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魔術師ローハンの追想
業が深い。
それが、勇者ルクスの人となりを表す全てだった。
魔道士ローハン=クラウスは嘆息した。
もちろん、好きで一緒にいるのではない。
帝国の命令でなければ、誰が一緒に行動を共にするだろうか。
勇者は立場こそ勇者だったが、中身は反吐が出るようなやつだった。
勇者ルクスは王族の一人息子として産まれた。
上に何人か姉がいたようだが、不幸なことに、王らにとってルクスの誕生は待ちに待った男児だった。
狂喜じみた歓待で尊ばれた結果、ルクスは酷く自己中心的で抑制の効かない人間になってしまったようだ。
そして、そんな王子が伝説の剣--勇者にしか抜くことのできない聖剣--を引き抜いてしまったのだから、大変だった。
暴走は歯止めがかからず、勇者はそのまま勇者としてあがめられた。
実力がなければまだ良かった。
ルクスは強かった。
それこそ、誰も止められなくなるほどに。
ルクスの強さと悪い評判は帝国にも流れてきていた。
魔王を倒すには勇者が必要だが、御すことのできない力は不必要だ。
だから、自分にお鉢が回ってきた。
魔道士として来る日も修行に明け暮れ、師匠のところで技を磨いた。
若手のホープと言われ、そこでもあぐらをかかずに日々練習をしてきた。
遊びも娯楽も二の次で、呼吸をするように修行をした。
そして、このままいけば、帝国の魔道士団に所属できる。
もう少しだった。
「魔道士ローハン。そなたを勇者の同行者に任ずる」
理由は単純だった。
「顔がいいな。やっぱり俺のパーティーになるからにはそこは大事」
は?
なんだそれは。
こっちは遊びで仕事してるんじゃないんだぞ。
「あとはー、強いんだろ。ここにいる奴らの中で一番攻撃魔法が強いのがそいつか。じゃあ、それでいいわ」
はらわたが煮えくりかえりそうだった。
だが、世話になった敬愛する師匠が、水のように静かに頭を垂れていた。
同じ時を誰よりも過ごしてきた自分には分かった。
師匠が怒りを必死でこらえていることを。
自分が我慢しないわけにはいかない。
「……承知致しました」
「はは! 固くなるなよ、もう俺たち仲間なんだからさ。勇者パーティーの一員だぜ? お前は俺のことルクスって呼べ」
「……しかし」
「そのほうがパーティーらしいだろ。俺が名前を呼ばせるなんて珍しいんだぞ」
それが何だ。
調子に乗るな。
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
いつも指を丁寧に揃える師匠の拳は、緩く握りしめられていた。
ルクスは勇者だったが、魔王よりも魔王らしいのではないかと思うことがよくあった。
「英雄色を好むって言うだろお」
と、村や街を移動するたびに女を侍らせていた。
商売の女たちを相手にしているうちはよかった。
気付けば素人の町娘や村娘を口説いて、ほとんど騙すようなやり方で関係をもっていた。
そして、相手に謝るどころか相手の純情を馬鹿にして去る。
一切の未練を残さないという点では、クズっぷりも意味があるのかもしれないが、クズはクズだ。
勇者は強いだけでなく、賢かった。
ルクスは狡猾に先を計算する術に長けていることに、旅をしていくと気付くようになった。
たとえば、ルクスは街や村に大きなダメージを与えるようなことは決してしなかった。
酒屋で暴れ回ったり、何かをいたずらで破壊することはなかった。
だが、それはいつか宿屋を使うときに、支障が出るかもしれないからという理由からだった。
自分の拠点が減ると自分が困るから。
だから、モンスターのアジトを破壊するときは徹底的にやった。
ある意味、誰よりも勇者らしいのだろう。
だが、人間の生活を脅かすものを駆除する、という気持ちで戦う俺と、彼とは根本が違っていた。
彼は楽しんで斬っているのだ。
生殺与奪さえも自分の思い通りになる事実に、酔っている。
どうかしている。
そのことに気付いた日、俺は初めて戦闘から逃げだそうかと思った。
「誰かー! ローハンさん! いませんか!」
カランが素っ頓狂な声をあげて俺を呼んでいる。
吐血でもしたか、あのろくでなし。
そのまま捨て置け……なんて、いつかあいつがカランに投げつけたのと同じような種類の言葉が喉をついて出そうになる。
「なんだ、騒々しい」
自室からゆっくりと宿屋の廊下に出ると、カランが涙目で俺に飛びついてきた。
「ローハンさん! あああ、ああ、うう……あの、勇者様が……」
「なんですか? とうとうくたばりましたか」
そうならどれだけいいか、とも思うが、あの性根のねじ曲がったルクスが、いくらエルフの一撃を食らったからとはいえ、簡単にくたばるわけもない。
「と、とにかく異常事態なんです……呪い? 何かの呪いかもしれません」
カランは本気で泣いている。
よしよし、と撫でて落ち着かせながら、勇者の昏睡していた部屋に入る。
ベッドにはまだぼんやりした顔のルクスが座り込んでいた。
「ようやく目が覚めたか」
「ああ。迷惑をかけたんだろう。すまなかったな」
「はぁ!?」
旅立ちの日、皇帝や師匠の前であれほど我慢した言葉がするっとこぼれ落ちた。
誰だこの男?
勇者ルクスは、親や先生にしかられる運命を受け入れたときの子どものような、ばつの悪い表情で、
「だからぁ」
と続ける。
「その、俺はあんまり覚えてないけど、なんか、エルフのお姉さん……に、嫌なことをしたんだろう? それで攻撃を受けて寝てたって……」
「お……」
お姉さんと言った。
おそらく産まれてこの方、「オンナ」としか言ったことのない男が。
何が起こっているんだ?
勢いよく後ろを振り向くと、眉根を寄せたカランと目が合った。
俺は最も高い可能性をカランに提示する。
「熱があるのでは……」
「平熱なんです~!」
カランは本格的に泣き出した。
俺はその場に座り込んだ。
どうなっているんだ?
こんなときに、俺の嫌いな甘ったるい匂いが漂ってきた。
「楽しそうだね? 何して遊んでるの」