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19.三人目の皇帝

お読みいただきありがとうございます。

 女神もかくやと言うほどの典麗な容貌。切れ長の瞳に優し気な面差し。左目の下には泣きぼくろ。白珠と高嶺に酷似した顔立ちの青年が、軽やかな動作で床に降り立つ。


(志帆様!)


 日香は素早く頭を下げる。高嶺たちも同様だ。白珠とレイティだけは変わらずに佇んだままでいる。


「ああ皆さん、楽にして下さいね」


 玉を振るような声で皆に笑いかけた青年は、白珠とレイティに向かって軽く会釈した。皇帝への挨拶とは思えないほどに簡略化された仕草だが、彼はそれが許される。何故ならば、彼もまた皇帝であるから。


碧日皇(へきにちこう)、如何しました」


 目礼を返した白珠の問いに、彼はくすりと笑みを零す。碧日皇志帆。白珠の実弟であり、神千国に三名在位している皇帝の一人だ。

 皇家の男は総じて女顔に生まれるが、志帆もその例に漏れない。なお、帝家の男は中世的な容貌に生まれるのが常だ。


「有事が起きたわけではないのです。ただ、この馬鹿げた茶番劇を繰り広げてくれた宗基家の息女に一言申さねば気が済まぬと思い、参じました」

「ば、馬鹿げた茶番劇? あまりなお言い草ではありませんか」


 涙目で講義する花梨に、志帆は笑みを刷いたまま小首を傾げた。


「では滑稽な猿芝居と言い換えましょうか? いえ、それは猿に失礼ですね」


 おっとりと微笑む表情は、まるで赤子を見守る慈母のように柔らかい。しかし、碧色を帯びた双眸に宿る光は真冬のごとく凍て付いている。


(うっわぁ、もんのすごく怒ってる……)


 日香が肩をすぼめると、志帆は花梨に一瞥をくれた。打って変わって切り裂くような鋭声を放つ。


「愚かな小娘が」


 怖気を振るうほどに美しい碧光が波紋を描いて広がり、室内を満たした。これは志帆の怒りの具現だ。


「その癡鈍(ちどん)さ、そして蒙昧(もうまい)さ。実に浅慮極まりない。あなたのせいで、危うく世界が終わるところだったのですよ」

「ひぃ……っ」


 研ぎ澄ませた氷柱のような気配に当てられた花梨が、ぐるりと瞳を反転させた。碧い波動がゆらりと波打つ。


「お~」


 ティルが無邪気に声を上げ、揺らめく海面が映り込んだかのような空間を眺めている。洗練された所作で腕組みした志帆はさらに続けた。


「天威師を騙れば、至高神を敬慕する神々の不興を買うと考えなかったのですか? 先ほどの雷撃は、元はあなたを標的として落とされたもの。あなたは今現在も、神々の怒りを買っているのです……何でしょうか、姉上?」

「蒼月皇と呼びなさい。……その娘は気を失っています」


 小さく咳払いして弟皇の気を引いた白珠が告げる。腰を抜かした体勢のまま白目を剥くという器用な真似を披露し、花梨は意識を飛ばしていた。


「承知しておりますよ。けれど言わずにはいられなかったものですから。――この者の脳髄に直接言霊を刻み付け、強制的に聞かせることもできたのです。それをしないだけましだと思ってもらわなくては」


 肩を竦めて言い放った志帆は、それから、と付け足した。


「さらに申し上げますと、この娘が気絶したから私的な呼び方にしたのです。部外者が意識を失くし、結界も張ってある以上、ここは身内のみの場となりましたから」

「――それもそうですね」


 不承不承認めた白珠に、高嶺とティルが目を輝かせた。これで形式的な呼び方をしなくてもいいと言わんばかりの表情だ。僅かな碧を滲ませる黒眼が動き、花梨の内部を真っ直ぐに見据えた。


「全く、本当にとんでもないことをしてくれたものです。せっかく小康状態になった始まりの神器が崩壊しかかりました。皆も気付いたでしょう、先ほど暴走しそうになったことに」


 空気が張り詰めた。日香は一歩進み出る。


「あの、始まりの神器は大丈夫なのですよね? 確かにとても危うくなった気配はしましたが、志帆様のお力で安定したように感じました」

「ええ。大事にはなりませんでしたよ。ひとまずは、ですが」


 安心させるように首肯した志帆が、懐から小さな鳥を取り出した。皇家の秘宝は、鳥の形をした生物型の神器なのだ。ピィピィとか弱い鳴き声を上げながら小さく動く小鳥の体躯は、くすんだ蘇芳色をしている。元気はないものの危機的な状態でもなさそうな様子に、日香は安堵した。


(よ、良かったー!)


 ティルが改めて説明してくれる。


「さっき始まりの神器が暴走しそうになったのは、この宗基家の娘が緋日神の力を強引に取り込んで入宮したからだよ。それで神器が刺激されたんだ」

「私の時みたいにですか? でも、皇宮には緋日神様の神器が幾つも安置されていますよね。それには反応しないのに……」

「うーん、皇宮にある神器の力は安定しているからねぇ。日香だって力が定まったら神器が感応しなくなったよね。……だけど、宗基家の娘はそもそも本物の天威師じゃない。外部の力を不正に取り入れた偽りの日神。当然、気は異常に歪んでいる。そんな者が近付けば、不安定になっている始まりの神器が悪影響を受けても不思議じゃない」

「不安定……」


 ティルの言葉の一部を反復した日香は、目を細めて小鳥を覗き込んだ。


(もうこんなにすり減ってる)

「日香、どう?」


 後ろから問いかけて来たのは月香だ。片割れの声に、日香は重い口を開く。


「うん、もう本気で限界かも。今は志帆様のおかげで落ち着いてるけど……次はないと思う」


 白珠と秀峰の表情が険しくなり、志帆が同意を示すように頷いた。


 天威師たち――主に皇家の天威師たちの頭を悩ませている最大の問題。それは始まりの神器の摩耗と耐用限界だ。

 緋日皇が推定していた天威師の地上統治期間は、長くとも千年ほど。千歳が経過すれば神々の勘気も解けるであろうと考えており、始まりの神器もそれに応じた耐用年数で創られた。


 しかし実際は、神々の怒りが予想以上に深く大きく、三千年が経過した現在でも天威師は地上を離れられない状態だ。本来の使用予定年数を大幅に超過した神器は激しく摩耗し、限りなく不安定な状態となり、いつ消え果ててもおかしくないほどに衰弱している。日香と良くない方向に感応し、絡まり合ったのもそれが理由だ。


(早く修復しないと)


 日香の思いに呼応するように志帆が口を開いた。


「今回は凌ぐことができましたが、もはや猶予はありません。一刻も早く対処しなければ全てが終わる。日香、分かっていますね」

「はい」


 臆することなく頷く日香に、白珠が唇を動かした。


「三千年ぶりの初代の再来。この時代にそなたが顕現した意味の一つは、きっとここにあるのでしょう。――何としてでも始まりの神器を修復し、天威師の強制帰還を防ぐのです」


 消滅寸前の始まりの神器を修復できるのは、創り手である緋日神か、緋日神と酷似した性質を持つ日神のみ。日香はその条件に該当する唯一の存在なのだ。

ありがとうございました。

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