【2】ティアでいいよ
ジェイ…
彼の名前は、ジェイ!
今までの10回の人生、彼は勇者として、名前すらなかった。別世界から召喚され、勇者として魔王を倒してと言われたが、誰も彼の名前を知りたくなかった。
それで、自分も自分の名前を忘れてしまった。
ただ、「勇者様」と、その呼び名しかなかった。
しかし、彼は今名前をもらった。
男、いや、赤ん坊は嬉しそうに、ケラケラと笑った。
「ミリー、見て!彼もその名前が好きみたいだ!」
目の前ににる邪王様は、子供のように喜んでいて、自分の息子を抱きしめるだけでなく、そのぷにぷにのほっぺにめちゃくちゃ、ちゅっちゅしている。
「ほら、驚かさないでね?」
ベッドに寝込んでいる王妃様は、もう何百歳の自分の夫の喜び姿を見て、本当に、笑うべきか、つっこむべきか、わからなくなっていた。
魔界四柱の一人、邪王ヒュート・ラミレスのこの様子が見られたら、誰でもびっくりだろうね。
まっ、しょうがないわ。
娘八人の次、やっと迎えられた息子だもの。
「ミリー見て見て!ジェイは君と同じ、銀色の髪だぞ!」
ヒュートはジェイを、ミリーの横に返してあげた。
赤ん坊はすごくかわいかった。母親譲りの銀色の髪、しかし瞳は父譲りの紫色で、大きくなったら間違いなく、絶世の容姿だ。
「ほんと、かわいらしいわ…」
二人が赤ん坊と温存したかった時、部屋の扉は「ばん!」と開かれて、8人の少女はすごい勢いで、ベッドの横に走ってきた。
「あなたたち!行儀悪いぞ!」
ヒュートは娘たちを見て、怒りそうな口で叱ったつもりだが、結局ミリーと一緒に、笑ってしまった。
「よっぽど、弟を見たかったわね?」
「わー弟すっごくかわいい!」
ジェイはなにか珍物みたいに姉たちに囲まれて、彼女たちの目には、なんか変に光っていた。
それは、自分が遠くない未来に、姉たちのおもちゃになってしまうと、思わせた光だ。
なんと、ひどい!
「ほらほら、もう見たでしょ?ママも疲れてるから、今日はもう退散しよう!」
さすがに8人の娘たちが集まったら、うるさく感じちゃうヒュートは、ミリーをちゃんと休ませるため、娘たちを部屋の外へ追い払った。
「え~でもパパ、私たちまだ弟をみたい~!」
「ママはちゃんと休まないと、弟の面倒も見れなくなるでしょ?弟は消えたりしないし、明日や明後日、また来ようね?」
嫌でも父親に逆らえない娘たち、大人しく部屋から出ていった。そしてヒュートは決めた。ジェイに会えるのは、一日一人に制限すること。
やっと騒々しい姉たちと分かれたジェイは、再びママの懐に戻ってきた。
「ジェイ、私のかわいい、ジェイ…」
ミリーはジェイのおでこに軽くキスをして、優しくトントンしはじめた。
体温は肌を通して伝わってきて、目の前の美しい顔は疲れているが、なんとなく漂っている甘い花の香は、すごく落ち着いている。
ジェイは心地よく、目を閉じた。
本当に、温かいなあ。
魔族なのに、全然怖くない。
午後の日差しも、優しく照らしていた。
魔族の成長速度はすごく速かった。一ヶ月後、ジェイはもうハイハイできるようになった。
成人後は成長速度は遅くなるようで、寿命はかるく千を超えられる。
ジェイは自分の体をコントロールできるようになってきたら、体内の力を探索し始めた。
あの女の子が自分の今までもらったご褒美は回収されていないと言ったんだな?だとしたら、魔王になるためにも、その力の数々を使いこなせないと。
しかし、呪文を唱えても、武器の召喚でも、失敗ばっかりだった。
どうすればよいか、ジェイは考えた。そして思いついたことは、その女の子だ。
しかし、名前すら知らなかったから、呼びたくても呼べない。
待てよ?守護天使というなら、自分がもし危険な目にあったら、出てくるじゃない?
他の方法思いつかないジェイは、それを試すしかない。
まだハイハイしかできない彼は、できることもかなり限られている。
できそうで、そして自分を殺さない程度なら、自分の小さなベッドから落ちるぐらいだ。
やるまえに、彼は一応頭の中では呼んでみたが、やはり応答なかったから、計画を実行に移った。
「怖ぇ…」
なんの力もない彼にとって、たとえベッドでもかなりの高さだった。
でも…やるしかない!
ジェイは一足蹴って、ベッドからぐるっと、そして重く床に落ちてしまった。
痛い!すごく痛い!
守護天使は?!まさか自分を守ってくれないなんて!
「キャーーー!」
音を聞いて駆けつけたミリーはすごい声で悲鳴をあげ、ジェイを床から抱き上げた。
「ジェイ大丈夫?どこか痛い?」
やはり、母親って、いいなあ。
ミリーは心配そうで、ジェイの体中を見てみたが、傷一つもなかったとはびっくりしたけど、ほっとした。
たぶん、魔族は生まれつきの丈夫さがあるから、たとえ生まれて一ヶ月の赤ん坊でも、この程度では危険とは言えないぐらいで、守護天使は現れなかったかも。ジェイはそう思っていた。
「よしよし、もう危ないことやらないでね?」
ミリーをジェイをベッドに戻して、彼の頭を優しく撫でた。
ジェイはママのこと大好きだ。だから軽くうなずいて、もうママを悲しませることやらないと決めた。
しかし、傷一つもないなんて、おかしいな。
あざ一つぐらいあってもいいと思ったその時、頭のなかに懐かしい声が聞こえた。
「おまえ死にたいか?!もう次に転生いくつもなの?!」
あっ、出た。と、ジェイは思った。
やはり、その女の子はちいさな翼をはたいて、ジェイの前に現れた。
「相変わらず小さいね。」
ジェイは笑って声かけた。やはり自分しか見えないようだ。
「なっ!う、うるさいわ!何するつもりだおまえは!」
考えるだけで会話できるのは実に便利だ。でも女の子はやはりおこっぷりで、どうやら本当に根っこから魔族を嫌いみたいだ。
「名前を教えてくれる?じゃないと呼べないね?」
ジェイは大きな笑顔で、声かけた。そのかわいい笑顔のせいか、女の子は危うく自分の立場を忘れそうになった。
「ティア…でいいよ…」
「では、ティア!」
ジェイはまた輝いているような笑顔で、ティアの信念を揺らした。
ちくしょーまじでかわいい!と、ティアはこころの中で叫んだ。
「ねえ、ティア、君に聞きたいことがあるんだけど…」
「なにを?」
ティアは突然、嫌な予感してきた。
「勇者の力って、どうやって使えるの?」




