28.太祖勧請
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夜明けの空に波紋が走り、緋と翠の光が稲妻のように踊る。白珠が一瞬で表情を引き締めた。
「太祖がいらっしゃいます。急ぎお迎えの準備を」
「し、承知いたしました!」
(そうだ、まだ終わってない!)
慌てて気を引き締め直す日香と裏腹に、緩い笑顔を浮かべたティルはひらひらと手を振る。
「はいはーい」
「はいは一回!」
「はぁ~い」
「こら! 延ばさない!」
「こほん、姉上……」
へらりとしているティルに双眸をつり上げていた白珠が、志帆の咳払いではっと瞬きした。
「……とにかく、早く勧請に移りなさい」
抑えた声で告げ、視線を和らげて日香を見る。
「そなたもです。疲弊していることは承知していますが、もうひと頑張りできますか」
「はい、蒼月皇様」
パチンと自分の頬を軽く叩き、日香は天に視線を向けた。神々をも圧倒する至高の輝きは、しかし、天威師たちにとっては愛しい祖が放つ慈悲深い波動でしかない。何も畏れることはない。
(私の体に皇祖様を降ろすんだよね)
昨日、先代皇帝ルーディと黒曜が降臨した際には、そのようなことをする必要はなかった。先代二人は非公式かつ内密に――いわばお忍びで降りて来たためだ。また、仮に公の勧請であったとしても、簡易的なものであれば神が降りる依り代は必要ない。実際、普段行う勧請は、そのほとんどが依り代不要な簡易勧請だ。
だが、今回の初代降臨に関しては事情が異なる。事前に正規の神託と降臨予告がなされており、天威師たちがそれに応じて太祖をお迎えするという流れを取っているからだ。降臨の内容も、天威師と世界の今後を左右する非常に重要なものだ。
そのため、最も正式にして丁寧な勧請を行う必要がある。天威師の身を神籬として、おいでいただく祖神をお迎えするのだ。当然だが、簡易勧請とは比べ物にならない負担がかかる。
「よーし、じゃあやるよぉ。日香は俺の後に続いて。そしたら帝祖が降りて来た道を、皇祖がそのまま通って来られるから。スムーズに勧請できるよ」
日香のすぐ隣に移動したティルが、にこりと笑って片目をつぶり――気迫を一変させた。別人のように凛とした面差しに転じ、全身から虹を帯びた紺色の神威が溢れ出る。
「謹んで勧請申し上げる。果て遠き超天に御坐す我が太祖――翠月の神よ。我は汝が裔、紺月太子クレイス・ティル。我が身を依り代とし、何卒現世に来はし給え」
無造作に外套を払って片膝をつき、叩頭して勧請の言を紡ぐ。一切の澱みがない流麗な動作。熟練者に相応しい自然体からは、僅かな気負いも感じられない。
空を翔ける翠の光が応えるようにチカチカと瞬き、一直線にティル目掛けて下降した。虹色の鱗粉を纏い付かせた翠の軌跡が虚空に刻まれる様が、天威師たちには視認できる。流星の残像のごとく煌めく翠光を指し、ラウが言った。
「あの線に沿って皇祖を降ろすイメージで勧請すればいい」
ティルは日香の真横に位置取ってくれているため、翠月帝と緋日皇が降りる場所はほぼ同じだ。緊張の面持ちで首肯した日香は跪拝の体勢を取り、両手を組んで頭を下げる。
「皇家の祖に謹んでご勧請を申し上げます。これなるは汝が裔たる紅日太子日香。どうか我が身を神籬とし、この地上においで下さい」
この場においては、皇女ではなく正式な身分である太子の称を使う。
未だ空に留まっていた緋色の光が、末裔の声を聞き届けたかのごとく淡く輝く。高嶺が落ち着かせるように言葉を添えた。
「無理をして畏まる必要はない、日香。あれはそなたの祖だ。飾り立てた言葉ではなくあるがままの心を捧げた方が、届きやすい上に勧請もしやすい」
「あるがまま……は、はい! つまり素でいくんですね!」
納得した日香は素直に頷いた。公式の場での改まった言葉遣いと所作は、皇家の者であることを意識して意図的に行なっているものだ。自分の本性とはほど遠い。
ちらりと隣を見ると、翠の光は既にティルの頭上近くまで降りて来ている。
(なら、本来の私でいこう! ……義兄様に後でお説教されるかもしれないけど)
外向き用に被っていた皮を脱ぎ捨て、真の自身を曝け出す。日香はえいっと立ち上がり、両腕を大きく振って緋色の光に呼びかけた。
「おーい日神様ー! 私です私ぃ! 来て来て日神様―! こっちこっち、来〜て~くださーい!」
翠光がぎょっと動きを止める。厳かな表情で太祖を受け容れようとしていたティルが噴き出し、ラウと月香が呆気に取られた顔をした。レイティが肩を震わせて笑いを堪え、白珠と秀峰は信じ難いとばかりに刮目している。志帆を始め他の天威師は額に手を当てて天を仰いでいた。高嶺はにこにこと日香を見守っている。
肝心の緋光は、一瞬驚いたように揺らめき――若干引いているような気もするが――、すぐに強く輝く。
そして帝祖と同じ道筋をたどり、ブンブンと両手を振る日香に向かって真っ直ぐに飛ぶ。先ほどとは段違いの反応だ。
(へー、本当に素で呼びかけた方が届くんだ!)
感嘆する日香の邪魔にならないよう、志帆と白珠が囁くように話している。
「良かった。姉上、皇祖がいらっしゃいます。一瞬どうなることかと思いましたが」
「ええ。勧請さえ成功すれば、後は修復した神器をご確認いただくだけ」
横では、気を取り直したらしい翠の輝きがティルの眼前まで降下していた。それを受けたティルが頷き、改めて受け容れの体勢を整えるように己の胸に片手を当てた。
「偉大なる帝祖よ、どうぞこれへ」
翠光がキラキラと明滅しながら近づく。緋色の光もぐんぐん降りて来ている。
(良かった、上手くいきそう。これで一件落着……)
日香が安堵しかけた、その時だった。
天に黄金の輝きが爆ぜる。矢のように落ちて来た金色の光が、瞬き一つの間に緋の光を追い越し、日香の胸に吸い込まれた。
ありがとうございました。




