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川を流れる花の名は  作者: 一条悠
18/22

湖へ行く

何度寝ても起きてもモヤモヤが晴れることはない。

若君が睿兄上のことをなんと言っていたのか気になるし、楊宣が花琳のことをどう思っているのかさっぱりわからない。

母上に助言をもらいたいが、皇子との婚約をのぞんでいるため相談などできない。

陽若は相変わらず時々宮廷に行っている。

先日の祭りの時は浩然皇子と行ったそうだ。

陽若は皇子のことを好いているわけじゃないと言うが、きっとそんなことはない。

好き嫌いがはっきりしているため嫌なら会ったりしない。そんな妹だ。


「お嬢様、たまには外へ行かれては?」

いつも思い詰めた様子の主に雨桐も心配する。

姉のような存在である雨桐は常に花琳のことを考えてくれる。

花琳は雨桐と馬に乗り湖へ出かける。

巨大な湖は果てしなくどこまでも続いており、ちっぽけな自分の悩み事など塵と同じであるように思わせる。

特に訳もなくきれいな貝殻を探して雨桐と砂浜を歩く。

湖の方を見ると波と共に砂も湖へ吸い込まれていく。

自分の悩みも波と一緒に持って行ってくれたらどんなに楽なことか。


前方に男二人が砂浜にしゃがみ込みなにかしているのが見える。身なりからして主従関係にある二人組のようだ。

特に用事があるわけではないが声をかけてみる。

「何をしておられるので?」

二人が顔をあげる。

「妹を待っている間に砂で高い山を作っているんだ。」

妹思いのよい兄だ。

2人はせっせと砂を盛り上げていく。



しばらくして妹らしき女の子が走ってくる。

「兄上、山というものはできましたか。」

後ろの方から侍女と護衛らしき人が追いかけてくるのをほったらかして女の子は男の元へ走り寄る、

「以軒。もう来たのか。まだまだかかりそうだぞ」

男は以軒という女の子の頭を撫でる。

以軒を見てとてもかわいらしい女の子だと思うと同時に何者かと花琳は警戒する。

女の子も男も身なりはとてもいい。

はっきり言って、四大貴族である徐家の花琳が着ているものよりずっといい。

それに後ろからきた人の身なりは宮廷で見たことがある。

こんな時に宮廷の内部事情に詳しい妹が横にいたらどんなによかったかと思う。

「兄上、この人たちはどなたですか。」

以軒に言われてはっと我に返る。

「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私は徐家の娘花琳でございます。横におりますは、侍女の雨桐でございます。皇子と公主にご挨拶申し上げます。」

ひざまずいて礼を取る。

本当に皇子と公主なのかはわからないが宮廷の服を着た人がついてきているならきっと間違いない。

皇室には決して礼を欠いてはいけない。

なにかあれば自分だけでは済まされない。

徐家全体に関わってくる。

「だそうだ。以軒、何か言うことはあるか。」

「何もありません、兄上。」

「徐家の娘よ、立つが良い。」

皇子の言葉を聞いて花琳たちは顔を上げる。

それにしてもずいぶん幼い公主だと花琳は思う。

皇族のことはある程度頭に入っているつもりだ。

皇帝は55歳くらいだったと思う。

目の前にいる皇子は花琳と同じくらいだ。

以軒という公主は7歳くらいに見える。

そんなに幼い公主がいただろうか。


「公主様、走らないでください。お怪我なさったら皇太子妃になんと申し上げれば良いか。」

だいぶ遅れてやってきた侍女頭風の女性が言う。


(「皇太子妃?」)

なぜ皇太子妃が出てくるのだろうかと花琳は首をかしげる。

「私と以軒の母君は皇太子妃の曹氏だよ。」

どうやら心の声が出てしまったようだ。

2人は皇太子の子どもということだ。

「左様にございますか。」

皇太子妃の曹氏ということは曹家の若君とも関係があるのだろう。


「そなたこそこんな何もない砂浜で何をしておられる?」

「気晴らしに散策をしておりました。」

たしかに貴族の娘が砂浜にいることはあまりないだろう。

川ならありえるかもしれないがここの湖は都の外れにある。

馬に乗ることができない貴族の娘は多いため湖まで来る人は少ないのだろう。

花琳のように幼い頃から詩に刺繍に琴だけでなく商いや剣術、馬術までたしなんでいる娘はいない。

もちろんしなくても良かったのだが、睿兄上から教わるのが楽しくて気づけば色々学んでいた。その後も自分で勉強するようになった。

妹の陽若は刺繍などより剣術などの方が得意だ。文学などもほどほどで、家では下の子たちに剣術や弓術の稽古をつけている姿をよく見かける。

「気晴らしは大事だ。周りからは怒られるが砂で手を汚すのも楽しくていい気晴らしになる。」

砂遊びで怒られるとは宮廷育ちは意外と窮屈なのかもしれない。

「そうですね。波を見ていると悩み事が少しだけ忘れられます。」

砂遊びをする気にはなれないが、波を見ているだけで落ち着く。あれこれ悩んでいたのを忘れられる。

屋敷に帰ればまたあれこれ悩むのだろうが、一瞬でも気を紛らわせて忘れるだけで楽になれる。

「一度きりの人生なのになぜ悩む必要がある。思うとおりにすればいいではないか。」

悩むことなどなにもないと言う皇子に花琳は嫉妬した。

悩みがないなどそんな脳天気なことをいえるとはさすが良いご身分だ。

いや、身分だけで中身が愚かであれば良いゴミだろう。

「好いている相手が平民だとしてもですか。」

苛立ちのあまり思わず事実を言ってしまった。

口をついて出た言葉は戻らない。

皇子が余計な詮索をせず、誰にも何も言わないでいることを願う。

「それが望みならば身分など関係ないだろう。そなたが望んで徐家の娘になったわけじゃあるまいし。」

花琳は少しめまいを覚えた。

国の皇子がそんな秩序を乱すようなことを言って良いのだろうか。

だが皇子が言うことも間違ってはいない。

たしかに花琳は生まれた時から徐家の娘であるが自分で選んだわけじゃない。

置かれた場所で生きて行けという人がいるが、逆に皇子のように置かれた場所が不満なら出て行けば良いという人もいる。

誰にどんな言葉をかけてもらえばこの悩みが解決するというものでもないが、皇子の答えを聞いて少しだけ腑に落ちたような気がした。

「そう、ですね。」

二人の沈黙を打ち寄せる波がかき消す。

波の音がいつもより大きく聞こえた気がした。

時には煩わしいと思う音が、時には心地よいと感じる。



「お嬢様、馬を連れてきて参ります。」

沈黙を破ったのは雨桐だった。

ナイスな侍女だ。

話すことがあるわけじゃないし、一緒に砂遊びをしようとも思えず困っていた花琳にちゃんと気づいてくれる。

「いいえ、皇子と公主のお邪魔をしてはいけませんから私も失礼させていただきます。」

花琳はにこっと会釈をして砂浜を後にした。

馬に乗り屋敷へ帰る。

結局楊宣のことも曹家の若君のことも解決しなかったが少しだけ気持ちが楽になった。

脳天気な皇子だと思ったが、実はそんなことはないのかもしれないと花琳は思った。


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