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17.生まれながらの荒神

お読みいただきありがとうございます。

 橙日帝レイティ・ヴェル。ミレニアム帝国を統べる皇帝たちの長子にして白珠の夫だ。日神の神格を持つ天威師であり、『生まれながらの荒神』でもある。


 大半の神々は和神の状態を常としているが、ごく稀に荒神を通常状態として顕れる神がいる。そのような神は、激した際は荒神の状態からさらに荒神化するという二重の荒神化を行い、比類なき神威を発揮する。


 レイティはそれに該当する特異な神だ。神格を抑えている現状でさえ、神威の欠片である天威は並々ならぬ強大さを誇る。他の天威師が全員束になってかかったとしても、赤子の手をひねるがごとくあしらう力を持っている。ただし、身内に対してこれでもかという程に甘いため、己の力を振りかざすことは滅多にない。

 その外見は20代中頃の青年だが、神格を持つ者は年を取らないので、見た目は当てにならない。


「大事ないか、白珠?」


 ごく淡い金色の長髪を揺らしながら、壊れ物でも扱うかのように白珠の頬に手を添えて語りかける。その瞳は仄かな水色。春の陽気に温められた湖水のような碧眼だ。


「はい、おかげ様で」

「そうか」


 首肯した白珠に頷きを返し、次いで日香たちにも湖色の双眸を向ける。


「お前たちは? 治癒は要るか?」

「問題ありません」

「既に治りましたので大丈夫です」


 ラウと秀峰が返した。日香も含めた残りの面々も一斉に首を縦に振る。皆の全身に視線を走らせ、その言葉が真実であると確認したレイティは、そこでようやく破願した。


「そうか、ならば良い」


 一方の白珠は厳しい顔で皆を見回した。


「家族以外の者がいる場所では、父上ではなく橙日帝様とお呼びなさい。公私は切り分けよと幾度も言っているはず。私のことも蒼月皇と呼びなさい」


 ちらと鋭い流し目を向けられ、日香は肩をすぼめた。


(うわあ注意されてる……さっきお義母様って呼びかけちゃったからね)


 反応はそれぞれだった。ティルは笑って「仰せのままにー」と返したが、高嶺はしゅんと肩を落とした。


「申し訳ありません、蒼月皇様」


 レイティが白珠の背を宥めるように撫で、深い慈しみを湛えた眼差しを末子に向けた。


「我が妻は真面目だからな。どう呼ぼうと好きにすればいいさ。いつ何時であろうとも、俺がお前たちの父であることは変わらん」


 だが、その陽だまりのような笑みは、次の瞬間溶け消える。


「と、常赤の君……」


 腰を抜かした体勢で呆けていた花梨の唇から、消え入りそうな声が発されたのだ。


「…………」


 レイティの双眸が鮮烈な赤に染まった。恐ろしさを覚える程に美しい色が、凛とした眼の中で燃える。

 帝家の者は己の激情に呼応して碧眼を赤く染める性質を持つ。通常、それは一過性のものだ。気が鎮まれば元の色に戻る。だがレイティの目は平素から赤い。彼が本来の色である湖水の瞳を向けるのは、身内である神に対してのみだ。


「ひっ……」


 温度の無い視線に射抜かれ、花梨は身を竦めた。だが、それがきっけで硬直していた思考が動き出したか、我に返ったように忙しなく目を動かす。やがてその体が小刻みに震え始めた。


「な、な、何なの……何なのよ今のは? 雷が、火花が、血が……」

「ゆえあって雷霆の神がお怒りになられたのです。その御気色が数多の稲妻という形の神矢としてあなたに降り注いだものを、私たちが身代わりとして受けました」


 月香が抑揚のない口調で告げた。


「み、身代わり? どうしてよ、何でそんなこと」

「それが天威師の役割であるからだ」


 答えたのは秀峰だった。


「神が地上ないし人に対して罰や怒りといったものを落とした時、それは落とされた当事者ではなく我ら天威師が受ける」

「――え?」


 意味が分からないと言いたげに花梨が瞬きする。


「何故わざわざ受けるのよ。結界を張るなり全て躱すなりすればいいじゃない。どちらもできるはずよ。天威は至高神の神威の欠片だというし、天威師の身体能力は神の域なのだから」


 もはや敬語どころか丁寧な言葉遣いすら忘れている様子に、月香が眉を跳ね上げた。片手を上げてそれを制し、秀峰は続けて説明する。


「いいや。神の怒りに対し、防御または回避、あるいはそれに類する行為を取ることは許されない。どのようなものであれ、神が下賜して下さるものを拒むことは不敬であるためだ。神罰であろうが神怒であろうが、慎んで受け入れねばならばない」


 例え天威師であろうと、神性を抑制して人間に擬態している状態ではその掟から逃れられないのだと、噛んで含めるように語った。


(私が孔雀神に剣を向けることができたのは例外だったんだよね)


 あの時は、孔雀神自身が己の身を蝕む神器を外して欲しいと望んでいた。そのために必要な行為であり、なおかつ狼神と鷹神が代理で許可を出していたからこそ、日香は孔雀神に剣を振るうことができたのだ。


 本来であれば、神に刃を向けることは許されない。仮にそれをしてしまった場合、天威師や聖威師であれば強制的に神格を解放させられて神に戻り、天に還されるだけで済むが、人間であれば事情によっては神罰牢に落とされる。


 花梨を見つめる秀峰が、眼差しに険を宿した。


「だが実際問題として、人間が神怒を受ければ即死だ。跡形も残らぬ。ゆえに、地上や人に落とされる負の神威は、天威師が受け止める。人間とは根本から異なる耐久力と回復力、そして精神力を持つ天威師が、神の怒りを代わりに受けるのだ」


 天威師は皆、己の真価に覚醒した時からその覚悟を持っている。全ての神に尊崇される天威師がその身を投げ打って人間を庇い、鎮撫を(こいねが)うからこそ、神々は応えるのだ。

 高嶺が無表情で続きを引き取った。


「天威をもってすれば、神罰により負った傷をも治癒できる。どれだけの傷を負ったとしても、たちどころに元通りになり完治する」


 余程荒々しく大きな神威を受け止めた場合、回復が追い付かないこともあるが、それはごく稀な例だ。大抵は心身共に耐え切れる。


「力有る存在である我々が、繊弱な存在(にんげん)の盾になることは当然であろう。どうせすぐに治るのだから」


 幾度も読み込んだ書物を朗読するかのごとく述べた高嶺は、眉一つ動かさぬまま言葉を継ぐ。その眼差しに温度は無い。人に対する憐れみも慈愛も、冷たさも酷薄さも、全ての感情が無い、透明で空虚な双眸。


「我ら天威師は、いわば特別な消耗品。いくら使おうともすぐに新品同様に補充され、一向に減ることはない。……傷付いても傷付いても傷付いても、摩耗することすら許されない」


 最後は花梨には聞こえない声量での独白だった。レイティを始めとする帝家の者たちが碧眼を煌めかせ、高嶺を観察している。帝家は皇家を護り愛おしむ。高嶺が心底嘆けば、その憂いを取り除くために躊躇なく人類を壊滅させ、世界をも簡単に滅ぼしてしまう。


(高嶺様)


 日香は反射的にその手を握った。きょとりと瞬いた高嶺が、繋がれた手と日香を交互に見つめ、ふと表情を和らげた。

ありがとうございました。

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