表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/101

26.実親との抱擁

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


「よーし……じゃあ行きますか」


 一晩かけて精神を研ぎ澄ませた日香は、佳良の介添えで紅と緋の華麗な礼装に着替えた。高嶺に手を引かれ、引きずるほど長い裾と袖を軽やかにさばいて宮を出る。


 外には、皇国と帝国の聖威師が集っていた。佳良を含めた聖威師たちには昨夜のうちに緊急招集がかかり、状況を知らされている。仮に日香が失敗すれば、彼らも神に戻らされ、天威師と同じく強制昇天させられる。

 つまり、成否に関わらず彼ら自身は安泰なのだが、その瞳には一様に切実な光が滲んでいた。当然だろう。彼らの大切な者――家族や親類、縁者、友人、知己にはただ人もいる。自分たちだけが助かっても意味がないのだ。


「皇女様、どうかご成功をお祈り申し上げます」

「願わくば地上の未来が続きますように」


 神格を持つ聖威師は、天威師に直に声をかけることが可能だ。

 頭を下げ、口上を述べる聖威師たちの後ろにひっそりと付く形で、小柄な影が二つあった。一つはフルード、もう一つは当真。真新しい聖威師の衣を纏った二人は強張った表情で、互いに寄り添うように佇んでいた。


(あ、フルード君と――当真君だ! 当真君、ちゃんと聖威師の仲間入りができたんだね)

《おはよう当真君。顔色が悪いけど大丈夫?》


 念話でこっそり話しかけると、青白い顔で畏まっていた当真は、びくりと肩を震わせた。


《あ、あなたが……まさかあなたがすっぽ、いえ、日香様で本物の日神だったなんて。昨夜、黇死皇様がお越しになり、全てお話し下さったのです》


 神鎮めで多忙な合間をこじ開け、秀峰は約束通り当真の元に赴いてくれた。

 本来であればもっと後日――当真の状況が落ち着いた頃合いを見計らって伝えられれば良かった。だが今回に関しては、神器修復の日が早まったため、昨夜緊急で話しておくしかなかったのだ。


 当真は当真で、徴が発現したと思えば孔雀神に見初められ、一足飛びに聖威師になり、花梨の覚醒の報で大騒ぎの神官府に揉まれ、その日の夜に天威師が直々に訪れ、神々の怒りについて聞かされ、明香と泰斗の正体を教えられ……激動の一日だっただろう。


《も、申し訳ありません。あの、僕は、その……》

《驚かせちゃってごめんね。気にしないで。昨日のことは私が勝手にお節介を焼いただけだから。改めて、覚醒と聖威師就任おめでとう。また後で話そうね》

《きょ、恐縮です》


 声なき声で応えた当真は、今度は他の聖威師たちと同様、声に出して告げた。


「お、畏れ多くも皇女様に申し上げます。どうかこの世界の未来をお繋ぎ下さい」


 地上が存続すれば、神官府の次代を担うことになるであろう若き聖威師の直訴。他の聖威師たちが当真に同調する形で「よろしくお願い申し上げます」と声を合わせた。


 だが、ただ一人フルードだけは、困惑を隠せない顔であちこちに視線を投げ、周囲と同じように頭を下げたり唇を動かしたりして、皆の仕草を機械的に真似ている。他の聖威師たちと同じ必死さはない。

 彼の縁者が全員聖威師で安泰なので焦っていない、ということはないはずだ。フルードは貴族の出ではなく、平民で徴を得る者は多くない。なのに――


 もしかしたらフルードには、守りたいと思う家族や友人自体がいないのかもしれない。


「……天威師としてできる最善と全力を尽くします」


 一瞬だけフルードを眺めた日香は、すぐに意識を切り替え、皆を安心させるように泰然と微笑んだ。同時に、当真に向かってこっそりと念話する。


《大丈夫、どーんと任せといて〜!》


 はっと顔を上げた当真に優しく笑いかけ、念話を切った。申し訳ないが、今はこれ以上会話をしている時間はない。


 高嶺と共に歩を進め、聖威師たちを従えて道を進む。皇宮のいたるところに配置されている警備や、夜番の官吏はこの行列に気付かない。認識できないように目くらましをかけているからだ。

 やがて、巨大な門が見えて来た。緋と翠で彩られた門の向こうは、天威師しか入れない特別な区域だ。


(……あ)


 日香は瞬きした。門の前に、月香と秀峰、そしてよく見知った二つの影がある。


(お父様、お母様)


 皇国の王と王妃になっている日香の両親が佇んでいた。人間の中で今回の件を知っているのは、この二人だけだ。


「藍闇太子様にご挨拶申し上げます」


 両親が高嶺に拝礼する。


「面を上げよ」


 涼やかに応じた高嶺は、頭を下げない。天威師である高嶺は、彼らに対して一切へりくだる必要はない。秀峰が聖威師たちを一瞥し、声を上げた。


「神千皇国の王および王妃は、天威師たる朱月皇女と紅日皇女の臣下だが、同時に彼女らの親でもある。ゆえに親子の情を鑑みて、しばしこの場を無礼講とする。これは太子の決定である」

「承知いたしました、黇死太子様」


 王と王妃を前にしても微動だにしなかった聖威師たちが――フルードと当真は一瞬頭を下げそうになって慌てて留まっていたが――、一糸乱れぬ動きで秀峰に叩頭した。

 彼らの反応が示しているように、両親はこの場にいる者の中では最も身分が低い。神格を持つ聖威師の方が、人間の王より格上であるからだ。


「義父上、義母上。これより結界を張ります。中の会話は外には聞こえません。予定が迫っておりますので僅かな時間ではありますが、どうぞ家族水入らずでお話し下さい」


 秀峰が告げると、淡い黄白の光が立ち昇り、日香と月香、両親を丸く囲んだ。高嶺が小さく頷き、日香と繋いでいた手を離して光の外に出る。日香は両親に歩み寄った。


「お父様、お母様、来てくれたんだ」


 父と母が泣き笑いのような表情を浮かべる。


「ああ。月香と黇死太子様が連れて来て下さったんだよ」

「どうしても見送りたいと無理を言ってお願いしたら、聞いてくれたの」


 両親は、月香はもちろん秀峰との関係も非常に良好だ。秀峰は庶子の期間が長かったため、同じ庶子同士で親睦を深める機会もあったという。


「日香、月香……」


 月香と並んで両親にぎゅっと抱き締められ、日香は体の力を抜いた。だが、次に続いた言葉に瞬きする。


「上手くいかなくてもいいんだよ」

「そうよ。力を尽くしてくれるだけで十分なの」

「もし思ったようにならなくても、父様が何とかするよ。人間の世界のことは人間の王に任せてくれたらいい。万一の時は父様が頑張るからね」


 日香の目に涙が溢れた。隣にいる月香もだ。


(お父様……お母様……)


 何とかできるはずがない。神器が失われれば天威師はいなくなり、神の怒りが降り注ぐ。庶子である両親がいくら死力を尽くしたとて、神威をどうにかできるわけがない。この状況で彼らにできることは一つもない。

 両親もそれは分かっているはずだ。それでも、日香と月香に重圧をかけまいとして、必死で今の言葉を言ったのだ。今の彼らは王と王妃ではなく、ただの一人の親だった。


「……必ず成功させるから」

「私もきちんと日香を支えますわ」


 嗚咽を堪えて返すと、父母の瞳も潤む。


「すまない、何の力にもなれなない役立たずで」

「子どもに背負わせてばかりの親でごめんなさい」


 日香は月香と同じ動作で、首を横に振った。口々に言う。


「そんなことを言わないで下さい。お父様とお母様は役立たずなどではありませんわ」

「そうだよ。だって来てくれたじゃない。こうして一緒にいてくれて、励ましてくれてるじゃない。だから私、頑張れるよ」


 家族四人で身を寄せ合った時、脳裏に秀峰の声が響いた。


『大変短くて申し訳ございませんが、刻限です。結界を解除します』

「はい。太子様、ありがとうございます」


 呟いた父が、母と共に腕を解く。日香は慌ててごしごしと目を擦った。月香も上品に目元を拭っている。

 数拍後、光が晴れ、秀峰と高嶺、聖威師たちの姿が見えるようになった。


「お話はできましたか」

「はい。太子様方のご温情を持ちまして」


 答礼した父母が、こちらに向かって深々と頭を下げる。親ではなく臣下としての礼だ。


「どうか御武運を」

「ありがとう。我が身の本分を果たします」


 肉親の言葉は先ほど交わしている。形式上の挨拶を返し、日香は再び高嶺と手を携えた。聖威師の先頭に立つ佳良が言う。


「私どもがお供できるのはここまでございます。ご成功をお祈りしております」

「ええ。ご苦労様でした、佳良」


 希望を託す眼差しで見送る聖威師たち、そして両親。幾つもの想いを背に抱き、日香は巨大な門をくぐった。


 途端に体が引き込まれるような感覚に襲われ、気が付くと広大な庭園の中にいた。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ