、のかな)


 日香はあの後、フルードの生い立ちについて少しだけ調べてみた。そして、彼の生育環境に相当な問題があったことを知った。


 地方の山村にある極貧家庭に一人息子として生まれ、両親から壮絶な虐待を受けながら地獄のような日々を送っていたらしい。

 現在は狼神の寵を得て自由と安定を手に入れているが、そこに至るまでの過程は紆余曲折にして苦難の連続。まさに茨の道だった。


(あんな環境で育ってよく良い子のままでいられたよね。きっとこれから、また厳しい道が待ってるだろうけど……)


 神官たちをまとめ上げ、我が身を投じて神と対峙する聖威師は、優しいだけでは務まらない。彼はこれから、辛く苦しい判断をしなければならない状況に幾度も接し、否応無く非情さを身に付けていくことになる。

 あの気弱で怖がりな彼にとって、それは良いことなのだろうか。あるいはこのまま昇天した方が幸せなのかもしれない。

 だが、それでも――


「フルード君がこのまま次代を担う存在になってくれたらいいな。当真君も」


 フルードと当真は年が近く、大人しく温厚な性格も似ている。気が合うのか、よく二人でいると聞いていた。


(頑張って、フルード君。……君ならきっとなれるよ)


 必死に片目を細く開け、半泣きで狼神にへばりついているフルード。その姿は、やがて空の向こうに消えた。

 高嶺が難しい顔になる。


「狼神はこれで機嫌を直すだろうが、他の神々は難しいかもしれぬ。現在対処に当たっている他にも、荒れる兆候を見せている神々が他にもいる」


 神の機嫌は僅かなことで変貌する。きっかけさえあれば一瞬で臨界点を超えるため、事前の予防や対応をし切れないのが現状だ。

 しかも天威師は、極力地上のことには関わらないという原則上、一定以上の被害が出る目処が立たなければ動いてはいけないという制約がある。従って、神が怒り出す前に先回りして宥めることが難しい。


(ああ、今日もきっと神鎮めだ)


 また今までと同じ日々が始まる。心身共に切り刻まれ、傷付き続ける苦痛の毎日が。

 それでも、その中でも笑うことができている。だから、もう少しだけ頑張れる。


「だが、まだどうなるかは分からぬ。まずは献上品の確認だ。私も共にする。一緒に行こう」

「はい」


 手を差し伸べられ、すぐに応じる。指と指が触れ合った瞬間、鬱屈とした気分は和らぎ、愛する者が隣にいるという幸福に満たされた。


(明日も明後日も、私たちの暮らしは続いていく。でも大丈夫。私の横には高嶺様がいる。一緒に歩いていく。ずっとずーっと)


 そう考えただけで、日香の唇から極上の笑みが零れ落ちた。

 太陽の煌めきが具現化したようなその笑顔に、一瞬見惚れた高嶺がうっすらと頰を染めていたことには、ついぞ気が付かなかった。

ありがとうございました。

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