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2.姉は月、妹はすっぽん

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


 緋色の光が目を灼いて爆ぜる。全身の羽を逆立たせ、身を震わせて絶叫する(あか)い鳥。手を伸ばしかけた姿勢のまま呆然とそれを見ていると、弾けた緋光の一部が槍と化して放たれた。


『日香!』


 高嶺に抱えられてその場から離脱する。一瞬後、今まで立っていた場所に槍が突き刺さり、地面が大きく穿たれた。


『暴走した――! 止めるのです志帆(しほ)、何としても!』

『はい、姉上!』


 切羽詰まった声が響き、周囲で見守っていた者たちが一斉に動く。一人が全身に碧い光を纏って鳥を押さえ込みにかかった。


『ぁ…………』

(どうして? どうしてこうなっちゃうの?)

『日香、大丈夫だ。叔父上が収めて下さる』


 幼さを色濃く残す容貌の高嶺が、安心させるように囁き、硬直した日香の体を撫でてくれる。緋の輝きを揺らめかせながら暴れている鳥を見ていると、色を失くした白皙(はくせき)(おもて)がこちらを見た。黒檀(こくたん)のごとき双眸が真っ直ぐ日香に据えられる。


『日香、大事(だいじ)ありませんか』

『そ、蒼月皇(そうげつこう)様……』


 答える自分の声が頼りない。たった今起きた有事により、いつもの明るさは彼方に飛び去ってしまった。


『そなたは三千年ぶりの日の女神。初代様に最も近い存在であるがゆえに、()()と感応しやすい――良くも悪くも。そしてこれは現在、非常に不安定な状態なのです』


 碧色の燐光が大気を満たし、緋の閃光を包み込む。荒れ狂っていた鳥は徐々に静まり、落ち着きを取り戻していった。


『姉上、ひとまず小康状態に戻せました』

『よくやってくれました、志帆』


 場に安堵が満ちる。漆黒の瞳はこちらに向けられたままだ。


『そなたの力に少しでも揺らぎがあれば、()()は暴走してしまうようです。悪い方に刺激してはまずい。申し訳なきことですが、力が完全に安定するまでは覚醒を秘匿し、波風立てぬよう静かに過ごすのです。良いですね』


 この神器に万一のことがあらば、我らは地上にいられなくなる――重々しく呟かれた言葉に、顔を強張らせた日香は小さく頷いた。


『承知いたしました。蒼月皇様のご命令のままに』


 ◆◆◆


「……はっ」


 統一暦2992年12の月、中旬。

 皇宮の一角にある宮でまどろんでいた日香は、ぱちりと双眸を開いた。目元をこすりながら吐息を漏らす。


「何だ、夢かぁ」

(あの時の――5年前の夢だ)


 うーんと伸びをすると、体の下に敷いた緑が衣越しにこすれた。


(でももう終わったもんね。……ああ、今日もいい天気)


 柔らかい草が生い茂る庭に寝転がった格好のまま、猫のように目を細めて陽光を堪能する。


(ふふ、気持ちいい~)

「日香様、何をなさっているのですか」


 土を踏む音と共に、呆れを滲ませた声が降りかかる。


「あ、佳良(かりょう)!」


 寝転んだままぐるりんと顔を巡らせた日香の目に、黒髪黒目の美女が映った。

 彼女は途来(とらい)佳良。この神千皇国における重要組織、神官府の(いただき)に立つ神官長である。紋章入りの法衣をきっちりと着込み、まとめた髪には一筋のほつれもない。


「どうかしたのー?」

「どうかしたの、ではございません。御髪(おぐし)とお召し物を整えて下さい。急な来客があればどうなさるおつもりなのですか」

「……はーい」

(ここに来る人なんかいないのに。こんな、万年開店休業状態のとこ)


 家族と一部の者を除けば、日香の宮に来る者などほぼいない。常に閑古鳥が鳴いている――別に商売をしているわけではないが。

 日香が肩をすぼめながら起き上がり、適当に手櫛で髪を整えていると、佳良はきりりとした目を向けた。人気のない宮にも関わらず声を抑えて囁く。


「月香様より、お力が安定したとお聞きいたしました。まだ内々の情報とのことですが……真でございますか?」

「うん、つい昨日ね。もう大丈夫だって。思ったより時間かかっちゃったけど、良かった!」

「それでは、ついに日香様の真価が公表されるのですか。おめでとうございます」


 祝辞を述べる佳良に宿る感情は、感無量という言葉が相応しい。


「あなた様が無能の御子と悪し様に言われることは、天威師の方々はもちろん私にとっても遺憾でございました」

「仕方ないよ、外には内緒にしてるんだもん」

「お披露目式はいつをご予定で?」

「機を見てすぐにでも、だって。今、日程調整中。天威師は忙しいから」

「左様でございますか」


 楽しみです、と呟いた佳良は、小さく咳払いした。


「本題ですが。本日は天威師が広場に並ばれます。どうなさいますか? 先日、お出ましを見に行きたいと仰せでしたので確認に参りました」

「えへへ、実はこっそり行こうかなと思ってたの。折良く力も安定したし、後学のためというか見学というか」

「そうですね。日香様も近く同じ場所に立たれることになるのですから。ただ、ほんの少し覗くだけですよ」

「分かってるよ。ちょっと待ってて、外套取って来るから」


 いそいそと起き上がり、体に付いた草と葉をポンポンと払って宮に入る。

 音もなく付いて来る佳良の気配を感じつつ、自室に飾ってある鏡を見た。映し出される自分の姿をさっと確認する。

 腰までの黒髪に同じ色の瞳、色白の肌、標準的な背丈、ほっそりした体、皇家(こうけ)独特の容貌。


(うん、どこも汚れてないよね)


 軽く頷き、目立たない無地の外套を羽織る。


目眩(めくらま)しはお済みですか? 万一、お顔を見られることがあるやもしれません」

「ん、大丈夫だよ」

「では参りましょう。――もう堂々とお力が使えるのですね?」

「はい、自分で転移できます」


 日香が肯定すると、佳良は再び感慨深げな表情を見せた。


「恐縮ながら、私に付いて来て下さい」

「はいはーい」


 佳良に合わせて力を使うと、視界がぐにゃりと歪んだ。

ありがとうございました。

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