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僧侶ダリアの疑念
ローハンとカランがめずらしく大きな声を出している。
賑やかなのは嫌いじゃない。
ドアを開けると勇者がベッドに起きあがっていた。
思わず
(ちっ)
と舌打ちしたくなる。
こんなやつ、あたしの目の届かないところで朽ち果ててしまえばいいのに。
「起きたんですね」
何があってもこいつへの敬語は絶対に崩さないことにしている。
パーティーを組んだときにいろいろ言われた。
しっかり働かなきゃ故郷の修道院が困るだの。
女なのに足を出さないなんてありえない衣装を変えろだの。
俺が勇者だ敬え、敬う相手には敬語を使え、だの。
ローハンにはため口を要求したみたいだし、男尊女卑はなはだしい。
そのくせに女好きで、セクハラ・パワハラがデフォルトの悪徳勇者。
仕事じゃなきゃ絶対、こんなやつと話なんかしない。
だけど、今日のこいつの様子はいつもと違った。
「あ、はい……」
え!?
敬語!?
あたしに!?
あたしだよ!?
「どうしたんですか、熱ですか、のろいですか」
普通に疑問に思ったので、つい口に出た。
「えっ、いや、そんなことはないと思うけど……」
と、挙動不審な勇者。
なにコレ。
「ダリア。買い物に行ったんじゃなかったのか」
と、なぜか座りこんでいたローハンが立ち上がった。
あたしは汗ばんで背中にはり付きになる髪をかきあげながら、ため息をついた。
「さっき戻ってきたの。残念ながら村では噂が広まっていて、低級ポーションくらいしか売ってもらえなかった」
「そんな」
と、カランが言う。
カランは勇者の顔を見て、ハッと息をのんだ。
「す、すみません! 勇者さんのせいだって言ってるわけじゃないんです」
勇者がすぐにキレるし当たり散らすから、カランはいつもびくびくしている。
最初にカランを孤児院に置いてくるって話が出たとき、最低だって思ったけど、こんな悪人と離れられるなら一分一秒でも早い方がいい。
弱いカランにやつあたりする勇者のことが、あたしは心底嫌いだ。
勇者の胸ぐらをつかむ勢いで、ベッドに近づく。
「カランは悪くありませんよ」
「……っ!」
「ダリア。黙ってろ。というか、離れて」
珍しく、ローハンが言う。
「なんでよ」
「いや……話は長くなるんだが……いつもと様子が違う」
煮え切らないローハンは変だ。
そして、前を向き直ると、こいつの中身を知らない女たちがキャアキャア騒ぐ、甘いマスクの鼻から鼻血が出ていた。
「っうえ!?」
思わず驚きで飛びすさってしまう。
え、ほんとに呪い!?
勇者は両手をブンブン振りながら、肩で鼻をおさえている。
ねぇ、血ィつくよ……。
あたしはかなりドン引きだったけど、それに気づいてか、勇者は顔を真っ赤にしながら言った。
「だ、だって、む、む、むむ、胸元がそんなに空いた服、直視できないよ!?」
は?
「長いスカートだって、そ、そんな切れ込み入ってたら何も隠れないし!」
はぁ?
あげくの果てに。
「お願いします! ズボンはいてください!」
はぁー?
ありえない。
何の冗談だっていうの?
「……何の真似?」
「えっ」
「そんなので騙されませんからね! なんであなたと一緒に旅してるのがわかる? 修道院への寄付のためよ!」
「ダリア!」
ローハンが怒鳴る。
でも、無理。とまらない。
今まで勇者には黙ってた本音が次々あふれた。
「それ以外にないじゃない。修道院を人質にとられてるんだから、あんたの仲間になるしかなかったのよ。ねぇ、今までやってきたこと考えな? 普段は女女って見下してくるくせに、女の尻ばっか追っかけてさ。結局聖女に殺されかけてんじゃん。国の人たちが困っててもおかまいなしだもんね。あんた最低最悪の勇者だよ。初めて会ったときから大っ嫌いだった」
「……」
「全部本心だから。あたしを追放するならしたらいい」
「しないよ」
勇者は言った。
あたしの故郷の空のようなまっすぐな瞳だった。
「ごめんね、ダリアさん。今まで悲しかったよね」
頭の中が真っ白になって、思わず宿屋から走り出ていた。
ごめんね?
あれは誰?