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23.元・人間神

お読みいただきありがとうございます。

 この世界には様々な神が存在する。犬の神や川の神、薔薇の神など、多種多様なものを司る神がいる。かつては人間を司る人間神という神もいた。しかし、人が神から独立したことを契機に、人間とは別のものを司ることになった。


 元人間神は人への情を忘れられず、何らかの形で人間との関りがあるものを司りたいと考えた。結果、選んだのは鷹であった。鷹匠など人間が鷹と共に狩りを行ったりすることがあるからだ。鷹の神として時たま人界の上空を飛べば、遠目にでも人間の様子を見られると考えたためでもあった。


 また、元人間神は四大高位神に気に入られた色持ちの神であるため、鷹神となってからもその色が引き継がれている。


「天威師はこの三千年、十分に人類滅亡回避のために動いて来たわ。もうこれ以上、人間のために動く必要はありません。それが、皇祖を含む祖神の総意よ」


 黒曜が嫣然と口角を上げた。彼女はほんの十数年前まで、当時の皇帝として地上に在り、人間を維持する側にいた。しかし、天威師の皮を脱いで至高神に戻った今では、人への情などさっぱり捨ててしまったのだ。


「今日はそれを伝えに来たの。始まりの神器だけではないわ。宗基の娘が愚かな真似をしたでしょう。それも決定打になったわね」


 花梨の話題が出たことで、場に緊張が走る。


「ねえ、本物の日の女神。何故あの娘が虹の徴を得たかは分かっているよね?」

(わー、ここで当てられた!)


 ルーディに問いかけられた日香は、内心で慌てつつも滑らかに答えた。


「はい。かつて皇家が、忠臣たる宗基家に下賜した神器を取り込むことで虹を得たのだと思います。霊威を増幅させ、無理やりに徴を出す禁断の術を使ったのだと」

(そんなむちゃくちゃな術、禁忌だけどね。まがい物で神と交信しようとしたら激怒されるし、強引に霊威を底上げした本人もボロボロになるし)


「うん、正解。当代の宗基家の当主は強欲で野心家だからね。娘の恋情を知って禁忌を犯すようそそのかしたのさ。虹を放っていれば天威師だと認められ、栄華を極めることができる、ってね」

(うわ、あの当主めちゃくちゃ評判悪かったけど、そこまでしたんだ)


 日香は内心で引いていた。当代の宗基家の当主は、実力が無い癖に驕慢で悪辣であり、弱い者を虐げ、彼に苦しめられている者が後を絶たないと評判だ。

 とはいえ、国家転覆級の大罪を犯したわけではないことと、皇国で一二を争う名家であることから、厳しい処罰を下すことが難しく、王も対応に苦慮している。


「愚かなことです。娘を巻き込むのではなく、己が神器を取り込めばいいのに」


 ラウが冷ややかに吐き捨てた。ルーディが含み笑いを漏らす。


「そんな器量、あの当代には無いよ。自分の体で試して失敗したら怖いから、自分ではなく娘にやらせる。娘が志尊の地位に昇れば、父親の自分もおこぼれに預かれる。それで十分なんだろう」


 そして、軽く小首を傾げた。限りなく白に近い金髪がさらりと揺れて流れ落ちる。


「娘の方も躊躇はあったみたいだよ。仮にその計画が上手くいったとして、下界ではそれで良くても、死後に天に昇った後はどうなるのかってね」


 神器を取り込んだままでいられなければ、天界ではただの人に戻ってしまう。現世で天威師として関わった神官たちが昇天して来れば、普通の人間に戻った状態で再び相対しなければならなくなる。そうすれば全ての嘘がばれるだろう。


「だけど、当主は上手く言いくるめた。お前は本当は徴を持たないただ人だから、死後は天に行かず輪廻の輪に乗って転生する。地上で生きている間は天威師として扱われ絶頂を享受し、死後は転生という形で逃げることができる。いいこと尽くめだと言ったんだよ。それで納得するんだから父娘そろって馬鹿だねぇ」


 神器で無理やり徴を出したとて、神々には容易にまがい物と看破される。そのことに思い至らない時点で浅慮なのだ。そこで、日香はあることに思い至って目を見開いた。


「あ……もしかして、さっき鎮めた孔雀神を締め上げた神器って――」

「あら、ご名答。宗基家の先達が、かつて高位神から賜った神器よ」


 黒曜がころころと笑って頷く。天から先ほどの事態を見ていたのだろう。


「皇家の神器を取り込むなど、さすがにぶっつけ本番ではできないでしょう。他の神器で何度か練習していたのよ。上手くいかなければ、勝手に神器を改造したりしてね。さらに別の神器の力を借りれば、そういう芸当も不可能ではないから」

「馬鹿者……」


 ラウがぼそりと呟いた。神から賜った宝具を人間が勝手に弄くるなど、愚の骨頂である。上手くいくはずがない。必ずどこかで不具合が起こる。

 呆れ返る天威師たちを他所に、ルーディが説明を引き取った。


「それで神器の一部に故障が発生してね。でも、すぐにそれが表面に現れることはなくて、神器の内部でジリジリと暴走が進んで――ちょうど孔雀神が降臨したタイミングで爆発した。その勢いで宗基邸から飛び出して、孔雀神に巻き付いてしまったのさ」

(あの荒神騒ぎは宗基父娘のせいだったわけ……)

「やれやれ、そこまでして禁忌を犯すとは。どれだけ考え無しの小娘なのだか」

「ふふ、恋心に溺れた乙女は無敵なのですよ、お兄様」


 黒曜がルーディに腕を絡ませた。


「宗基家の娘が慕っているのは秀峰様でございましょう」


 月香が薄い笑みを刷いて言った。秀峰が驚愕した表情で妻を見る。


「は? ――え、私!?」

「ええ。熱っぽい視線で、はっきりと秋波を送っておりましたよ」


 あの時のことを思い出したのか、やや剣呑な眼差しを宙に向ける月香。一方の秀峰は、滅多に揺らがぬはずの双眸に動揺を滲ませている。


「気が付かなかった。確かに熱い視線だったが、自分を売り込もうと気負っているのだと……。というか、彼女は高嶺の妻の座を欲していたのでは?」


 混乱している次男を見かねたか、白珠が助け船を出した。


「それは建前です。そなたの妻には、既に朱月神たる月香がいるでしょう。皇祖の再来であれど、月香を押しのけて正妻になることはできません。至高神は皆同格ですから。さりとて、側室は所詮臣下でしかない。ゆえにやむを得ず、高嶺に的を定めたのです」


 とんだとばっちりである。日香は思わず口を挟んだ。


「月は堕とせなくても、すっぽんなら簡単に蹴り飛ばせますもんね」

「私は日香以外の妻など要らない」


 静かに言う高嶺の気迫が怖い。


「私から日香を奪おうとする者がいる世界など滅ぼしてやる」

「滅ぼすな!」


 物騒な空気を纏う末弟に、秀峰が叫んだ。


「そもそも彼女は何故私を慕うんだ。私と彼女に特別な親交は無かったはず」


 本気で頭を抱えている秀峰に、皆が視線を注ぐ。誰が告げるかと無言の相談が続き、やがて白珠が遠慮がちに口を開いた。


「そなた……自覚がないのですか? そなたは世界中の憧れの的なのですよ。あらゆる貴族から娘を嫁がせたいという嘆願が現在でも届いているのです。側室でも妾でも良いからと。全てヴェル様が叩き返しておられますが」

「……何故私にそんな要望が届くのです」

「徴が出ず、出来損ないと蔑まれていた皇家の少年が、満を持して覚醒し志尊の存在に駆け上がる――絵に描いたように完璧な逆転成功物語ではありませんか。そなたを憧憬し、羨望し、近づきたいと望む者は無数にいるのですよ。憧れが長じて恋心に発展する場合もあるでしょう」

()()()()()()()!? 私がどれだけ災難を被ったと思っているのですか!」

ありがとうございました。

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