1,屋上の出会い
俺の名前は、長岡拓人。これは誰にでも起こりうる可能性がある物語かもしれない。だけど、その可能性を信じるか信じないかはあなた次第だ。俺には、ある大切な人ができた。出会い方はインパクトが強かったが、インパクトのわりにその人は穏やかで、名前の通り愛らしい華のような人だった。
あなたに問います。
もしも、あなたに大切な人がいたら、その人に何をしてあげますか。
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高校生最後の年を迎えた初日の放課後。桜が散る中、下校する生徒の笑い声や騒ぎ声が屋上に続く階段まで聞こえてきた。本来なら屋上に入ることはできないが、俺は屋上へ続く扉の鍵を1年生の頃にピッキングしていつでも入れる。屋上に入ると生徒指導を受けることになるらしいが、そもそも誰も見回りに来ないし近づく人すらいない。だから、今まで学校にいる日は毎日のように屋上に来たが指導を受けたことがない。屋上への階段を登りきると重たげな鉄の扉がはばかる。毎日のように来るから鍵をかけていない扉を押し開ける。澄んだ春の暖かな風が俺を優しく包み込み肺をいっぱいにする。まるで新しい日のために心を洗っているかのようだ。扉の先に広がる薄い青色の空と綿菓子のようなふわっとした白い雲、学校の周りを囲う住宅街。初めて屋上に来た日から何も変わらないところに心がほっとする。扉を閉めてすぐに備え付けてある箱から一人用のレジャーシートを出し、広げた上に寝ころび日向ぼっこをする。すると、俺の右側から声が聞こえてきた。
「ねえ、先客がいるんだけど」
俺はぎょっとして声がするほうに体を起こし顔を向けた。そこには、風になびく艶のある真っ黒な長い髪の毛を邪魔そうに耳にかけながら寝ころぶ俺を見下ろす女子生徒がいた。
「どうして屋上にいるの?生徒指導のマツダに怒られるよ」
俺は、自分のことを棚に上げ彼女にそう問いかけた。彼女は、眉間にしわを寄せ答える。
「じゃあ、あなたは怒られないの?」
「いや、そういうわけではないけど、、、」
あまりにも焦りすぎて言葉を失う。
「まあ、別にいいんだけどね」
彼女は、寄せていた眉間のしわをやわらげこちらを見る。どこか悔しそうな色を瞳に滲ませた彼女は俺のそばまで来て隣に座る。体育座りをした彼女は足が見えないようにスカートで隠した。別に俺が変な目で見ていたとかではけしてないはずだ。
「どうして屋上に来たの?」
「どうしてって言われても、俺の特等席だから」
俺の秘密基地のような場所がゆえに彼女の言い方に少し悔しい気持ちが出た。彼女は何か考えたようだが口には出さない。考える横顔が美しく感じた。突然、ぶわっと暖かい風が俺たちを襲った。校庭にある桜の花びらが屋上まで舞い上がる。一枚の花びらが彼女の頭に乗った。艶のある黒髪に映える一枚の桜の花びらは、彼女をより美しく見せる。花びらが乗ったままにしておくのもいいが、何かつけたまま歩くのは本人が気にするかもしれない。俺は、彼女の頭に乗った花びらをつまみ取った。一瞬、彼女をまとう空気が張り詰めたがすぐに戻る。
「ごめん。桜の花びらがついてたんだ。悪気はないよ」
「、、、そうだったの。取ってくれてありがとう」
少しの沈黙が俺を気まずい思いにさせた。
「そういえば、どうして君は屋上に来たの?」
「意味はないの。ただ、死のうと思って」
さらりと告げられた理由に衝撃を受ける。彼女は、自分が死ぬことが当たり前であるかのような態度でいる。
「死のうと思ったの?なんで?」
「言ったでしょう。意味はないの」
「君のことはあまり知らないけど、死んでほしくはないよ」
俺は、手が震えるのを必死に抑えた。確かにこの子のことはあまり知らないが、死がどんなものであるか俺は身近で経験をしたことがある。だから、知らない子でも死んでほしいとは思わない。死は、とてつもなく恐ろしいものだ。そして、周りを悲しませる。
「君がいなくなったら、友達や家族が悲しむよ」
「知らないくせに、よくわかってるじゃん」
皮肉交じりの言葉にいら立ちを覚えた。
「大丈夫。私がいなくなっても周りはいろんな意味で悲しんでくれる」
「それなら、死ぬなんて考えるなよ」
彼女を少しでもつなぎとめておきたい、そう思った。
「、、、。それでも私は死にたいと感じる」
「、、、。」
俺は、それ以上どんな言葉をかけるのが正解なのかわからなくなった。彼女はどんな言葉をかければ生きようと考え直してくれるだろうか。そう考えていると彼女は立ち上がり屋上の出口へと向かった。
「ま、待って!」
彼女は振り返り俺を見る。その視線からは、この世に未練がない気持ちが伝わってくる。どこへ行けば死ねるかしら、とでも考えているようだった。
「、、、まだ何かあるの?」
「、、っ、また、また屋上に来てよ。俺、いつもいるからさ」
彼女は、一瞬、困った顔を見せたがすぐに硬い表情で首を縦に振った。俺は、生きて会える約束ができたことをうれしく思った。彼女が、出口の扉を開け出ていこうとする。
「あっ、待って!」
「なに?」
「名前、教えて」
硬い表情が一変、この短い時間の中で一番柔らかな表情に彼女はなった。
「私の名前は、瀬戸愛華。それじゃ」
「お、俺は、長岡拓人!」
俺の名前を言うと当時に屋上の扉はしまった。彼女に俺の名前が伝わったかは分からないが、特に何もなかった俺の学校生活に楽しみが一つできた。