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32.揃った!

お読みいただきありがとうございます。

 黒き始祖神が手をかざす。


「では、これより天威師の送還を実行『ボヘッ』……ボヘ?」


 厳かな終焉の宣誓をぶった斬って乱入した声に、皆が動きを止めた。そして一瞬後、同じ方角を見る。

 声は上から聞こえた。上空にフワフワとたゆたう、紅の光球の中から。始まりの神器が包まれている光の玉だ。


(まさか、始まりの神器に何かあったの!?)


 そうであれば本当に万事休すだ。日香が息を詰めて見守っていると、玉が震え、上下左右にブヨブヨと揺れ始めた。


「志帆、神器が。どうなっているのですか?」

「先ほど容態が安定し、今は日香の力を吸収しているところであったはず。いわば食事中のはずですが――」


 さっと青ざめた白珠に問われた志帆が、怪訝な表情で光球を見つめる。全員が同様に視線を送り――不意に、光の玉が弾けた。


(光が!)


 鮮やかな羽を閃かせ、紅の輝きを割った始まりの神器が飛び出して来る。


『ピエエェェ! ガツガツ! キュアアエ! モグモグ!』


 奇声と咀嚼(そしゃく)音を交互に上げながら、周囲に飛び散った光球の残滓を片っ端からガフガフとかっ喰らうその鳥は、とてつもなく大きかった。……横に。

 真ん丸に肥大化した体躯をドデンと揺らし、バッサバッサ浮き上がりながら、一心不乱に光をがっついている。


 それを見た瞬間、この場にいる全員が思った。



 ――うわ太っ!



 美しい閃光が虚空を切り裂く。

 宙に浮かんだ水晶の玉が、鮮烈な輝きを纏って煌めいたのだ。一等星が落ちて来たかのごとき輝きを前に、刹那の間沈黙が落ちる。

 誰もが状況を理解するのに一瞬の時を要した。


「――こ」

 直後、我に返った黒闇神が口を開きかけたのをぶち切り、白珠が声を上げた。


「黒き始祖よ、ご照覧下さいませ! 確かに我らの意思が一つとなった証を!」

「いや、ちょっと待て。これは違うであろ?」

「お見えになるでしょう、玉が放つこの美しき輝きを!」

「いやいやおかしかろう、我が示したのはそういうことではなく」

「ここに至高神全柱の意思が揃ったのです。あなた様がご提示なされた条件は達成いたしました」

「だから待て、おい!」

「これにて天威師の帰還は保留、ひとまず現状維持となると理解いたします!」

「そんなはずがあるか!」


 髪を搔きむしらんばかりの勢いで叫ぶ黒闇神を横目に、天威師たちがヒソヒソと声を交わし合っている。


真円(しんえん)……」

「あっはっはっはー、ちょ、何これ本気で笑えるんだけど! こんな神器あるの!?」

「にわかには信じがたいが……実際目の前にあるしな」


 呆然と呟く秀峰の側で、ティルが腹を抱えて爆笑している。応えるラウは額を抑えていた。


「き、気にするな日香! 少しくらい丸っぽくたっていいじゃないか!」

「いえ、完全に真ん丸ですわよ」


 必死に励まそうとするテアに、ミアの冷静な合いの手が入る。

 アドルフがおっとりと首を傾け、志帆を見た。


「一体何がどうなってこうなったのかな?」

「はぁ、言うなれば食欲旺盛と言いますが、食べすぎと言いますか。相当空腹だったのでしょう」


 志帆が達観した表情で解説した。大量に注ぎ込んだ日香の力を残らず食べ尽くす勢いで吸収した結果、激太りしたということらしい。


「修復者である日香の力が多く入ったことで、日香に似た性質を持つようになったのですね。食い意地が張っていてガサツなところ、そのままだわ」

「月香は妹に容赦がないな」


 冷静に告げたのは月香で、それを聞いたレイティが笑いを堪えている。


『ゲップ……クケエェ〜!』


 始まりの神器は間の抜けた声を上げ、大口を開けながらまだ宙に残っている光の残滓に突撃していた。


(ちょっと待って、私あそこまでじゃないと思う!)


 内心で抗議する日香に、高嶺の姿を借りたままの黒闇神を見た金日神が言った。


「紅の子よ。背の君の中にいる藍の子がこう申していますよ。あの鳥は、元気にたくさん食べる日香に似ていて可愛いなぁ、と」

(高嶺様ー! そこは似てないって言って欲しかったなぁー!)


 日香がひっそり嘆いていると、肩を震わせていた黒闇神がビシッと水晶の玉を指差した。


「おーい! そなたら我の話を聞いておくれ! 良いか、この光は無効である! 我の意図とは違――」


 だが、それを遮るように、低い声が響いた。


『ふ……往生際が悪いぞ』


 黒闇神が瞠目して口を閉ざし、緋日神が声を上げた。


『まぁ、珍しゅうございますこと。あなた様が下をご覧になるばかりか、お声まで降ろして来られるとは。普段はご自身の領域にこもっておられますのに』

『我とて気が向けば首を突っ込む。面白そうなことがあった時は特にな』


 くつくつと笑う声に、超天を見晴るかすように振り仰いだ秀峰が呟く。


白死神(はくししん)様……」


 秀峰の呼びかけに、獰猛な神威が優しさを帯びた。


『黇の雛よ、息災か』

「はい、始祖神様のおかげを持ちまして」

『ふふ』


 謎めいた含み笑いを落とし、白死神は続けた。


『此の期に及んでジタバタするでない。至高神たちの意思を一つにさせろとだけ命じ、具体的にどの事象についての意思を揃えるか指定しなかった。お前の落ち度である』


 これは黒闇神への言葉だろう。


『結果、雛たちは見事に玉を光らせた――しかし、まさかこのような形になるとは。肥大化した怪鳥で皆の心をまとめるとは思わなんだ』

(ひ、肥大化した怪鳥……)


 絶句する日香の気持ちが伝わったのか、遠慮がちに秀峰が唇を動かした。


「あの……これは最高峰の神器なのですが。一応。多分。きっと」

(義兄様、段々自信なさそうになっていかないでー!)

『一応多分きっと最高峰の神器か。――はっはっは!』


 原初の荒神が愉快そうに哄笑する。そして、告げた。


『始祖たる者が容易く前言を撤回してはならん。潔く負けを認めよ。この場は戻るのだ』


 黒闇神は苦虫を噛み潰したような顔で空を睨んでいる。


『そうカリカリするでない。何、雛たちの帰還はいつでもさせられる。もう少しの間だけ、地上の庭で飛ばせてやろう。折を見て今度こそ我らの懐に戻せば良いのだ』

「だが……」


 不満そうにしている黒闇神に、小さく吐息を零した白き始祖が駄目押しを放った。


『余りにも地上の雛たちに不条理を押し付けて苦しめれば、激怒した皓の雛が暴れるぞ』


 祖神たちが一斉に音を立てて固まった。皓の雛――ルーディのことである。彼もまた、この場の様子をつぶさに視認しているはずだ。


『荒神ではないお前たちに拳を上げることはするまいが……直接の攻撃や威嚇はせずとも、周囲に向かって手当たり次第に怒りを噴き出すであろう』


 やれやれと言わんばかりの声音に、黒闇神たちは顔面蒼白になっている。おそらく前例があるのだろう。


『あのやんちゃ雛を止めるは我でも容易ではない。普段は物腰柔らかだが、ひとたび火が点けば迷い無く我の顔面に飛び蹴りを放つような暴れ雛であるぞ。要らぬ骨を折るのはごめんだ』


 荒神同士が乱闘になれば恐ろしい事態だ。森羅万象全てが半瞬で無になる。


(お義父様も激昂したら暴れるの?)


 日香はそっとレイティを盗み見たが、表情を崩さない義父からはいつも通りの慈愛と寛容さしか感じられなかった。


「…………分かった。……仕方ない」


 ギリギリと歯を食いしばった黒闇神が、押し殺すような唸りを漏らす。


「今回は――今回はこのまま帰るとしよう」

「仕方がないことですわね」


 心から口惜しそうに呟いた金日神も、渋々と頷いた。


「始祖神様、ありがとうございます」


 秀峰が安堵の涙を堪えるようにして低頭した。低い声はあっさりと告げる。


『気にするな。変わり映えせぬ環境になりがちな超天において、こたびは面白いものを見た。その礼だ』


 肩をすくめている姿が見えるかのような、何でもない口調で告げられた言葉。だが――日香は直感で悟る。


(白死神様はきっと、義兄様を助けるために動かれたんだ)


 祖神は末裔全員に愛情と加護を与えるが、同じ神格を持つ裔に対してはその傾向がより顕著になる。秀峰は死神だ。常であれば頼ることのない奇跡に縋ってまで助けを求めた雛の声を、彼は無視できなかったのではないか。


 また、秀峰は白死神を慕っている。幾度か彼の領域の前まで意識を飛ばし、世間話や人生相談など様々なことを話したと聞く。閉ざされた領域の中から反応が返ることは滅多にないが、気が向けば応えが来たこともあるらしい。


『神器の状態も確認しました。すっかり太っ……いえ、元気になって。ここまで回復していれば、始まりの神器としての機能を果たせるでしょう。お兄様、それでよろしゅうございますわね』


 緋日神が若干遠慮がちに言った。


『グゲェ〜』


 巨大な神器は大木の枝に降りていた。それなりに太いはずの枝を、自身の体重でギシギシ軋ませながら、ボッテボテと腹を揺らして羽繕いしている。


『……ああ……まあ、そうだが――我が妻が創生した時の優美な姿はどこへ消えたのだ。これでは発狂したガチョウではないか』


 翠月神がややげんなりとした様相で嘆いた。


(こ、この子、ちゃんと飛べるよね?)


 日香が思わず心配になった時。クラリと目眩のような感覚が走った。視界が一瞬だけ暗転し、すぐに戻る。金日神が抜け、体の制御権が帰って来たのだ。

ありがとうございました。

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