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俺はふと、後ろのカランの方を確認した。
猛禽類に襲われる小動物のようにおびえ、ぶるぶる震えている。
これはだめだ。
普通ならスルーだ。
大丈夫か? ときいて、そっとしておく。
でも、そうじゃない。
なぜか?
カランには、『勇者になってもらわないと困る』からだ。
このままでは俺は悪徳勇者として断罪される。
カランを街に送り出し、孤児院に置き去りにしたら最期、彼の能力は俺たちと別れた直後に開花する。
「カラン、君は戦わないのか?」
俺は震えるカランに尋ねた。
「えっ!? 僕がですか?」
カランは驚いたような表情を浮かべ、指を自分に向けてみせた。
「いや、僕は、だって戦うとかじゃないし……」
「どうして?」
「どうして、って、僕はただの村人で……」
そうだよな。
俺だって、自分が何を言ってるんだって思う。
でも、カラン! 戦ってくれ!
君自身と、国と、そして俺のために!
なんて自己中心的なんだろうと自己嫌悪に陥りそうになるけれど、切り替える。
うん、カランが能力を開花できたら、すみやかに俺は勇者から退こう。
そして新勇者カランと、ローハン、ダリアとあと一人くらい仲間を連れて、魔王を倒して英雄になってくれ。
そして俺はどこか小さな街の外れにでも家をたてて、猫でも飼って暮らそう。
「そうだよ。カラン。君も戦わないといけないときがくるかもしれない。こうして旅をしていると危ない場面に立たされることがあるんだ」
俺は真剣な表情でカランに話しかけた。
カランはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げて少し勇気を振り絞ったように言った。
「でも、僕、戦うの苦手なんです。怖くて、手が震えちゃうし……」
彼の声は小さく、不安そうだった。
「それでも、君は……俺たちの仲間だ」
「仲間?」
ときいたカランの声にかぶせるようにして、声が二つ重なった。
「仲間!? 仲間と言ったのか!?」とまくし立てたのがローハン。
「なかまぁ!? 嘘でしょ?」と叫んだのがダリアさん。
「無様の間違いじゃないのか」
「いや、仲間意識を持たせたところで洗脳して奴隷にしようと思ってるんじゃないかしら」
……うん。
言いたいことはあるけど、スルースルー。
俺はなるべくにっこりして、カランの瞳を見た。
「これから俺たちといて、戦うことが必要な場面もあるかもしれない。無理にとは言わない。でも少しずつ慣れていかないか? カランにはできると思う」
俺はカランの肩を優しく叩いた。
「戦うのが怖いのは分かるけど、君にもできる。俺だってそうだったよ。みんな、未熟者から始めたんだから」
ローハンとダリアさん二人は絶句していた。
うん、スルースルー。
カランは……。
頷いて、まだ俺が見たことの無かった笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます。勇者さんがそう言うなら……頑張ってみます」
カランの言葉は小さかったが、希望に満ちているように聞こえた。
「よし! じゃあ、次の街で武器を探そう! 新・勇者パーティーのスタートだ!」
「はいっ」
部活動のように、アハハ、ウフフと笑い合う俺とカランを、うさんくさげにダリアさんが眺める。
ローハンはまだ納得できていない顔をしていた。
やっぱり疑われてるよな。
今までが今までだっただけに。
でも、そんなのはこの際関係ない。
俺は、誰がなんて言ったって、この主人公、カラン少年を立派な勇者に育て上げるんだからな!