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24.いきなり納期が早まった

お読みいただきありがとうございます。

 白珠に食ってかかった秀峰が、はっと瞬きして身を引いた。蒼白になって俯く。


「申し訳ありません……」


 レイティが白珠を宥めるように頭を撫でる。


「お前がどれだけ凄絶な惨事を乗り越えて覚醒したか、皆は知らない。良い部分だけを見せているからな」


 両親と兄弟の全員が天威師である秀峰は、当然彼も覚醒するであろうと見込まれて育った。通常の皇家の者よりも遥かに大きな期待をかけられていたのだ。だが、一向にその時は訪れず、限界を超えて膨れ上がっていた周囲の期待は怒りと失望に変貌した。そして、それは壮絶な虐めとして襲いかかった。


 白珠たちはその事態を認知していなかった。天威師は己の力に幾重もの制限を課し、極力使わぬように抑制している。そのため、秀峰の様子を常に把握できたわけではない。


 覚醒していない御子は、日香のように療養等の名目がなければ、天威師が(いま)す場所から遠く離れた区域の宮で生活する。同じ皇宮内に住んでいると言っても、実質的に別居しているも同然であり、目が届かなかった。

 皇宮の片隅で暮らす秀峰は、衣食住においてあらゆる差別を受け、誹謗中傷や暴言は当たり前であった。


 当時を思い出しているのか、志帆が苦い顔になった。


「秀峰は本当によく耐えたものです。けれど、本当のことを私たちに言って欲しかった。全てを知った時、私たちがどれほど衝撃を受けたか…。一言助けを求めてくれれば、私たちはすぐにでもあなたを守るために動いたのですよ」

「すみませんでした、叔父上」


 秀峰が小声で謝罪した。彼は真面目で他者への配慮が深い。理不尽な扱いを受けていた当時は、徴を出せなかった自分が悪いと耐えるだけで、受けている仕打ちを家族に告発することはなかったのだ。皇家から支給されている緊急通信用の霊具を使って助けを呼ぶこともしなかった。

 秀峰を知る者たちは、その性格をよく分かっていたからこそ虐げていたのだ。


 それでも、常識のある者は決して一線を越えた加虐行為を行うことはなかった。秀峰は未覚醒ではあるが、皇家と帝家には大切な身内として深く愛されている。もしも彼を傷付けたことが皇帝一族に知られれば、文字通りの地獄に叩き落されると予想できるからだ。


 ……しかし、世の中には常識が通じない超思考の人間が一定数存在する。

 高嶺が能面のように生気のない眼差しで呟いた。


「秀峰兄上を暴行した輩を、私たちは決して許しません」


 不遇をかこつ秀峰に訪れた、運命の日。その日は、天威師が総出で参加する大掛かりな祭事が行われ、皇宮の一部が解放されていた。庶子の宮は厳重に護られることになっていたが、秀峰の警護担当になった者たちは当然のごとくその職務を放棄し、密かに祭事を見に行っていた。


 部外者が皇宮に入りやすくなっているこの日、何とも都合のいいことに、期待を裏切った出来損ないの御子の警備が手薄になっているらしい。


 常識の通用しない愚かな暴徒たちはその情報を嗅ぎ付け、皇宮に侵入して秀峰の宮を急襲し、あらん限りの暴力を振るった。しまいには、全身に油をかけて生きたまま焼きながら、非合法に安全装置を外して出力を上げた霊具で治癒をかけ続け、どれだけ燃えても死なないようにするという凶行に及んだという。完全に殺しさえしなければ、霊具で回復させられるからと躊躇うことはなかった。


 すると、穢れ切ったその心に呼応する形で、天界の奥にある神罰牢の扉が現世に呼び寄せられた。――むろん、醜い心を持つ者がいるだけで天の牢獄が召喚されるわけではない。神罰牢の扉が地上に出現するには他にも多くの条件が必要になるが、その時は奇跡のような確率で条件が揃ってしまったのだ。


 秀峰を踏みにじっていた暴徒たちは、神罰牢に引きずり込まれた。祭事中の家族とは連絡が取れないため、秀峰は自分で彼らを助けに行った。己を半死半生の目に遭わせた者たちを助けるために、満身創痍で神罰牢に飛び込んだのだ。

 そして、全員を救出して帰った。神罰牢の最奥まで堕ちた暴徒を一人ずつ運んで現世に連れ戻したのだ。


 神ですら耐えられないほどの苦痛が満ちる神罰牢に、まだ覚醒しておらずただの人間に等しい状態の者が飛び込み、出入り口から最奥まで往復する。しかも、それを幾度も幾度も繰り返す。まず実現不可能な芸当のはずだった。


 通常は、神であろうとも髪の毛一筋分でも中に入っただけで動けなくなる。ましてや最奥まで行って帰って来られるはずがない。奇跡が起きて一往復はできたとしても、一度現世に帰った時点で心が折れ、もう二度と神罰牢に入るのは嫌だと拒否するはずなのだ。何往復もできるはずがない。


 だが、秀峰は未覚醒状態のままで不可能な芸当をやり遂げた。文字通り比類なき精神力の持ち主である、そして、気絶した暴徒全員を現世に返した直後、死神として覚醒し、その力を持って神罰牢の扉を閉じ、天界に送還した。

 15歳での覚醒は、三千年に及ぶ皇家と帝家の歴史の中でも例を見ない遅咲きだ。稀に見る大器晩成型であった。


「不当な虐げを行う者がいなければ、せめてあの暴徒共さえ現れなければ、兄上は地獄を味わうことなく健全に生活なされ、15歳で自然に天威師に目覚めることができていたのに」


 高嶺の眼差しに悔しさが滲む。皇帝家に生まれた者が未覚醒の至高神なのかただの人間なのかを、その者が覚醒する前から見定めることはできない。天威師の眼を持ってしてもだ。神格を解放した正真正銘の至高神ならば判別できるが、みだりに天の祖神に頼って答えを乞うてはならないとされている。

 誕生時に始まりの神器と感応したことで、力に覚醒しておらずとも日神であることが確実視されていた日香は特例なのだ。


 従来は、13歳を超えても覚醒しなかった者は、至高神ではなく人間として生まれたと見なすのが慣例となっていた。実際、今まではその対応で合っていた。事情を知った祖神も本気で驚くほどに例外中の例外の遅咲きであった秀峰が顕現するまでは。


 満を持して覚醒した秀峰だが、まさか神罰牢が人世に出現したという真相を明かすことはできず、ただ遅咲きの覚醒であったと公表されるのみで、彼がどれほどの苦難の果てに覚醒したのかは、市井(しせい)には知られていない。


 ただし、覚醒の波動を感知し、祭事を中止して駆け付けた天威師には覚醒までの経緯が知られ、今までに受けて来た仕打ちも明らかになった。


「あのような目に遭わされたのに、兄上は人間を愛しておられます」


 15歳という十分に自我が確立する年齢になるまで覚醒しなかった秀峰は、人間として暮らしていた頃の記憶が濃い。ゆえに、人への情が通常の天威師よりも遥かに深いのだ。

 そして、めでたく天威師となった今現在の彼が、生まれて間もない頃から覚醒していた高嶺やティルたちと遜色(そんしょく)ない活躍を見せているのは、ひとえに彼が未覚醒という境遇にくじけることなく努力と研鑽を重ね続けて来たからだ。


「遭わされたと言うが、神罰牢に関しては私が勝手に助けに行ったことだ。誰かに頼まれたわけではない。私の自己責任だろう」

「ですが、暴徒が襲撃しなければ、そもそも神罰牢が開くこともなかったのです。――やはり滅ぼしましょう、人間も世界も」

「だから滅ぼすな! 頼むから!」


 必死で言い募る秀峰に、ルーディと黒曜が蠱惑的な微笑みを投げた。


「僕の可愛い孫ちゃん。君が手を下す必要なんかないんだよ」

「あなたたちが天に還れば、後は怒れる神々が良いようにするでしょう」


 無慈悲な提案に、白珠が声を上げた。


「何故そのような酷なことを仰るのです。あなた方とて、かつては天威師として――皓死帝(こうしてい)玄闇皇(こくあんこう)として神鎮めを行い、世界と人間を維持されていたではありませんか!」

「うーん、でも僕かなり嫌々やってたしさぁ。歴代の祖神様方が何やかやで継承してきたものだから、仕方なくね。人間の皮を捨てて至高神に戻ったら、何か全部どうでも良くなっちゃったよ」

「私もそうよ。それが普通なの。至高神の本性でありながら人への愛があった皇祖が異例であっただけ」


 娘の言い分をにっこり笑って切り捨てた黒曜が、一歩前に出た。


「話が逸れてしまったわ。元に戻しましょう。――祖神は皆、天威師の帰還を望んでいるの。始まりの神器が尽きかけていることは、その恰好の理由になる。この神器が果てれば、天威師は地上にいられなくなるのだもの」


 ぐったりとした小鳥にじっと視線を注ぐ黒曜。志帆がそろりと神器を手の中に包むようにして隠した。


「あら、壊そうなどと思っていないわよ。……少し前に神託が降りたでしょう。帝祖自らが神器の状態を確認なさり、もう保たないと判断すれば、その時点で天威師を強制的に送還すると」


 ちらりと流し目を向けられた日香は首肯した。だからこそ、三日後に日香が急ぎ神器を修復する手はずになっていたのだ。


「その刻が早まったの。明日よ」

「――明日!?」


 白珠と秀峰、そして日香の声が重なる。


「母上、それは急すぎるのでは」

「宗基家の娘の暴挙も起こって、祖神も我慢の限界に来ていらっしゃるの。……私とお兄様はそれを伝えに来たのよ。明日の早朝、太陽が昇り切ると同時に、帝祖様が直々に神器をご覧になられます。もしも手を打ちたいならば、明朝の日が昇る前にどうにかすることね」


 そう言った黒曜は、ただ悠然と微笑んだ。

ありがとうございました。

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