12.日香の過去
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問いかけながら、こっそりと内心で愚痴をこぼす。
(あの神器せいで私はすっぽんになる羽目になったんだから!)
日香は病弱のため、静養も兼ねて離宮で育った――表向きにはそうなっているが、実際は違う。
全ての要因は、最大の秘宝たる始まりの神器にあった。
皇祖緋日皇が創り出した、決して替えの効かない唯一無二の神器。それが日香の誕生に感応し、暴走してしまったのだ。
『皇家の日の女神』という立場にいる日香は、同様の存在である緋日皇に最も近しい。ゆえに、緋日皇の力で創られた神器と共鳴しやすい。生まれたばかりの頃はまだ己の力に目覚めていなかったが、魂の奥深くに眠る本性を神器が感知し、歪んだ形で共鳴を起こしたのだ。
そして、日香と始まりの神器を接近させては危険だということで、密かに皇宮から離された。
教育に関しては皇帝が手配してくれており、聖威師として事情を知る佳良もたびたび様子を見に来てくれたものの、本宮から遠い離宮でのびのびと暮らしていた。
(こーんな性格になったのも離宮暮らしが長かったせいかなぁ。……でも、月香だって一緒に離宮で育ったのにお淑やかだし)
月香まで共に行くことになったのは、双子は魂の結び付きが強固であるため、幼少期は引き離さない方が良いと判断されたからだという。
(せっかく覚醒してもまた神器がおかしくなってさ)
12歳の時、月香と同時に覚醒した日香は、最低限の体力が付いたという理由を付けて皇宮へ戻った。力に目覚めた際、始まりの神器に呼ばれている感覚を抱いたためだ。
神器が日香を求めているのであればと、皇帝や高嶺たちの立ち合いの下で二度目の接触が行われた。完全に覚醒したのだから、もう変な共鳴を起こしはしないのではないかという期待もされていた。
しかし――日香が近付くと、始まりの神器は再び暴れそうになった。待機していた皇帝たちが即座に対処してくれたために事なきを得たが、危ないところだった。
どうやら、覚醒したての天威師はまだ力が安定していないことから、完全に落ち着くまでは歪な共鳴が継続してしまうらしい。
(もっかい離宮に行くこともできなくて、大変だったんだよ)
病がぶり返したことにして再度離宮に退避させようかと考えた皇帝たちだが、それも不可能な状況になっていた。二度目に暴走しかけた際、神器と日香の力が絡まり合い、おかしな繋がりが生まれてしまったためだ。端的に言えば、日香が離れすぎると神器が不安定になってしまうのだ。
近付けば暴走され、離れれば不安定になられる。一体どうしろというのか。
やむを得ず、日香は自身の覚醒を一部の者以外には伏せた上で、療養の名目で皇宮の一角にある宮に引きこもり、力が安定するのを待っていた。神器から近付き過ぎず離れ過ぎない、絶妙な距離にある宮だ。
神器を刺激しないよう、少しずつ安定させていくとすれば数年かかると言われており、実に5年の歳月をかけてついに完了したのが昨日だ。折よく皇帝たちの予定も合ったことから、すぐに神器と三度目の接触をすることになった。
結果――神器は暴走しなかった。あの時の喜びは筆舌に尽くし難い。また、力が盤石になったことで神器との間に絡まり合った繋がりも無事にほどけた。
(昨日は嬉しかったなぁ。高嶺様なんか大喜びして)
心の中で思い出し笑いをしていると、ラウが凛とした面差しを緩めて微笑んだ。
「始まりの神器ならば問題はない。もはやそなたが原因で暴れることはなく、先ほどの不調も志帆叔父上が鎮めて下さった」
ラウの口の端に上った志帆は、皇国皇帝の一人だ。神格は日神。ゆえに、太陽神の力を持つ始まりの神器を御しやすい。日香と始まりの神器がおかしな共鳴や繋がりを起こすたび、志帆が必死になって神器を宥め、暴走を食い止めてくれていた。
「そうですか、良かった。だって……あの神器が無かったら、私たちは地上にいられませんから」
胸を撫で下ろし、日香は呟いた。そうだね、と笑ったティルが窓辺に歩み寄り、外を眺めながら歌うように言う。
「――太古の昔、人と神が分かたれてから遥かな歳月が流れた頃。原初の至高神同士が番われ、二柱の神が顕現された。男神と女神が」
――遥か古の時代、神は天地を行き来し、地上で暮らす人間と共存していた。
人は様々な面で神からの助力や後押しを得ていたが、ある時、神の支援を受けず自分たちの力で世界を作って行きたいと望むようになった。
神々は人間の意思を尊重して天に引き、以後は人の世となった地上への介入を最小限に留めることとした。必要が生じた場合や人間の方から呼びかけて来た場合、寵を与えたい者に個別に働きかける場合などは別として、基本的には神側から人界に干渉することは控えると決めたのだ。
その後、原初の至高神たちは互いに夫婦となって契りを結んだ。金日神と黒闇神、銀月神と白死神が番い、前者は男神を、後者は女神を生み出したのだ。
「二神は恋に落ち、めでたく結ばれて双子の兄妹神を授かった。その兄妹神は全ての至高神の末裔であり、翠月神と緋日神の神格をお持ちであられた」
すらすら紡がれるそれは、太古に遡る皇家と帝家の起源だった。
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