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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

メスガキの後輩が義妹になったので、意地でもお姉ちゃんと呼ばせたい

作者: Aria

「今日からよろしくお願いしますね。センパイ♡」


 義妹になったのは、一個下のいつも私を辱める毒舌で意地悪な後輩だった。

 当然すごく驚いたけど、次の瞬間にはピキンと閃いて、これはチャンスだと思った。


 折角私の義妹になったのだから、義姉の立場を利用してこれまで散々弄ばれた仕返しをしてやろうと思ったのだ。


 思えば彼女と知り合ってからの一年は苦汁を飲まされてばかりだった。


 セットした髪を解いて勝手にツインテールにされたり、お母さんが偶にだけ作ってくれるお弁当をいつの間にか交換されてたり。……トイレの個室で二人きりになってあんな事やこんな事をされたり。


 一番最悪だったのは大好評の食堂の焼きそばパンをフライングして大量に買った事を全校放送でバラされて学校中の生徒から追いかけ回された事だ。


 以降私は反則者のレッテルを張られたり、女子なのにいっぱい食べる恥ずかしい人扱いされたりで学校では人権がない。


 あの時の屈辱を私は今も忘れない。絶対に倍にして返してあげるんだから!

 

 そんな決意を胸に、私と義妹の因縁の戦いの第二節は始まったのだった。




 どうしたら、小生意気な義妹を恥ずかしい目に遭わせられるだろう。そんな事を考えながら私は朝の食卓に座っていた。


「セ〜ンパイ♪」


 正面には例の生意気な義妹の莉子(りこ)が座っている。何が面白いのか、私の顔を見てニマニマと獲物を見つけた肉食動物のような笑みを浮かべていた。


「なぁに? 妹ちゃん」


「その呼び方やめてくださいよ。いつもみたいに“りこち”って呼んでください」


「やだ。もう私達は姉妹なんだから、姉の私が妹って呼んでも何もおかしくないでしょ?」


「センパイ、そういうのウザイです」


 可愛い気の無い事を言うな妹。ぷい、ってしたってちっとも可愛いくなんか無いんだからね。


「先輩じゃなくて、お姉ちゃんって呼んでみてよ」


「センパイ、お義姉さんになってから態度変わりましたよね。今の先輩なんか大嫌いです」


「ふん! 別にりこちになんか好かれなくてもいいですぅ」


 なんて言ってみたけど、普段私を辱めてばっかりの莉子が私にデレデレで、お姉ちゃん! なんて呼んでたら屈辱的で面白いかも。


 そう思って、私は妹に意趣返しをする方法を思いついた。


(今に見てなさい。絶対にお姉ちゃん大好きって言わせてやるんだから!)



※※※

 


 仕返しの方法を思いついた所で、私は早速行動に移った。


 まず作戦その①

 行ってきますとおかえりなさいで大好きなお姉ちゃんがハグしてくる件。



 やる事はまぁ、作戦名の通りで、行ってきますとお帰りなさいのタイミングで私が莉子にハグをするだけだ。


 そんな普通の姉妹みたいな事をしていれば、妹だって姉の慈愛の前にひれ伏すはず!


「センパイ、そんなに手広げて何してるんですか?」


 何をしているんだこいつはとでも言いたげに、怪訝な表情で呆れる莉子。


「何って、決まってるでしょ? 行ってきますのハグよ」


「は、はぁ? またテレビで変なのでも見ましたか? それともただ頭がおかしいんですか? 大体、私達通学路同じなんだから行ってきますも何もないですよね?」


「むぅぅ、細かい事は良いんですぅ。それに、姉妹だったら普通の事よ」


 そう、姉妹だったら当たり前の事だ。別に私がハグをしたいとかそういうのじゃない。


「いやいや、今時そんな事する姉妹なんていませんよ。センパイ絶対騙されてますからね」


 だ、騙されてるって言われても……ちゃんと妹持ちの友達に相談したんだもん。


「そ、そんな事無いもん! って、ちょっと! 逃げないでよ。りこ〜」


 私の制止を聞く事無く、妹は玄関の扉を勢いよく開けて飛び出すように行ってしまった。


 ふと見えた妹の横顔が少し赤っぽく見えたけど、もしかして熱でもあったのだろうか?





 ※※※




 

 放課後の自宅の玄関にて。


「はい、りこちおいで~」

「センパイ、そんなに手広げて何してるんですか」


 呆れた様子の莉子が訊いてくる。なんかデジャブだなこれ。

 

「見て分からない? お帰りのハグよ」


「いやいやだから、今時そんなの古いですって。本当にどうしたんですか? あっ、もしかして、そんなに私とハグがしたいんですかぁ? なら最初から正直にそう言ったらいいじゃないですかぁ~」


 むっ、出たな。莉子のメスガキモード。普段の私ならそのあざとさに屈していたかも知れないが、今日の私は一味も二味も違うんだなこれが。


 ここは敢えて、いつもの私が絶対にしない反応をしてみる。


「莉子は、お姉ちゃんとハグしたくないの?」


「ひえっ!? どどどど、どうしたんですかせんぱい!? やっぱり今日のセンパイなんだか変ですよ?」


 ふふっ、効果抜群ね。すごく動揺してるみが分かる。でも、そんなに怯えなくたっていいじゃない。


 別に私は私だし。何も変じゃないんだから。


 だから、調子に乗った私は流れに乗って更にもう一歩踏み込む。


「慌てちゃって可愛いね~りこちゃんは」


「うっわ、センパイキモっ、鬱陶しいから近寄んないでください」


 莉子から棘が出てきたら、余程動揺している証だ。


 ふふん~恥ずかしがってるな? このツンデレめ。


 いつもの私なら今の言葉でグサッとノックダウンだが、今日の私は一味もふt(以下略)


 まだまだ、私は止まらない。


「だーめ! ハグしてくれるまで通さないから」


「は、はぁ!? 嫌ですよ! なんでセンパイなんかと……」


 う、うえええんん。ひどいよ(棒)


「泣き真似したって無駄ですよ。センパイ芝居下手くそなんですから」


「りこちのケチ」


「そ、そんなに私とハグがしたいんですか? それなら仕方ありませんね……はい」


「え?」


 いやいや、そんなに手を広げて何をしてるのこの娘は。


「センパイ? どうしたんですか? 私とハグがしたかったんですよね?」


「あ、うん。で、でも、もういいかなって……」


「ダメですよ! センパイより私の方が背が高いんですし、ちゃんと全部抱き込んであげますからどーんと私の胸に飛び込んで来ちゃってください」


 さ、さっきまで消極的でオドオドしてたのにどうして急に積極的になったのこの娘は?


「や、やっぱり今日は気分が悪いからだいじょ……」


「逃しません♡」


「ギャーッ☆」


 何か大事なものを失った気がした。




 ※※※



 

 ある冬の日のこと。


「ねぇ、妹ちゃん。いつの間にか手が凍るような冷たい季節になったね」


「そうですねぇ、乾燥肌にだけは気を付けないと。っていうか、良い加減その呼び方やめて下さいってば」


「ええーいいじゃない、義姉なんだから」


 そう、私は義姉で莉子が義妹だ。だから、私が莉子の事を妹ちゃんと呼んで、莉子が私の事をお姉ちゃんと呼んで当たり前なのだ。


 なのに、莉子は全然私を姉として見てくれない。何なら姉妹になってからも私達の関係というか、莉子の私に対する扱いが変わらない。


 以前のように私だけが一方的に辱められて、少しずつ尊厳が奪われていく。その度に、莉子に意趣返しをしたいという気持ちが強くなっていくのだ。


「良くないですぅ! センパイはセンパイなんですから」


「何それ」


 絶対に馬鹿にしてるでしょ。


 今に見てなさいよね!


 もう、お姉ちゃん大好きって言わせるだけじゃ足りないわ。私の事が好きすぎて離れられないシスコン妹にしてやるんだから。



 ※※※



 別の日。私は意地でも莉子にお姉ちゃんと呼ばせるためにまた計画を立てた。


 作戦その② ほっぺに……ちゅー


「ねぇ、妹ちゃん。頬が凍るような寒い季節になって来たわね」


「ええ、そうですねー。乾燥肌には気をつかないt……って、前もこの会話しませんでした? あと、良い加減その呼び方気持ち悪いからやめて下さい!」


「つれないな〜妹ちゃんのせいでもっと寒くなって来たな〜」


「……殴りますよ?」

 

 なんで? ひどい! 私だって手を上げた事はないのに。


 まぁ可愛い妹ちゃんの細い腕じゃ、ただの肩叩きと変わんないけどね。


「ねえねえ、頬が冷たいなー、温めてくれないのかな?」


「なっ、何なんですか? ほんと」


 むぅぅ、察しの悪い! 小さい頃にお父さんにやってあげなかったの?


「だから、頬にキスしてあっためてよ」


「…………は?」


 え? ほんとにやらないの? 普通やった事ない? あるよね? パパに変な理由でキスを強請られることぐらいあるよね?


 え? 普通じゃない? 私だけ?


「ぷっ、馬鹿なんですかw そんなの幼稚園生だって頼まれてもしませんよ。キスがしたいなら最初からそう言ってくださいよ」


「むぅぅ!! また馬鹿にして! 別に莉子とキスなんかしたくないもん!」


「じゃあ、なんですか? チューなら良いんですか? キスもチューも同じですよ?」


「ち、違うし……私は莉子なんかとキスしたくな」


「私はいいですよ」


 へ?


 いいって言った?


 何がいいの? 何をしていいの?


「だから、私はしても良いですよ。センパイと、その、、キスをしても……」


「……えっ? や、あの、えっと……」


「どうしたんですか? 来ないんですか? したいんですよね? 私とキス」


 いや、そうなんだけど……ってあれ? 本当にそうだっけ? 待って、ダメ。気持ちの整理がつ追いついてな……


「来ないなら私から行きますね。えいっ!」


「んんっ!?」


 そして私は口を塞がれ——ちゅっ、という艶っぽい音と共に力が抜けて膝を突いていた。


 莉子は手で私の唇を塞いでその上に唇を重ねた。莉子がやった事としては自分の手に接吻をしただけなのだが——


「うふふ、センパイったら腰を抜かしちゃって。まさか本当にキスされちゃうっ、とか思ってました?」


「し、しょんなことは……」


「うふふ、ぷるぷるしちゃって〜、センパイは可愛いですね? 演技が下手なくせに私のこと嵌めようとするからこうなるんですよ?」


 そう言って莉子は俯いた私の顎を手でくいっ、と引き上げた。莉子の綺麗な目と私の目が合う。


 そのまま、莉子は互いの唇が当たりそうになるぐらいの距離まで——んんっ!? あたって、る……


 うそ! 私、今莉子とキスして……


「ぷはぁ、はぁ……すみません。センパイがあまりに可愛いかったのでつい。でも、これもセンパイが悪いんですよ? やり返される覚悟もないのにイタズラなんてするから」


 一瞬恍惚とした表情を浮かべていた莉子だったけど、すぐにいつもの意地悪な顔に戻ってそれだけ言うと、莉子は2階への階段を登って行ってしまった。



 初めて……だったのに。


 まだ、唇に熱が残ってる。


 思い出して段々と火照って来て……


 今の私の顔、絶対に莉子には見せられないよ。


 残された私はさっきよりも腰が抜けてしまって、しばらくその場から動けなかった。



  ※※※



 生意気でメスガキな後輩が義妹になって四ヶ月。蒸し暑い夏の日に家族になり、今はもう凍えるような冬の真っ只中だ。私は未だに莉子に「お姉ちゃん大好き」と言わせることが出来ないでいた。


 これまで沢山プランを立てて行動に移して来たけど、何だかんだで結局は莉子に逃げられるか私がやり返されるかの二つだ。心でも読まれているのか、理不尽なくらいに上手くいかない。その度に莉子に馬鹿にされて恥ずかしい目に合わされるのだ。今度こそを何度も繰り返した。


 どうすれば彼女に好きになってもらえるんだろう。最近はそんな事ばかり考える。もちろん、姉としてというのが前提に付くのだが。


 だけど確かな変化はあって、心なしか莉子と初めてキスをした日から義妹の態度が柔らかくなった気がする。具体的に何処がと聞かれると分からないけれど、私のお姉ちゃんごっこに自分から付き合ってくれるようにはなった。


 流石にキスまでは行かないけど、私の思う普通の姉妹らしい事は今も続けている。だからチャンスはこれから幾度もあって、私もまだ諦めてないのだが、これまでのように揶揄う程度の気持ちで挑んでもやり返されてしまうだけなのは重々承知していた。


 だから、今回私は思い切って直接的で強引な手段に出る事にしたのだ。

 誰でも自分を好きになるその魔法のアイテムを買うため、私はネットショップのアプリから検索を掛けてとある商品を探している。


「あ、あった」


 画面に映るのは手のひらサイズの容器に入った妖しげな色の液体の画像と、商品説明欄に概要や使用方法が。そして下部に大文字で【即効性の惚れ薬】と商品名が書かれてある。


 なんだか怪しいしお値段も弾むけど、万策尽きた私にブレーキを掛けてくれる人はいなかった。


 私はポチッと購入ボタンを押した。そう、押してしまった。


 もう既に引き返せない所まで来てしまったんだ。


 そしてやってくる後日。


「センパイ、なんか荷物届いてますよ? えっと、商品名が薬類になってますね……って、何ですかこれ? 」


「な、なんでもないの!! あ、怪しいものなんかじゃないんだから!」


「ふぅん、まぁセンパイが何を買おうが私には関係ありませんし」


 とか言いながらも莉子の目線は段ボール箱から離れていない。私はこれ以上怪しまれる前に届いた商品を自分の部屋の中に持っていって押し入れに隠した。



 ※※※



 次の日、夕飯の食卓で遂にそれを使うチャンスが訪れる。

 机の上にはお茶の入ったコップが二つ置かれていた。

 片方は私ので、もう片方は莉子の分の飲水だ。


 莉子は昔から喉がよく乾くのか、水をいっぱい飲むのだけど、うちに養子に来てから最初の方は莉子も遠慮していたのか、一度の食事に水は一杯までしか飲まなかった。それも今では遠慮も無くなってどんどん飲んでは飲んではお替りしている。


 打ち解けたのだと考えれば良い事ではあるが、時々飲み過ぎて私の分のお茶も無くなるのは本当に勘弁して欲しい。


「センパイ、私ちょっとお手洗いに行ってきますね」


「ん」


 莉子の言葉に簡素な返事を返す。普段なら何も感じない日常的な会話だが、今この瞬間だけは気持ちが昂った。


(いまだ、今しかない!)


 莉子がトイレに行ったタイミングで、私はポケットに入れていた怪しい色をした小型の瓶を取り出して、空になった莉子のコップにお茶を注ぎ、瓶の中の液体を二滴ほど入れる。


 本当に効くのかな? と疑う気持ちはあるし、怪しさが消えた訳じゃないけど、商品のレビューを見る限り購入者達は皆揃って絶賛していたので、それを信じようと思う。もちろん、安全面は念入りに調査したけど、問題はないようだ。


「これでよし! ふふっ、次に水を飲んだ時が命運の尽き――」


「命運がなんですか? センパイ」


 いつの間にか莉子が後ろに立っていた。


「ひゃっ!? ちょっ、戻ってたら早く言ってよ莉子!」


「センパイが何かぶつぶつと呟いて私に気付かなかっただけですよね?」


 むむむぅ、正論だけどそうじゃない。っていうか、さっきの聞かれてないよね? 惚れ薬を入れたのは莉子がトイレにいた間だから大丈夫だとは思うけど。


「センパイ、なんで私のコップに水が入ってるんですか?」


「莉子どうせまだお水飲むでしょ? だから、私が注いでおいてあげたの」


「センパイが私に気を遣うなんて珍しいですね、今日は雪でも降るんですか?」


 そんなに言う事は無いじゃない! というか、実際に今日の気温は低いし本当に雪が降る可能性があるから何とも言えない。


「ま、まぁね! 偶には私もお姉ちゃんらしい事をしないとね(棒読み)」


 私が取り繕うように言うと、莉子は訝しるような表情で首を傾げて見せた。


「むむ? なんだか怪しいですね? 何か変な物でも入れましたか?」


「そ、そんな事無いよ? ただのお茶を淹れただけだし? 他に変な液体とか入って無いし?」


「センパイ、目が泳いでますよ?」


「えっ、嘘!?」


 莉子に言われて、私は確かめる様に自分の顔をぺたぺたと触って隠す。だけど、顔を触ったからって自分がどんな表情をしているのか分からない。それに莉子が指摘したのは目なのだから顔を隠したって意味がない。


「センパイ、やっぱり何か隠し事をしてますよね? バレる前に早く白状したらどうですか?」


「ちが、ほんとに何も……」


「じゃあ、センパイが淹れたそのお茶、今この場で飲んで毒見してみてくださいよ」


 惚れ薬を投入したのは莉子に飲ませる為であって、決して私が飲む為のものじゃない。


 飲んだら実際どうなるか分からないけど、商品説明には服用時に一番意識した人の事を好きで好きで仕方なくなるんだとか。


 もし本当にそうなら、私が飲んでしまったら大変な事になる。


 だけど、このままじゃ、お水に惚れ薬を投入したのがバレちゃう……!

 

 何とか誤魔化さないと……でも、次また下手な事を言って揚げ足を取られちゃったら言い訳が効かないし、何故か私の企みはいつも莉子に見抜かれてやり返されてしまう。


 なら、一体どうすればいいの?


「そういえばセンパイ、変な薬類買ってましたよね? 何かは分かりませんけど、それを入れたんでしょ?」


「違うけど???」


「センパイの目は違うとは言ってませんけどね」


 うぬぬ、はったりだハッタリ!

 私の言葉の真偽がいちいち視線で分かる訳がないもん。

 だって、もしそうだとしたらこれまでの私の嘘は全て見抜かれていた事になる——ってあれ? いつも莉子が私の心を言い当ててくるのはそういう事だったとか? それなら理不尽なくらいに考えがバレてる事への辻褄も合うし……


「センパイ? どうしたんですか? 変な物入れてないなら飲めますよね?」


 変な物入れてるので飲めませんが。


 なんて今更言えないし、もう逃げられないとこまで来てしまった。


 こうなったら残る手段は一つだけだ。


 無理やりにでも莉子に飲んでもらうしかない。


「ダメよ! 莉子の為に入れたんだから莉子が飲まないと」


 私はお茶が入った莉子のコップを手に持って莉子の口の方へと差し向けた。


「ほら、飲んでよ」


 莉子は差し出されたコップをみじみじと見つめた後、何処か呆れたように言った。


「自分が飲みたくない物入れるくらいだったら最初から入れないでくださいよ。私に毒でも飲ませる気ですか?」


「ちがうし」


 咄嗟に否定する。莉子に害意があって入れた毒ではないけど、分類的には毒の部類かも知れないと思った。


 しかし、私の言葉を聞いた莉子は意地悪な笑みを浮かべてから、


「毒はないって言いましたね? じゃあ先輩が飲んでも大丈夫ですよね」


 そう言って、莉子は私が掴んでいたコップの取っ手の合間に手を入れてを掴んできた。


 突然の事に驚く一瞬の隙を突いて、莉子は私の手からコップを奪い取った。


「ちょ、莉子!? それ返してよ」


「いやです。これはセンパイが飲んでください」


 いや、だ——そう言おうとして、私の言葉は遮られる。


「むぐっ!?」


 口元に固い物が押し付けられた。そのまま莉子はコップを傾けると、中に入っていたものが私の喉の奥へと流し込まれていく。


「んっ、んんん!!」


 私は声にならない悲鳴を挙げながら、逆流するはずもないそれは私の体内へと取り込まれてしまった。


 次第に意識が薄れていって、身体の内側から燃え上がるような熱が発される。


 胸が熱くて、苦しい。私は不快感に思わず咳き込んだ。


 だけど、気分は悪くない。寧ろ気分は好調で、心地よい感情が胸に広がっていく。


「セ、センパイ? 大丈夫ですか? 急に顔が赤くなって……」


「莉子、、、」


 目の前の彼女の名を呼ぶ。途端に灼けるように熱い何かが喉にまで立ち込んできて——


「せんぱ…………んっ!?」


 気付けば私は莉子の唇を奪っていた。莉子が驚いたような顔をするけど、私にはもう物事の判断が付かなくなって、何が何だか分からなくなっている。


 どうして、莉子を見ているとこんなに胸が苦しくなるんだろう?


 莉子を見ていると無性に襲い掛かりたくなるんだろう?


 気持ちの整理が追いつかない。けど、今はこの感情の赴くままに、、柔らかい唇の感触だけじゃ刺激が足りなくて、私はその先を求めた。


 そして、突き出された私の舌を、莉子は受け入れてくれた。


 水々しい音が部屋中に響き渡って、いやらしい。


(すごっ。私、莉子と大人のキスをしてる――)


「せんぱ、、急に、どうし……んっ」


 莉子が苦しそうに喘ぐけど、はしたなく緩くなったその顔さえも、今は可愛いく思えて仕方が無い。唇が離れると、混ざり合った唾液が糸になって垂れる。


「セ、センパイのえっち……」


 名残惜しそうに私を見つめる莉子のどうしようもなく乱れた顔を見て、歯止めが効かなくなって私は手を莉子の服の中へもぐりこませていく。


 今度は激しく身体を痙攣させた莉子だったが、どうしてか抵抗は無かったので私はそのまま彼女の両胸に優しく触れた。


 ブラジャーの固い感触が私のドロドロとした劣情を掻き立てる。


「んっ、せんぱ、、手つきがいやらし……」


「り、莉子! 好き! 好きだよ」


 驚くほどに自然と口に出た言葉。この瞬間だけ朦朧としていた意識がはっきりとしていた気もする。


 抑えられなくなって、私は下腹部へと手を滑り込ませて行き——


「センパイ! それ以上は、ダメ……!」


「な、、んで?」


 まだ、熱い……なのに、どうして拒むの?


「センパイ、本当にどうしたんですか? 急におかしくなって……まさか、媚薬でも入れました?」


「ちが、、う、いれたのは、ほれ、ぐしゅりで……」


 息が苦しくて……呂律が上手く回らない。

 なのに、莉子が触らせて貰えないから……


「りこっ、しゅきっ、すきだよ!」


「せんぱい……ほ、ほんとですか?」


「うん! ほんとのほんと、りこがほしくて……苦しいの」


「そ、それで、私に惚れ薬を飲ませて私もセンパイの事好きにさせようとしたんですか?」


「う、ん」


 あれ、そうだっけ? でも、多分きっとそうよね。だって、こんなに莉子の事が好きなんだから。


 私の返事を聞いて、莉子はにやにやと笑みを浮かべると、煽るような口調で言った。


「ふ、ふーん? じゃあ、センパイは今私の事が好きで好きで仕方がないんですね?」


「う、うん!」

 

 素直に認める。今この気持ちに嘘を吐いてもすぐにバレるのだから。


 莉子は何かが込み上げてきたのか、口を塞いでぷるぷると震え始めた。


 不安になって声を掛けようとしたところで、莉子は口を塞いでいた手を退けていつもの意地悪な笑みに戻っていた。


「じ、じゃあ、センパイは私にどうして欲しいんですか?」


「え?」


 どうって? 何が?


  私が、莉子にしてほしい事?


 そんなの、ありすぎて、分かんない。

 色々あるから、本当にして欲しいことが分からない。


 だけど。


「わ、私の事……す、好きって言って?」


「どうしてそこで疑問符が付くんですか。センパイはお豆さんですねぇ」


 お豆さん? 初めて聞いたけど、どういう意味だろう?


 分からないでいると、莉子は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、悶えるようにして言った。


「私も、センパイの事が好きです」


 壊れそうなくらい、心臓が跳ねた。ふわふわとした高揚感が込み上げる。


「…………!! りこ、りこっ!」


 求めると、莉子は自分から舌を入れてきた。これまでで一番長いキスの後、唇が離れると、幸せそうにはにかんだ莉子の顔が映る。


 きっと、私達は同じ気持ちになっていた。

 やっと、本当の意味で心が通じ合えたんだ。

 流れるまま、もう一度唇を合わせる。

 

 今度は優しく、唇に触れるだけの拙いキスだったけど、これまでになく穏やかな心情になれた。


「はぁ、はぁ……センパイ、私達の関係って、何なんですか?」


 突然、莉子は確かめるように言った。


「えっと、私がお姉ちゃんで、莉子が妹?」


 でも、そんな質問は今更で、私は上手く答えられなかった。


「むぅ、それじゃこれまでと変わらないじゃないですか? 私の事が大好きなんですよね?」


「そ、そうだけど……」


「けど、なんですか?」


 逃げられないように、莉子は私の顔を掴んで視線を合わせてくる。


 確かに、姉妹のままじゃこれまでと変わらない。私は、莉子とどうなりたいんだろう?


 考えていると頭がぼんやりしてきて、自然と莉子の唇に視線が向いて釘付けになる。


 柔らかいそれをもう一度塞げば、答えが分かるのだろうか。


 私は、不安げに揺れる莉子の瞳を真っ直ぐ見つめながら、その柔らかな唇を自分のもので塞いだ。

 

 艶やかなリップ音と共に、莉子の瞳は静かに閉ざされる。暫くして唇が離れると、名残惜しそうに莉子は私を見つめていた。


「お、お姉ちゃん……って、呼んでほしいな……」


 私たちは義姉妹だ。だけど、きっとその心はもっともっと深いところで繋がってる。


 もう、ずっと前から私は莉子がいないとダメになってしまっていた。後輩だから、姉妹だから、一番大事な人だから、私は莉子がいないとネジが抜けたようにおかしくなってしまうのだろう。


 それなら、繋ぎ止めてほしい。莉子が大人になって、いつか私の元を離れてしまうとしても、その関係性を示す言葉を紡げば、私は莉子にとっての私でいられる。莉子のものでいられる。莉子のお姉ちゃんでいられる。


 だから、お願い、


 私の事をお姉ちゃんって呼んで?


「……センパイ、どうして泣いてるんですか?」


「なっ、ないて、、な……」


 うそ。どうして? 涙が、止まらないの?


 どうしてか不安で、嫌な気持ちになって。


 どうすれば良いか、分からなかった。


 きっと、私は莉子と離れ離れになるのが怖いんだ。


 莉子は、啜り泣く私を優しく抱きしめて背中をさすいでくれた。

 見上げると、莉子は相変わらず意地悪な笑顔のままで、少しだけ安心する。

 

「センパイは、そんなに私と姉妹でありたかったんですか? 私はずっとセンパイと姉妹ではない関係になりたかったのに?」


「そ、んな……私じゃ、ダメなの? お姉ちゃんには、なれないの?」


 自分でも分かるくらい泣き目で言うと、莉子はぷぅと拗ねたように頬を膨らませて言った。


「センパイは、ほんと鈍感ですよね! 私がなりたかったのは、今のような関係で、ただの姉妹じゃなかったって事です。ここまで言ってもわかりませんか?」


「ど、どういうこと……?」


 余計に不安になって訊き返すと、莉子は「こういう事です」といって、貪るように私の唇を強引に塞いだ。


 さっきとは違って冷静になった今なら、莉子の気持ちが流れ込んで来るのが分かる。


 ……温かい、莉子の心臓の音、安心する。


「あっ」


 離れていく唇が名残惜しくて、私は思わず惚けた声を漏らした。


「も、もっと……」


「ふふっ、そんなに欲しがっちゃって♪ お姉ちゃんのざーこ♡」


 恍惚に言いながら、莉子はもう一度唇を重ねてきた。


 こ、こういう時だけお姉ちゃんって……ずるい!


 抗議したかったけど、私の口は塞がれて声が出せない。


 まだ指で数えるくらいしかしていないけど、私はキスの気持ち良さに身を委ねてしまっていた。


 何十秒も、何分もしていたかに思える長い口付けを終え、私たちは見つめ合っていた。


「まぁでも、良いですよ。センパイの妹になってあげても」


「え、ほ、ほんと!? 前言撤回しないでね? 嘘は無しだよ!?」


「そ、そんなに嬉しいんですか?」


「うん! だって——」


 絡み合う指はお互いの手汗で濡れている。だけど、きっともう、握ったこの手を離さない。私たちを繋ぐ糸が断ち切れる事はない。


 やっと繋がれた幸せを、私達は噛み締めながら生きていく。


 明日も、明後日も。いつまでも。


 これから何度すれ違い、何度上手くいかない事があったとしても、この糸が繋がっている限り、私達はお互いの場所へ戻って来れる。

 


 だって、私は生意気でメスガキな妹の。



 ただ一人のお姉ちゃんなんだもの。

 



 

ご拝読頂きありがとうございます。誤字脱字の方ございましたらご指摘頂けますと幸いです。また、少しでも面白い!と感じて頂けましたら、いいねやブクマ。感想やお星様、とても励みになりますので、是非是非お待ちしております♪

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