1
目覚めたら、最強の勇者になっていた。
知らない天井。
ベッドの傍にはよく磨かれたピッカピカの鎧。
まさか本物の金? 虹色の剣もある。
転生ってやつか。
ステータス……。
おお、レベルは88。
レベルも高いし、お金も……よく分からないけど1のあとに0が数え切れないほどついている。
平凡な高校生だった俺は、不幸にも自転車で交通事故にあった。
ふらふらしていた車が暴走して、車道側の自転車の俺に突っ込んできたのだ。
あれは絶対に酒に酔っていたに違いない。
(ちゃんとヘルメットかぶってればな……。父ちゃん、母ちゃん、妹、ごめん)
意識を失う瞬間、家族の幸せを願った。
俺はきっともうだめだけど、俺のことでどうかあんまり悲しまないでくれ。
俺の分まで元気で幸せに生きてくれ。
どうかずっと誰かを恨んだり、何かを悔やんだり、しないでくれ。
もう声が出なかったけど、大切な人たちの笑顔がいつかまた早くよみがえるように、心を込めて祈った。
(あなたを転生させ、使命を授けましょう……)
神々しい光が俺を包み込み、身体が浮き上がるような不思議な思いがした。
そして、目を開けると知らない天井があったのだ。
頭と背中が痛い。
目をつぶると、頭の隅に文字が浮び上がる。
(ゆうしゃ……名前はルクス。勇者ルクスか)
きっとこれは神様が、親不孝をした俺にチャンスをくれているんだな。
うん、世界は違えども、この力を使って誰かを助けろということに違いない。
前世で中高と続けてきたバレーボールは俺に仲間の大切さを教えてくれた。
そう、何事も一人ではできないんだ。
人と人は支え合って存在している。
俺の勇者パーティーとやらも、きっと個性的で素晴らしい仲間がそろっているんだろう。
ステータス! パーティー!
と念じると、これまでの冒険を過ごしてきたであろう仲間の姿が脳裏によぎる。
おおっ、これが俺の仲間か。
そのとたん、勇者としての記憶が浮かび上がった。
音は聞こえないし、不完全だが、映像が流れ込んでくる。
パーティーの仲間か……。
やたらイケメンな魔道士だ。
虫を見るような目でこちらを見てくる。
僧侶は美人だ。
口調が刺々しい。
それに露出が多すぎる気が……?
廃墟にうずくまった小さな子ども?
子どもがこちらを見上げる姿が見える。
やたら汚れてるな……。
町や村の人々だ。
美女、巨乳、セクシーな人ばかり集まってくる。
えっ!?
……え? 何これ?
多くの人間は下を向いて遠巻きにこちらを見ている。
涙を流している老婆。
怒鳴っている農民。
呆けている誰か。ため息。謝っている声。
なんだこれ?
勇者ってこんなんだっけ?
大きなモンスターを退治して、仲間と力を合わせて。
村人に拍手で迎えられて、一緒にお祝いの宴!
みんなハッピー! って感じじゃないのか?
それにしても、何もない部屋だ。
花ひとつない。
別に贅沢は求めていないけど、質素が過ぎる。
「あ、起きたんですね!」
部屋にボロボロの旅装の少年が入ってきた。
ざっくりと切った髪。ぶかぶかの上着。
めがねをかけているが、つるが欠けているし、どことなくサイズがあっていない。
「あ! さっきの……」
よく見ると、記憶にあった汚れた少年だった。
「大丈夫ですか? 勇者様はエルフの一族との戦闘で力尽きて、宿屋に引き返してきたんです」
小柄で早口だし、どこかオドオドしている。
んー、どうした?
「すみません! すぐに復活させようと思ったのですが、エリクサーは前の戦いで使ってしまっていて、勇者様に使えませんでした!ごめんなさい!」
小さな体を曲げてごめんなさいと謝る少年を見て、頭が割れるように痛んだ。
この光景を……俺は見たことがある。
「う……君は?」
「勇者様、記憶が!? カランです、僕は……あ、あの、拾っていただいた!」
少年は、カランと名乗った。
年齢はおそらく、10歳にならないくらいか?
前世の俺の妹より少し小さいくらいだ。
カランの話によると、この子と「勇者」との出会いは数ヶ月前。
食人豚オークに滅ぼされた村があった。
そこに一人隠れていたのがカランだ。
たまたま村を通りがかった際、勇者ルクスにオークが襲いかかった。
ルクスは戦闘を挑んできたオーク三体を返り討ちにし、それでは飽き足らずその地方のオークを根絶やしにした。
オークの巣はダンジョンのようなもので、そこの親玉を退治したのだ。
だが、俺には分かった。
勇者ルクスは人助けのつもりでそうしたのではない。
報復だ。
やられたらやりかえす。
右の頬を叩かれたから、左の頬を叩き返すどころか一族郎党根絶やしにする。
そういう論理だった……。
転生した俺は勇者の思考を記憶として感じることができた。
理解はできるが共感は決してできない。
とにかくそういうわけで、カランは勇者一行に恩義を感じて、あるいは敬愛をして、勇者パーティーについてきた。
だがしかし、鬼畜な極悪非道勇者……つまり俺……は、ついてきたカランに
「早く去れ。おまえもオークと一緒に焼いてやろうか?」
と、言ったらしい……。
最低過ぎる……。
でも、仲間の魔道士が
「同族まで殺すつもりですか? せめて次の宿泊地まで連れていきましょう」
と嫌みとため息交じりに言ったので、しぶしぶ同行を許可したという経緯らしい。
なんだろう、思っていた数倍、酷くってちょっとびっくりしてる……。
そして、エルフの村に到達した勇者は……酒に酔った。
植物と共存するエルフは平和主義だが、掟には厳しい。
森の聖女と言われる存在に手を出そうとして、護衛のエルフたちと戦闘になった。
どうやら俺……ルクスという男は、護衛に警告されたにもかかわらず、強引に聖女を抱き寄せようとしたらしい。
そんなん、もう、ただのハレンチチンピラじゃんかよ……。
聖女様の怒りをかった勇者は、何らかの攻撃魔法を受けた。
で、昏睡していた、ということらしい。
とんでもないろくでなしだ……。
いや、強いってだけで、勇者ってだけで、道徳心のかけらも無いんだな……。
そして、その口説いた聖女本人に殺されかけ、昏倒して意識を回復して、今。
うーん。
前世の俺からすると正気ではないレベルの悪人なんだけど……。
何、この罰ゲーム無双……。
女にだらしない勇者とか……。
中身は正真正銘清らかな高校生男子なのに、なんで転生したら汚れを一身に背負ってるんだろう。
不満を言っても始まらないんだけど、納得はいかない。
「勇者さん? 大丈夫ですか?」
とカランが、黙ったままの俺の顔を見ながら心配そうに尋ねてくる。
この子、あんな暴言を吐かれた相手を心配するとか、何か?
天使か?
純粋な瞳が、前世の妹の記憶に被って、なんともいえない気持ちになる。
「カラン」
「えっ」
今まで、「それ」「おい」「おまえ」扱いしかしてこなかった勇者に、急に名前で呼ばれたカランは硬直している。
でもな、言わなきゃ。
人として。
前世、消防士だった父ちゃんも言ってた。
失敗したり、間違ったことをしたときこそ、正々堂々立ち向かえって。
そうだ、それが人間の強さなんだって。
俺は覚悟を決めて、カランのワインレッドの瞳を見た。
「今まで君に酷いこと言ってごめんな。謝っても済むことじゃないけど、ごめんなさい」
まだふらつくので立つのはやめたけど、潔くベッドの上で目をつむり、頭を下げた。
すると、ヒッと息をのむ音が聞こえた。
「い、異常です……おかしいです……! 勇者様が……だ、誰か! 誰か来てください! 誰かー!」
心からの謝罪をして、助けを呼ばれるなんて初めてだった。
俺にとってもこれは異常な状況以外の何でもないんだが。
あれ、おかしいな、閉じた瞼から水が出てきたぞ……。
部屋から逃げたしたカランの背中を見たその瞬間、記憶が一気に巻き戻った。
「俺」つまり、これまでの「勇者」の記憶だ。
村での食料や武器の強奪。
略奪と言ってもいい強引な物資の補充。
モンスターの襲来に困る人たちへの、桁違いな討伐金や報奨金の要求。
払えないと分かったところで生け贄のように出される娘たちへの下世話な会話。
仲間を道具のようにしか思わず、アクセサリー感覚で従わせる傲慢さ。
法律には抵触しないものの、人としてアウトでしかない言動の数々。
勇者とは名ばかりの残虐な行為、暴虐な振る舞い、未熟な精神性。
あ、これ、だめなやつじゃない?
前世、俺が見たことのある小説に同じ設定があった。
勇者パーティが足手まといの主人公を虐め、嘲笑し、最期は追放する話だ。
追放された主人公は力をつけ、能力が開花し、勇者のできなかったことをやってのける。
逆恨みした勇者は主人公を恨み、勇者としてのタブーに手を出して破滅していく。
そして最期は、善となった主人公に悪の権化として退治されるのだ。
これは……。
勇者は勇者でも、もしかして……。
鏡に映る金髪碧眼は見目麗しい。
最強かつ最低の、この青年は……
「悪徳勇者かよ!」
思わず俺は叫んでいた。
これが、紛う事なき「勇者」の俺。
ルクス=マサイアス=ウィーヴィングだった。