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俺たちはまだ早い時間に宿屋を出た。まるで盗賊か、夜逃げのようだ。勇者としての名声もろくに築けないまま、村を追放された恥辱が尾を引いている。
でも、今は逃げることが最善だろう。
エルフの聖女とやらに殺されかけたんだ。
村人たちにも噂はまわっているだろう。
歓迎されるとは思えない。
俺自身もどこに向かえばいいのか、はっきりとは分からない。
ローハンとカランも黙って歩いている。ダリアさんは相変わらず露出の高い服で、無言を貫いている。
話しかけるなオーラが出ているので俺はとぼとぼとそれについて行く。
森の中を進む足音だけが響いていた。
さくさくと、枯れた落ち葉をブーツの先で砕きながら歩いて行く。
やった覚えのない過去の過ちを悔やみつつ、こうして未来への一歩を踏み出していくしかない。
「ローハン、これからどこに向かうんだ?」
と俺は尋ねた。
ローハンはしばらく黙って考えた後、深いため息をついた。
「正直なところ、策が無い。俺たちが行くべき場所は、魔王の城だが……今のままでは圧倒的にレベルが足りん。それにカランがいる」
カランが不安そうに顔をあげた。
未知の場所に行くんだから不安しかないだろうな。
うん、俺だって不安だけど、きっとそれ以上に。
道端の花がそよ風に揺れ、鳥たちの鳴き声が森の中に響いている。
何もかもが平和な光景だが、俺たちにはまだ遥かな道のりが待ち受けていて、木々の影ばかりが目に映った。
だめだ、俺ばっかり不安になっていては。
「とにかく、歩き出さなきゃな」
と俺は頷いた。
目の前には何もかもが未知な世界が広がっている。でも、少しずつ歩みを進めていくしかない。
ダリアさんは明らかに不機嫌そうだった。無言で俺たちの後ろから歩いていく。
昨日の激怒を見ているので、下手に刺激するのもよくない。俺は戦略的撤退を決意した。
うん。とにかく、今は彼女の気を引こうとするのは逆効果かもしれない。そのうち時間が解決してくれるだろう。
少しでも和やかな雰囲気になればいいんだけど……。
近隣の街へ向かう俺は、まさにこの後地獄を味わうことになった。
厳格なローハンの後ろに俺。
その後ろには仏頂面のダリア。
その後ろにおびえているカラン。
無言でとぼとぼと歩く。
地獄のようなパーティーだ。
楽しさのかけらもない。
すると、モンスターが出てきた!
厄介なシチュエーションに更なる混乱が加わった。
だが俺は少し安心した。
この意味ありげな沈黙はなんともきつい。
待ってましたー! と叫び出したい気分だ。
「ガーディアントリーパーだ! ルクス、いくぞ」
ローハンが杖を振り上げた。
ガーディアントリーパーは大きな鋭い目と、枝や蔦でできた鎧を纏っている。
枝を武器にしている姿勢から、襲いかかる意思が滲み出ていた。
ローハンは慌てず騒がず、魔法陣を描きながら冷静に呼吸していた。
眼には冷静な覚悟が宿り、周囲の緊迫した空気にも動じることなく立ち向かっている。
場数を踏んだ者にした出せない気迫だ。
ガーディアントリーパーのつるが伸びて飛んでくる。
「カラン、危ない!」
と思いきや、カランを避けるようにして90度曲がり、ダリアさんのブーツに当たった。
「いったいわね!」
ダリアさんは、僧侶らしくない切れ込みだらけのローブをはためかせて、モンスターに向かって突撃していった。
え、あの人、僧侶だろ? 後衛じゃないのか!?
ダリアさんの戦闘スタイルはまさに前線での戦士そのものだった。
手には聖なる杖が握られていて、僧侶や賢者の武器なんだけど、その光は俺たちには届かない。
あと、露出が酷いのでもうなんかしんどい。
「聖なる雷よ! ほとばしれ!天空の聖なる力を我に授けよ!」
杖から電撃が伸び、木のモンスターに落ちる。
あ、勝負あったな。
「闇を照らし、敵を打ち砕く聖なる稲妻よ!
我が信念と共に、この地に聖なる光を降り注がん!」
ドカーン
「ギェェェェェェ」
「ん? ダリアさん、もう、ちょっと、あの、もう終わり」
「聖なる雷よ、我が呼び声に応えよ! ビッグサンダー!」
矢のように放たれる一撃一撃は的確に木に落ちる。
まるででっかいチョコレートのような色になった消し炭、もとい元ガーディアントリーパーに、腹いせのようにもう一度雷を落とし、長い髪を乱暴にかきあげたダリアさんは
「ふん」
と鼻を鳴らした。
こっわ……。
いや、あまりにもやりすぎなのでは、というか八つ当たり感がめちゃくちゃ感じられる。
あそこで燃えている木は、概念上の俺で間違いない……。