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22.天威師の秘密

お読みいただきありがとうございます。

 外に出ると、虹色の鱗粉が無数に宙を舞っていた。並んで跪いたレイティと白珠の後ろに並び、日香も高嶺の隣で跪拝する。

 それを待っていたかのように、天から(しろ)(くろ)の光が降り注ぎ、雷光のように閃いた。光が収まった後には、二つの影が立っていた。

 限りなく白に近い金髪と、湖水色の双眸を持つ長身優美な青年。その隣に寄り添うようにして立つ、白珠に瓜二つの艶やかな美女。

 どちらも怖気を振るうような美しさを有している。


「やぁヴェル、白珠、志帆。そして僕の孫ちゃんたち。元気にしていたかい」


 朗らかに笑う青年に、レイティが叩頭した。


「父上方のおかげを持ちまして」


 本心から紡がれたであろう明るい声音に、青年の笑みが深まった。この男神は、レイティの父にして先帝ルーディ・オルトである。

 至高神は同族たる神しか愛さない。同胞には限りなき慈愛と寛容さを見せる反面、それ以外の存在には僅かな価値も置かない。ルーディにとって、我が子であり日神たるレイティは無償の愛を注ぐ対象の筆頭なのだ。


「それは良き事ね。でも、具合が悪そうな子が一人いるわ。一人、という数え方は適切ではないけれど……ねぇ、志帆?」


 天上の楽のごとき美声で告げたのは、白珠に瓜二つの美女――先皇黒曜(こくよう)である。ルーディとは双子の兄妹であり、一心同体のごとく仲睦まじい。

 蠱惑的な笑みで紡がれた一声に志帆が押し黙り、白珠が表情を消した。数瞬の後、志帆は小さく肩を竦めると、懐から始まりの神器を取り出した。


「はい。やはりお見通しでしたか」

「ふふ、私たちはもう天威師ではないわ。昇天して至高神に戻ったのだもの。何でも分かるのよ。お母様に隠し事をしようとするなんて悪い子たちねぇ」


 ころころと笑う黒曜を、ルーディがそっと押し留めた。


「可愛くて良いじゃないか。きっと遅めの反抗期なんだよ」

「まあ、お兄様は相変わらず甘いこと」


 優雅な所作で口元に手を当てる黒曜に微笑み、ルーディは始まりの神器を一瞥した。優しい眼差しを天威師たちに向けて言う。


「あーあ、ほとんど死にかけだ。志帆はよく小康状態まで持ち込めたねぇ。相当頑張ったんだね。でも、これはもう駄目かなぁ」


 愛情深い声音とは裏腹に、放たれた内容は無慈悲であった。即座に白珠が反駁する。


「まだ完全に息絶えたわけではありません。間に合う可能性は残っています」

「そうかい? まあ、皇祖の再来たる日香がいるからね。まだ望みはあるけれど……」


 すらりと長い手が差し出される。この線の細い青年が、実は息子と同じく生まれながらの荒神であり、最強の力を有しているとは想像に難い。


「ねえ、還っておいでよ」


 淡い湖色の双眸が煌めき、謳うような澄んだ声が紡がれる。


「祖神は天威師の帰還を望んでいる。僕の愛し子たち。君たちは、こんな所でいつまでも辛い思いをしている必要も理由もない。神々の怒りを人間に代わって受けるなんて苦痛、しなくて良いんだ」


 黒曜がおっとりと頬に手を当てた。


「そうね、天威師も痛みを感じるもの。神罰を受けるのは痛いことよ。私も天威師であった頃は、本当に嫌で仕方がなかったわ。……ああ、ここでの会話は至高神以外には見聞きできないようにしているから、安心してね」


 ()()()()()()()()()

 その事実を知る存在は、至高神を除けばほとんどいない。人間はもちろん、神々――四大高位神すら知らぬ事だ。


 神は、同格以上の神から喰らった攻撃でもない限り、痛みや苦痛といったものを感じない。どれだけの損害を負おうとも、無痛のまま瞬時に治る。同じ神による攻撃でなければ、そもそも傷付くことすらないだろう。

 ゆえに神々は激昂した際、心から思慕する天威師であっても躊躇せずに大怪我を負わせる。神の基準や認識では、四肢が吹き飛び臓物が溢れ脳髄が破裂する損傷であろうと、瞬く間に復元・完治する事象でしかないからだ。そして、至高の神に連なる天威師にもその価値基準を適用している。


 だが――実際のところ、天威師は内面まで精巧に人間に擬態している。よって、その痛覚は神よりも人間のそれに近くなっているのだ。尋常ではない精神力で、それを表に出さないようにしているだけで。

 つまり、数瞬で治るとはいえ、天威師は怪我を負うたび、人間の基準に近い程度で痛みや苦しみを感じている。手足がもげ、内臓が飛び出し、目玉が潰れ骨を粉砕されれば、人間がそうされた時と同じ苦痛を覚える。


(結構……うん、かーなーり痛いんだよねー)


 これが、ラウが花梨に伝えなかった事柄だ。伝えなかった理由ははっきりしている。これは天威師と祖神だけの秘密事項であるからだ。

 神威を受けることが痛いのだと、天威師の痛覚は人間に近いのだと明かしてしまえば。神々は衝撃を受ける。今までは神の基準を天威師にも当てはめ、この程度の傷は損害には含まれず痛みも感じないと思っていたものが、実は違ったと分かるのだから。


 慕わしい天威師がとてつもなく大きな苦痛を受けていたと知れば、神々は持てる手段の全てを尽くして天威師を天に還そうとするだろう。そこまでして地上と人を護ることなどない、今すぐ人間の擬態を解いて本来在るべき場所に還るべきだ、と言って。

 神が本気で神命を下せば、神性を抑えた天威師は逆らうことができない。


 だからこそ、天威師が人間に近い痛覚を持っていることは、神にも人間にも伏せておかなければならない。人間にも秘すのは、神は人界を視ていることがあるため、人に伝えれば神にもすぐに知られてしまうからだ。


 なお、このことは聖威師にも秘匿している。聖威師も神格を抑えているため、神でありながら人に近い感覚を持っている。その実体験を基にして勘付かれないよう、天威師は至高の神に連なる存在なので苦痛を感知する機能は聖威師とは違う、と説明している。


(天威師が人間と同じように痛みを感じることは、人にも神にも知られちゃ駄目)


 地上の天威師は、つぎはぎだらけのボロ人形だ。神が荒れそうな兆候があり、また大怪我を負う神鎮めに行かねばならないと悟れば、こっそりと声を殺して泣いている。だが、誰にもそれを打ち明けることはできない。


「天威師は人間に崇拝されたり、尊敬されたいわけじゃないよね」


 ルーディが言い、ティルが頷いた。


「もちろんですよ~。人にどう思われようがどーでもいいんで」


 天威師たちは人間に尊敬されたいとは思っていない。慕われたい、好かれたいとも思っていない。否定されても蔑まれても、無視されても気にしない。いかに毀誉褒貶(きよほうへん)されようとどうでもいい。ただ、神を宥め人間という種を維持できればそれでいいのだ。


「天威師の務めは、神の慰撫と人類の滅亡回避。人間という種を存続させることが俺たちの存在意義なんだから、国が滅びても世界が滅びても、人間の雌雄が一体ずつ残っていればそれでいいんですよ~」


「天威師が統治する世界、という名目を維持するために皇帝位には在りますが、人の世の政は人王の管轄として切り分けていますからねぇ」


 志帆もティルに続けて賛意を述べた。


「天威師が親政を行い、欠点のない治世に人間を慣らしては、後が困りますから」


 天威師はあくまで神々が怒りを鎮めるまでの期間限定の君主だ。神が穏やかになれば天に引き揚げる。

 もしも天威師が積極的に国営に関与し、何でもできる完璧な君主が当たり前になってしまえば、いつの日か人間だけで世界を治めることになった時、治安や文明が一気に後退、退廃化してしまいかねない。

 ゆえに、天威師は皇帝の一族として君臨してはいても、人世の政に関わることはほとんどない。皇祖と帝祖から数えて三代目になる頃に、早々と国政と地上の統治に関しては人王に譲渡している。


「皇家の方は優しいなぁ。俺たちは別に、人間が困ろうが苦労しようが知ったことじゃないんですけど」


 唇を尖らせるティルに、ルーディが微笑みかけた。


「そうだよね、僕の孫ちゃん。だから、還っておいでよ。始まりの神器が尽きようとしているのは、きっとそういうことだよ。もう終わりにしよう」


 そもそも、人間は世界の危機も神々の怒りも、何も知らない。助けてくれと天威師に頼んだわけでもない。ただ天威師が自主的な義務感で人界に留まり、頼まれもしないのに勝手に神罰を肩代わりしているだけなのだ。

 天威師が苦しんでいるのは、自業自得であり自己責任である。これに関しては人間側に非はない。


 しかし、だからこそ――終わりは天威師自身が決めることができる。いつでも好きな時に、一切の責任を負うことなく天へと還ることができるのだ。有志で自主的に行っているだけの役目を、最後まで全うする必要はない。


「最後の時、人間に味方する神はほとんどいない。元は人間だった聖威師だって、天に昇れば神の思考に変貌して人への情を忘れる。例外は鷹神とその周囲の神くらいかな。()()()()()()()()()()

ありがとうございました。

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