Vol 5. 春篭り
2020年代に突入して最初の3月、去年と同じように春が来た
最近、眼が覚めてから凄く長い複雑な夢を見ていた感覚に陥る
今、自分は小学5年生の子供なのに
大学生や新入社員になったような夢だったような気がするし
遠い外国で働いている夢だったような気もする
けれど起きて5分もしない内に どんな内容だったのかは忘れ
妙に現実感のある物語の生活感も
起きてから数分で消えて無くなってしまう
”僕 今日 こんな夢を見たんだー”
とか言う奴みたいに妄想を語るような事をしたくない
さあ、とっとと自分が生きる現実の日常に視点を戻そう
毎朝、同じ時間に家族三人で朝食
大学生になった兄は一人暮らしを始めるために
今年3月に高校を卒業するのと同時に
この田舎の地方都市からも実家からも卒業した
「今年から大学の授業料が150万円くらいかかるから
余計な出費をしないように我慢してよね」
と朝から 父に節約生活を宣言する母
「俺が国立大学に行ってた時は
年間授業料が10万円くらいだったのに高くなったもんだ
大学近くの学生下宿とかも 風呂・トイレ・台所が共同で
壁も薄いから隣りの部屋の音が丸ごと聞こえてくるくらいの
ボロアパートだけど家賃1万円くらいなのが普通だったが
一番、安いアパートでも月5万円とかするんだからなぁ」
毎度の挨拶のように同じセリフ
「近所の お子さんが国立大学に行ったけど
今は授業料が50万円くらいかかるの
それにね 今時、そんなボロアパート誰も入居しないから
風呂トイレ共同なんて不便な生活するなんて
誰も、我慢できないから
もうね 遥か彼方の昔話、時代が違うの
今はねー 家賃にしろ授業料にしろ高いから
金がかかるのは しょうがないの!」
返すセリフも毎度のセリフ
”もし こんなに金をかけて 就職に失敗して
全く何もならなくて ニートになられたら どうしよ”
”金が かかるんだから
もっとマシな給料を貰えるように頑張って欲しいけど
リストラされたら どうしよう”
という不安を抱えているのが見えるようなセリフが
たまに混ざるのだが今日は出てこない
兄が大学を卒業するまでの今年からの4年間は
こんな会話が繰り返されるのだろう
・・・
4月中旬、実家を卒業したはずの兄が戻ってきた。
大学の学生寮に入るはずだったのが
新型ウイルス感染拡大防止のために
実家に帰ってオンラインで受講して下さい
と大学に要請され、
”今まで受験勉強だけだったけど大学に入ったら
色んな人と関わるんだ。今までテレビでしか見ていなかった
大都市での大学生生活を楽しむんだあ”
と合格当時に楽しそうに語っていた夢が
全て現実になる事は無いのを思い知らされ
同じ大学に入学した人と実際に会う機会すら無く
パソコンのモニタ越しに映る教授のオンライン講義を
家の部屋で毎日受講している
色んな楽しい事を妄想していたのが全部、消えてなくなって
ガッカリしているのが顔や態度に出ている
大都市の大学学生街に戻れるのは、いつになるか不明らしい
6月に開催される予定だった大学祭も感染防止のために中止
高校同級生の中には授業料やアパート代がもったいないから
休学して今年は大学生活を諦めた人もいるらしい
僕も学校が休みなので、三食、一緒に食事をする度に、
”これじゃ 浪人しているヤツと同じだ”とか
”これじゃ 引きこもりみたいだ”とか
”俺は やつらみたいには、ならない”とか
浪人したり引きこもったりの
受験戦争の敗残兵な元同級生の悪口
というか鬱憤晴らし悪口やグチを聞かされる
同じ学校の友達と遊べなくて、つまらないのは同じなのに
もうじき成人式で大人になるんだから我慢して欲しいとも思うが
受験勉強中に抱えていた色んな期待とかが
全部、壊れたショックは大きいようなので
しょうがなく毎日、黙ってガス抜きグチを聞いている
・・・・
全然ゴールデンに輝かなかったゴールデン・ウイーク過ぎの日
高校・大学と同じ学校だった先輩にバイトを紹介され
唯一の娯楽というかオンライン受講以外の事になったらしい
食事中の雑談が、そのバイトについての事ばかりになった
ネット上にバーチャル・タウンを構築した会社があって
その会社と大学の研究室とが協力関係にあって
そのバーチャル・タウン発展のために働く仕事
家にパソコンがあってネット接続できれば可能
年齢は特に関係ない
同じルールでプレイしているプレイヤーに勝てば稼げる
というような高校の先輩に、教育された言葉を言ってくる
ようするに中毒性のあるテレビゲームを
口コミで広げる活動をしているらしい
ゼロサムゲームに近いネットゲームにしか思えないけど
グチを聞かされるよりはマシなので適当に話しをあわせていた
・・・
数日後、一緒に昼飯を食べていると
「学校がウイルス騒ぎで休みになっていて暇なんだろ?
バイト代を貰えるから一緒にゲームをプレイしないか?」
と言い出してきた。
ゲーム内にバーチャル・タウン住人を増やしたら
お金が貰えて、そのプレイヤーのプレイ内容次第で
さらに貰える金額が上乗せされる機能が追加されたらしい
「オマエが住人になってプレイしている間
いくらか金が入ってくるし
言う通りにプレイすればオマエも小遣い稼ぎになるから」
暇だったので、やってもいいよと返事をすると、
「ネットに接続できるスマホや、タブレットに
”サードスリル”というアプリをダウンロードするだけ
後は普通に遊んで小遣い稼ぎ、簡単だろ?」
というようなセリフを枕詞にして学校の先生のように授業を開始
「遊んでみて面白かったら友達にも勧めてみてくれるかな?
”同じバーチャル・タウンの住人になって一緒に遊ぼうよ”とか
”こうしたら もっと面白いのに”
”ここが つまらないから 変えた方が いいんじゃね”とか
感想を受け付けているから思いついたらメッセージ送付して」
そんなセリフで授業が終了した
とりあえず言われた通りにダウンロードしてゲーム・スタート
ゲームで使用できる金を所有してないので
無料でも利用できるタウンの中のサービスを探してみようと思い
タウンの入り口にある案内所に入る
何人かの案内人がいた中から適当に案内人を選択すると
案内人が質問してくる。これに答えないと先に進まないようだ。
ゲームを始めてから途中で、思いつく
この案内人はハズレかも? もっとマシなのがいたかも
とはいえ、案内人を乗り換えると、どうなるのかすら
わからないので
今日の所は、この案内人でいいかあ、
ダメだったら明日は他の案内人にすれば、いいワケだし
一旦、案内人を選んだら、他の案内人と接触禁止とか
ヘルプで見れるルールにも書いてないし
という考えでプレイしてみた
その案内人が案内してくれたのは問屋街
「どれか問屋を選んで入ってみてください」
案内人に勧められるがままに入っていくと
問屋さんの営業が、話しかけてくる
「我が社の扱っている。今年の売れ筋商品には
いくつかの種類があります。まず、流行商品、四種類
今、流行している。最新の急速流行商品
去年、流行して最新流行とは言えなくなってきた流行商品
昔、流行商品でしたが、今は少ししか売れない元流行商品
昔、流行商品でしたが、全く売れなくなった死に筋商品
次に、リバイバル商品
毎年、秋にだけ売れるとかいう季節性商品
何年かに一度、売れますがリバイバルする時期は不明な商品
また、これらの複合商品、値段は商品の性質からいって
売れ筋商品として判断する可能性が高い商品ほど値段は高く
死に筋商品として判断する可能性が高い商品ほど値段は安い
という事になっております。
ここまで理解していただけましたでしょうか?」
”理解した。”
”よくわからないので、もう少し詳しく説明して欲しい。”
”全く理解できない”
の3択表示が出たので ”理解した”を選択すると
売る場合の基本パターンを説明しだした
「世間は物売りには冷たいものです。
また馴染みのない人間には警戒心を抱えるものです。
そして必要性を感じない物を買う人は、いません。
なので、頭の中にある物売りへの偏見を壊して
警戒心を解いて商品必要性を感じさせないと何も売れません。
理解していただけますでしょうか?」
”理解した。”
”よくわからないので、もう少し詳しく説明して欲しい。”
”全く理解できない”
の3択表示が、また出て ”理解した”を選択する
・・・・
「私は問屋街への案内人だったワケですが
問屋街で仕入れて、販売する日常に向いていない
そう思う人には別の選択をする事ができます。
現在、私のような案内AIが存在していますが
人間の案内人もいます。
気にいった案内人と一緒にプレイする事ができるんです
また、あなたが案内人をする事もできます
案内人をしたい場合は
数日間、このバーチャル・タウンについて勉強をして
案内する必要最低限の知識があるかどうかの
試験を受けて貰います
合格したら、毎日、色んなプレイヤーと一緒に過ごす事となり
案内人数に応じて報酬が支払われます。
案内人とプレイヤーとの間で
揉め事などが発生して片方が連携解消を申し出た場合
即座に連携解消となります。」
”案内人を やる”
”案内人を やらない”
”とりあえず 今は保留”
の3択表示が、また出て ”案内人を やる”を選択してみる
「では、バーチャル・タウンについて知識をつけてもらいます」
という表示と同時にテキストをダウンロードできる画面も表示
すごーく単純な説明を最初にしてきた、
ドラ●もんていうマンガがありますよね?あれの
のび●くんからのドラ●もんのような存在になればいいんです
そっちに行くとジャイ●ンがいて大変ですよ。とか
金持ちボンボンのス●オが いて からかってきますよ。とか
バーチャルタウン内に、どんな住人がいるかを調べて説明して
新住人が楽しいからという事で長時間プレイすればするほど
報酬が多くなります。
年齢に入力したからだろう。案内をするプレイヤーも同年齢か
自分より年下の子供になるらしい。
AI案内人の名前が表示されているボードには
まるで大学の研究室にいる人々のような名前
教授とか、準教授とか、研究室の主とか、卒業生Aとか
事務員Bとか、図書館員Cとか、研究員D後輩とか
ひょっとして本当に大学関係者内輪の知り合いや家族とか、
大学付属の小中学校にいる子供とか
それだけで運営されているのかな? 今の所?
という感じさえした。
ウイルス騒ぎで実際に会うという事は無くなったけれども
このバーチャル・タウンで交流しようじゃないか
という事にでも、なったのかなって気さえしてきた。
・・・・
案内人試験に合格して案内を始めてから数日
いつになったら小学校に登校できるのか、わからない。
夏までには学校に行けるようになるんだろうか?
最初は長い春休み気分だったのが
毎日、家族とだけ一緒に過ごさないといけなくて
同じ事の単調な繰り返しが、うっとおしくなってくる
それは三食を支度したいとならない母にしても
毎日、家にいる兄にしても同じなようだ
みんな、ちょっとした事で怒るようになっていく
なんで、なんだ。どうして、そんな事をした
なんで そんな事を言った。
ああ 気に食わない。御前のせいだ。
といった、ヤツ当たり言葉が自然発生して誰かが実際に口にする
リモート・ワークにより家で仕事をする事になった父に至っては
同じ会社の人とテレビ電話で打ち合わせをしている時に
家族の誰かがテレビ電話カメラの視界に入ったら
打ち合わせが終わりカメラを止めてから怒鳴り散らす。
仕事と仕事以外を分けたいのに
何故、公私混同と解釈されかねないような事を
御前らはするんだ。協力して俺が仕事しやすくしろよ
というような内容を叫ぶ。
でも、仕事部屋を新しく作ろうにも、そんな部屋は無い
子供たちの学校が再開して
お父さんがリモートワークじゃなくなるまでの我慢だから
と言って宥めていた母も、
父の仕事が全面リモートワーク化され在宅仕事をする事になり
会社をやめるかリモートワークでは不可能な職種になるまで
毎日、家で仕事をして、一日中、在宅
それが決定した途端に母が不機嫌になった
父がいない間のママ友ランチ会とかが不可能になったからだろう
それだけじゃなくて旦那が家にいない間にしている息抜きも
全部できなくなったからなのか、毎日、機嫌が悪い
・・・・
やっと小学校に登校できるようになった。
バーチャルタウン案内人のバイトをやめる事を言うと
「そうか、でも土日の時間がある時だけでいいから
気が向いたらログインして、また遊んでみて」
という言葉が返ってきた。
だが母親はイイ顔をしない。ネトゲ廃人とか引きこもりとか
悪いイメージしか無いからなんだろう。
本当に土日ログインしようとしたら
保護者によるネット制限でログインできなくなっていた
父が自分の仕事のためにネットを使用したいから
処理速度が落ちそうな事をやられるのが嫌で制限したようだ
僕はバーチャル・タウンに戻れなくなった
でも今日も僕以外の誰かがログインして
あのバーチャル・タウンの中で一緒に時間を過ごすのだろう。