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8 ねえ、ファンタジー それって本当にその人のおかげなの?

カイジュールには考えておいて、とは言ったが誠一はカイジュールがこちらの世界に残るための準備を始めることにした。

カイジュールがこちらの世界に残る決断をした時のためにできるだけのことをしておこう。

しかし、剣崎の弁護士を頼るにはちょっと繊細すぎる案件のため気が引ける。少し考えて、高校の同級生を思い出した。弁護士になってこの間独立したと連絡が来ていた気がする。


ネットでも就籍の情報を集めつつ、誠一はどうすれば良いのか考える。

誠一にはカイジュールをこちらに残す責任が生じる。独り立ちするまでは面倒を見る覚悟はできていた。

養子にしてしまおうか、とぼんやり考えている。

それにはたくさんやらなければいけないことがあった。

それに、剣崎の家こともある。カイジュールを誠一の養子にするとなればまたやかましいのが湧いてくるだろう。それなら、このタイミングで以前から考えていたように、母方の養子に入り苗字を変えようか。少し職場への説明は面倒だが、それで家(剣崎)との関係を消せるのならそれはそれでいい。


でもなあ、と誠一は頭を掻く。

(鷺坂のじいさん、うるさいんだよな)

母方の祖父を思い出してげんなりする。あの祖父にカイジュールのことを説明すると、二重のうるささに見舞われそうだ。

まず、カイジュールの境遇(虐待の疑い)に関することでうるさいだろう。

子どもに暴力を振るうような大人は矯正するからつれてこいとか言い出すに違いない。

さらに、誠一が独身でカイジュールを引き取ることもうるさくなる原因だ。

会うたびに、嫁はまだかと催促されるのに、嫁より先に子どもを引き取るなんて言ったら二十数年ぶりに拳骨が落とされるかもしれない。

そして、早く嫁を探せとさらにうるさくなる。


剣崎の家だって面倒なことこの上ない。

剣崎の家から名前を抜くとなるときっと両親も兄弟もうるさい。

今でさえ、戻ってこいだの、せめて実家の近くに住めとかやかましいのに。

両親だけでなく、弟までうるさいから手に負えない。兄が苦笑しつつ誠一の意志を尊重してくれているのが救いだ。

何をするにしても、きっとみんな干渉してくる。

考えるだけでげんなりした。


でも、やらなければ前には進まない。


カイジュールにはこちらで生まれたことを証明するものはないから手続きは少し面倒になる。やはり、法律に詳しいやつを一人、間に挟んだ方がきっとスムーズに進む。


話をしてからも、カイジュールは静かに穏やかに日々を過ごしていた。この頃は砥草さんの買い物にも付き合うようになった。

人とすれ違う時はいまだに緊張感が伝わるらしいが、初回のような奇行もなく、砥草さんは安心してカイジュールと買い物を楽しんでる。

「荷物をさりげなく持ってくれるし、道路を歩いていれば私を自然に歩道側に誘導してくれるんですよ。人とすれ違う時には庇うようにしてくれるし。カイくん、すごくモテますよ、きっと」

と、砥草さんは乙女の顔で微笑んでいた。



しかし、カイジュールの洗脳に近い思考は解消されないまま。

誠一は内心、いつ聖女を探しに行くと言い出すかひやひやしていた。


帰宅後、ぼんやりとネットを見ている。カイジュールもリビングにいて、前よりも漢字の多くなった児童書を読んでいる。

カイジュールは学ぶことに興味があるようだった。

砥草さんによって作られた、「カイくんのための砥草さんドリル」で昼間は勉強をしているらしい。今は、大体、小学4年生くらいの内容を履修している、と砥草さんから報告を受けた。

「もっと人との関わりに慣れないと学校は難しいと思いますけど、これからのことを考えれば早ければ早いほどカイくんのためになりますから」

と砥草さんはカイくんの教育面にも心を砕いてくれている。

「セイイチ、起死回生とはなんだ?」

カイジュールが首を傾げて、該当の漢字を見せてくる。

「ああ、ダメなものを立ち直らせるとかって意味だね。起死も回生も生き返ることを表してるよ。本来は死にかかった人を生き返らせることをいうんだけど、それが転じて、崩壊しそうな物事を立て直して、勢いを盛り返すことを意味するね」

「…聖女を召喚するようなものか」

うっすらと笑ってごまかした。


珍しく電話がなる。相手は、高校の時の同級生で弁護士になった菅原だった。カイジュールを気にしつつ廊下に出てから、スワイプする。

『おう、久しぶり』

電話の向こうはざわざわしている。外だろうか。

今大丈夫か?の声に応える。

『で、どうした?剣崎が連絡してくるの珍しい。弁護士なら剣崎のがいるだろうが』

「剣崎の弁護士を使いたくなくて、困ってた時にお前を思い出したんだ」

『なんだ?厄介ごとはやめてくれよ』

「うーん、実は」

と、濁しに濁しつつカイジュールのことを話す。


自宅の前で行き倒れていた子ども(推定15歳ほど)を保護した。

衰弱が激しく、しかし、人を寄せ付けないため、医者にもかかれずに自宅で面倒を見ていた。

虐待の跡がある。

面倒なことになりそうで警察にはまだ行っていない。もちろん、児相にも。

今は、健康を取り戻し、穏やかに暮らしている。

本人の話を聞いても、閉じ込められていた、大人に暴力をふるわれていた、名前しかわからないということしかわからない。

「多分、戸籍がないと思う。親もわからないし、自分がどこから、どうやって出てきたのかのも曖昧で。衰弱が激しかったから、そっちに気を取られてしまった」

『お、ま、え、なぁ…』

菅原はげんなりといった様子の声をあげた。

『また、めんどくさい案件に首突っ込んで!警察には言ってない、児相にも相談してないなんて、剣崎がその子を虐待していたと疑われても仕方がないぞ!?』

「それは、大変さが喉元過ぎた頃に思った。ちょっとまずったな、て」

『ちょっとじゃねーよ!思った時に警察行けよ!てか今からでも行けよ!で?依頼は?』

「戸籍がないなら就籍して、できるならおれの養子にしたい。でも、まあ、まずそれができるかどうかの確認と、方法を知りたい、ってとこかな」

『ま、じ、か』

区切って発音するのが流行っているらしい菅原が電話の向こうで絶句した。

『どうして、面倒ごとをわざわざ背負いこむんだよ!…ああ、でも剣崎はそういうやつだった…変なとこで面倒見がよくて、自分の利益不利益考えないんだよな』

その評価に笑ってしまう。

「面倒見が良いのかは知らないけど。で、なんとかなるか?」

『うーん、就籍については問題はないと思う。養子の件は法律というより、お前の方の問題だろ?ご両親に確認とってからじゃないといろいろ面倒なんじゃないか』

「俺、もう30過ぎてんだけど」

『同級生だから知ってるよ。どんな家庭でも、未婚の奴が養子を迎える時には親族巻き込んで大騒ぎになるんだ。大人なんだからちゃんと話してこい』

「めんどう」

『責任持つって決めたなら、ちゃんとしな。あ、クライアントがきた。…じゃあ、就籍に関しては調べておく。そのうち面談もしたいから予定あけといてくれ』

「ああ。頼む」

電話をきってリビングに戻ると、カイジュールがこちらを見ていた。

何か聞きたそうなカイジュールの様子に、菅原との会話が筒抜けだったことに気が付いた。人の気配に敏いカイジュールは耳がいい。扉一枚など、無いに等しいのだろう。

「えっと、聞いていた?」

「俺のことを話していた?シュウセキ、ヨウシとか‥」

「まあ、そうだね。俺はカイジュールにこっちの世界に残ってほしいから、残るためにいろいろしなくちゃいけないんだ。君がこっちの世界に残るという選択をしたなら、その選択肢を提示した俺は君に対して責任を持たないといけないし、持ちたい。少なくとも、成人して‥こっちの世界では18歳が成人だけど、そうだな、少なくとも君がこっちの世界で安心して暮らせるようになるまでは、俺はなんだかんだ世話を焼きたいと思っている」

カイジュールは押し黙る。

「カイジュール、これはね、君にも言えることだよ。もし、聖女さんを君の世界に連れて行くのなら、聖女さんに対して君は責任を持たなければならない。聖女さんがあちらの世界で安心して暮らせるように心を尽くして、守ってあげなきゃいけない。その覚悟はできてる?」

カイジュールはハッとしたように誠一を見た。

「それは‥俺は連れ帰るだけが」

「聖女さんが向こうに行ったら知っている人間は君だけだ。それに、カイジュール、気づいてる?君はこの国ではなんの違和感もない容姿ってことを。まあ、かなり美人さんだけど、それは好印象しか与えないよね。

聖女さんはこの世界の、この国の人間だ。きっと、この国にいる人間と同じような容姿をしているだろう。

君の世界では忌子と呼ばれる存在と同じ容姿を。

そんななか、聖女さんはきちんと貴ばれるのか?」

カイジュールは答えられない。

「だいたい、戻る方法はあるの?君がこっちに来たのは完全にイレギュラーでしょ?戻るためにも、君たちが聖女を召喚する時のような大がかりな魔法陣が必要で、さらに大きな魔力がいるんじゃない?

それに、聖女を探す方法だってあるの?たった一人で、手がかりのない人間を探せるほど甘くはないと思うよ」


カイジュールは下唇を噛み締めて、うつむいた。

そしてぽつりと呟く。

「聖女を見れば、聖女だとわかる」


わーお、と誠一は半笑いした。なんとも心もとない答えが出た。


「‥召喚の時、聖女の魔石と深く共鳴した感じを覚えている。それに、あの時の魔法陣の座標は聖女の魔石が呼応する場所に設定されていた。セイイチが他の場所で召喚を行っていたとしても、その座標は大きく狂っていないはずだ。だから、聖女はこの近くにいるんだ」


「聖女の近くに座標を設定して俺のところに来たなら、俺が聖女だったりしてね」


茶化して答えるとカイジュールはとても、とても嫌な顔をした。

ごめんなさい、と素直に謝っておく。


「向こうに帰る方法はある。セイイチ、セイイチは召喚師だ。セイイチの魔法陣があれば、帰れる」

「言っただろ?おれの魔法陣はただのイラストで魔法とかご利益とはありません」

「いや、セイイチの魔法陣は正しく起動していた。こっちの世界の力のある言葉を使って、召喚師のセイイチが描いた魔法陣は、セイイチと俺の魔力で必ずエラント大国と繋がる」

「俺に魔力なんて」

「セイイチにも大きな魔力がある。俺がこちらに来た時の魔法陣も、この間の親和の魔法陣もきちんとその効果を発揮していた。言語を繋げる魔法陣だって問題なく稼働して、俺はこうして本を読めるし、トクササンとも話ができる。今まで描いた魔法陣もセイイチの魔力が籠っていたから、セイイチがいうところのご利益?が発揮された。

セイイチにも、魔力はあるし、この世界にも魔力があるし、他にも魔力持つ者がいる」


「‥はは」

渇いた笑いが口から洩れた。

三十数年生きていて初めて自分に魔法の力があるのを知った。おかしいな、三十過ぎて魔法使いになる条件は満たしていないはずなのにな、とやけっぱちに考える。

「セイイチは召喚師だ。‥エラント大国に聖女を連れ帰るためにその力を貸してほしい」


セイイチは耐え切れなくてうなだれて机に額をぶつけた。

「セイイチ・・?」

「ごめん。気にしないで」

真顔でこの話を続けるのは胆力がいる。


「‥しかし確かに、魔力は足りない」

カイジュールがセイイチから視線を外す。

「セイイチに魔法陣を描いてもらったとしても起動するためにも、俺と聖女を送るのにも魔力は足りない」

「なら」


顔を上げた誠一をカイジュールの視線が貫く。

視線がこれ以上誠一が踏み込むことを拒否している。


まいったな、と誠一はため息を吐き出す。

「俺が君を向こうの世界に帰すと思う?」

誠一の問いにカイジュールは視線を落とした。

「今までも世話になって、さらに願いを重ねることになる。しかも、それに報いる方法もわからない。でも、神殿長様への御恩も捨てることができない」

「俺はね、カイジュール。力いっぱい押しても開かなかった扉を無理に開ける必要はないと思っている」

誠一はこの後の言葉を繋げるかためらった。これを言ってしまえばカイジュールは、誠一の言葉に耳を貸さなくなるかもしれないという危惧があった。カイジュールの神殿長への洗脳に近い崇拝はまだ解けてはいなかったから。


でも、結局、伝えることに決めた。それでカイジュールが誠一を避けるのであれば仕方がない事だ。

「カイジュール、俺はね、君が神殿長とやらに抱いている御恩というのもよくわからない。

だって、神殿長は神殿に忌子を集めただけじゃないか。

悪意のある大人をそのままに、食料も満足に与えることなく、自分の薄っぺらい正義感を建前に子どもを集めただけ。


悪意のある大人の中で生き残ったのは君の才覚があったからだよ。

十分な食べ物も与えられず、人に見つかれば暴力にさらされる。危険な魔獣討伐の戦力に加えられて、命の危険にさらされる。

神殿長は年に一度、生きているか確認するだけ。


神殿長は魔力を多く持つ忌子が必要だっただけだ。いつか来る、聖女召還のために。動力になる魔力を潤沢に持つ、自分に従順なコマが。


君が生き残ったのは神殿長のおかげなんかじゃない。


君は生き残るために必死に戦って勝っただけだ。君の努力で生き残ったんだ。神殿長の力ではない」

「‥っそんなことは」

「そんなことはないのか?本当に?じゃあ、君はどうして傷だらけになっているの?どうして頑なに神殿長の恩に報いたいと思っているの?自分と同じ忌子が匿われた神殿で命を落としているのに、どうして神殿長をそこまで信じられるの?」

「それは、神殿長が悪いんじゃない」

「それに、どうして君は聖女の召還に協力したの?理由がないよね?エラント大国のためと言っているけど、無抵抗の子どもに暴力をふるうような、すこし容貌が違うだけで子どもを殺すような国のために命を掛けたの?他の忌子はどうなった?その、召還の儀式に参加していた他の子どもたちはどうなった?

君は言っていたじゃないか。周りの奴は枯れ果てたって。カイジュール、君だって紙一重だったよ。ガリガリに痩せて、しわしわに干からびて、ふらふらになるまで命をすり減らして。生き残ったのは、君の強さと、運の良さのおかげだ」


誠一は蒼白になったカイジュールに告げた。

「神殿長に言われたんだろう?今までの恩に報いよ、と。でもさ、カイジュール。神殿長は君がつらい時、助けてくれた?」

カイジュールの目を見開いて誠一を見ている。

誠一も強い視線でカイジュールを見ている。


「‥なんども言っているけどね、カイジュール。俺は君がこの世界で安心して暮らせるようにしたい。お腹が空いたらちゃんと食べられる、夜はベッドで安心して寝られる、誰にも暴力を振るわれることのない、この世界の普通の生活を送ってほしいと思っている。それがこちらの世界に君を引き留める俺の責任だから。

まあ、責任以上に君のことが気に入っている、という理由のほうが大きいけどね。


それはさておき、カイジュール、君は君の世界に連れ帰った聖女に対して責任は取れるの?連れ帰るだけではなく、聖女の命はもちろん、こちらと同じような安心して暮らせる生活を用意できるの?

もし、神殿長に逆らう必要が出てきたら、聖女のために神殿長に意見ができるの?」


カイジュールは何も答えない、いや、きっと答えられない。

聖女を連れ帰るというのはカイジュールの意志ではないから。御恩という言葉に縛られて考えることも許されずに課せられた指令だから。


「‥よく、考えて」


そのあと、カイジュールは一言も発することなく自分の部屋に戻ると、そのまま出てこなかった。




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