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7 ファンタジーのこれまで



カイジュールの世界は魔獣により人族が危機に瀕しているという。


話をしよう、そういって誠一はカイジュールを座るように勧めた。

カイジュールの世界のことを教えて、と願うとカイジュールに逡巡が見て取れた。


そして、「俺は神殿のなかで身を潜めて暮らしていたから、よくわからないんだ」と前置きをしてから語り始める。

「もともと魔獣は森から出てくることはなかった。でも何がきっかけかわからないけれど、魔獣が森からでて、人々の生活を脅かすようになった。

畑を荒らし、作物を食い漁る。

それらを駆除しているうちに、食糧にしていた小型や中型の魔獣が姿を消した。


それらの魔獣の姿を消すと、畑を荒らされることは少なくなったが、代わりに討伐の難しい大型の魔獣が森から出てくるようになった。大型の魔獣は魔法を使える。それらの魔法は土地を汚して、作物が生えなくなった」


畑が荒らされ、食糧になる魔獣生き物がいなくなると食糧が乏しくなった。さらに、大型魔獣が降りてくることで、働き手となる年代の男たちが次々と討伐に駆り出され、減った。そして、魔獣により土地が汚染された。


農地も荒れ、働き手もいなくなる。山の恵みも魔獣との奪い合いになる。魔獣の力は脅威で、力のない人族は魔獣に怯えて生活する。汚染された土地を戻すための人手も足りない。

そのうち食料が手に入らなくなった。

道端には草すら生えなくなる。

美しい石畳みで覆われていた王都では少しでも農地を増やそうと、石畳がはがされ、建物が壊され、畑となる。

しかし、その畑も、ネズミ型の魔獣に食い荒らされる。


ネズミ型の魔獣は人族に有害な毒を持っていて、食料にはならない。

このままでは人族は死に絶える。

人族は窮地に陥っていた。


「だから、世界を戻すために聖女が必要だと神殿長様がおっしゃったんだ」


聖女の力で魔獣を倒し、荒らされた土地を戻す。


「‥カイジュールが飢えてたのも、身体中に残る傷も、そのせいなのか?」


気になっていた虐待らしきあと。その傷や火傷が生きるために負ったものであるのなら、カイジュールをこちらの世界に引き止めるのは難しいかもしれない。

しかし、カイジュールは瞳にほの暗い影を落とした。

「‥俺は亜族に近いから」

カイジュールは呟くように言った。

亜族は差別の対象だった。魔法の力を操り、人族とは異なる宗教を信仰する。

「俺が亜族に近い容貌をしていたから仕方がないんだ。魔法が発現するのは人族では卑しい亜族に身を落としたという証拠だ」

カイジュールが何か諦めたように落とす。


魔法の力は人族にとって脅威だ。それを操る亜族は脅威の対象。人族の敵。


カイジュールのような亜族寄りの容貌のものが生まれると、その子どもは「忌子」と呼ばれ、虐げられ長くは生きられない。

では、なぜ、カイジュールは生き残ることができたのか。

「俺は幸運だった。神殿長様に助けていただいたから、生きていられた」

食料が乏しくなり始めたころから、神殿には忌子が集められていた。みな、7歳以下の幼い子供ばかりだった。


神殿長は忌子たちがすぐに殺されてしまう現状に憂いて神殿に匿ったという。食料が乏しくなれば一番先に間引かれるのは、人々から疎まれる忌子たち。

神殿長にはそれが許せないと語ったという。


神殿長の行いには多くの誹謗中傷が寄せられた。悪魔の子をなぜ神聖な神殿へ入れるのだ。悪魔の子は殺さねばならない。そうしなければ、本当の悪魔(亜族)を呼び寄せて、大きな厄災を産む。

しかし、神殿長はその全ての誹謗中傷を跳ね除けた。

「外見が亜族と似ているからなんだ。彼らの両親は人族だ。人族から生まれたのは人族に違いない。人族の子を、同胞の子を殺すことがなぜ正義なのか。」

そう言って、忌子を匿ってくれた。

神殿長への恩は深い。神殿長への御恩に報いなくてはいけない。


「体の傷は魔力訓練の時のものや、魔獣駆除に駆り出された時のものも、ただ単に感情の吐口になった傷もある。

‥でも俺は、忌子の中では幸せな方だ。…命があるから」


食糧は国全体で不足していた。生きていることが罪のような忌子に与えられる食料は少ない。

空腹に耐えられなくて、厨房に忍び込み強かに打ちのめされたこともあった。

「本当の亜族は空気中の魔力だけでも生き延びられる。生命を維持するだけなら食べなくてもいい」

でも、カイジュールは人族として生まれた。食べなければ待っているのは飢え。

「だから、食べ物を得るために必死だった」

そこで覚えたのが気配を消す技術だった。気配を消して、厨房に忍び込む。厨房に食べ物がなければ、神殿の中に作られた畑で盗みを働いた。そうしなければ生きていけなかった。

「それに、大人に…忌子を嫌う大人に見つかれば暴力を受けた。もちろん、俺たち忌子を憐れんで施しをくれる人もいたけど、大半の大人は暴力を振るった」

だから、カイジュールは隠れていた。小さな体で受ける大人の暴力は命を失うことに繋がってしまうから。

「月に一度、魔力訓練と魔法陣を描くための訓練があった。それで読み書きを覚えた。魔法陣の才覚は乏しかったから、そのうち魔法陣を描く訓練には参加できなくなった」

訓練に参加すれば食糧がもらえた。だから、その場で手酷い暴力を受けても、魔力が尽きるまで訓練を課されても参加した。

「魔獣駆除にも参加した。魔法を打てる俺たちは戦力だったから」

魔獣駆除に参加すれば、大人の目を盗んで仕留めた獣を食べることができた。

でも、それも子供にはとても難しいことで。

「魔獣駆除に参加して死んだやつもいた。俺は幸運だった。怪我はしたけれど、命は助かった」

背中の火傷は、魔獣駆除の際に炎を操る魔獣にやられた傷だといった。

しかし、大半の傷は大人からの暴力によってできた物だ。


「俺が死ななかったのは神殿長様のお陰だ」

年に一度、神殿長との面談があった。面談に現れない子供のことを神殿長はひどく気にした。死んだというと激昂し、殺した人間を厳しく処罰した。

神殿長がその存在を許した忌子を殺すのは大罪。

そのような認識が、大人たちの間に広まった。

多少傷ついていようが神殿長は気にしなかった。神殿長が気にするのは生死だけ。生きてさえいれば、納得した。

「神殿長様がいなければ、俺はとっくの昔に死んでいた」


胸糞悪い。

誠一の感想はそれに尽きた。


神殿長という御仁はカイジュールたち忌子を匿ったが庇護はしなかった。理由を話すことなく、綺麗事だけを並べて。

食糧も不足し不満だらけの中、余計な荷物を背負いこむ。

不満の溜まった大人の中に、忌むべき存在の力の持たない子どもが放り投げられたらどうなる?


食料が乏しいなか、蔑む存在がいたとしたら。

それが自分を守るすべさえ持たない子どもだったら。

命を奪う以外は誰にも咎められないのなら。


死ななければ、何をしても許される。

不満をぶつけても手酷く痛めつけても、殺さなければそれでいい。


誠一の想像だが、神殿長もそう思っていたのではないか。

死ななければどうでもいい、と。

なぜ、忌むべき存在の亜族に近い容貌の子どもを匿ったか。

それは魔力があるからだろう。

聖女を召喚する魔法陣には膨大な魔力を必要とすることは想像に難くない。カイジュールだって言っていたではないか。魔法陣を起動した時、周りの人間は枯れ果てた、と。


人族には魔法は使えない。

魔法の使えない人族には魔法陣が起動できない。


だから、忌子を匿った。いつか来るであろう、聖女を召喚するときのための動力として。

物事はもう、人族では解決できない局面まで差し迫っていたから。


忌み、蔑み、殺しても構わない存在の忌子を匿って、「死なないからお前は幸せだ」と刷り込んで。

「神殿長への御恩」に報いるために力を尽くすコマを手に入れた。


カイジュールはかたくなに神殿長の言葉を繰り返す。

「神殿長への御恩を返さなければ」

その御恩を返す方法は一つだけ。

人より多い魔力を使って、聖女を招きエラント大国を救うこと。


(だけど、エラント大国の現状って自業自得っぽいよね)


カイジュールの国の話はこの国の田舎でもよく聞く話だ。

人が増えすぎて野生動物の住処を奪い、人に害のなす獣が山を降りてきた。人と獣の食料の奪い合いが始まり、それに人が負けている、ということだろう。

放っておいてもそのうち互いに適正量に調整されそうだ。

飢餓が来て、魔獣と人族の間引きがあってそのうち適正量になる。こちらの世界でも繰り返されていること。


この問題は聖女がいなくても解決はできる。

それまでの繁栄は手放さなければいけないが、生き残ることはできるだろう。


それなのに聖女を召喚するのは今の繁栄を手放したくないからだ。これまでのような生活を手放したくない者たちが聖女の力を欲する。

失ってもいいコマを使って、自分たちは高みから指示だけだして。



本当にくそだな、と誠一は舌打ちする。

カイジュールの神殿長崇拝は洗脳に近い。

「俺は神殿長へ御恩を返さなければいけない」

カイジュールの頑なな言葉がぽつりとこぼれて落ちる。


誠一はため息を落とした。

「カイジュール、さっきも言った通りね、俺は君にこっちの世界に残って欲しいと思っている。

そのための手段も考えてるよ。

でも、最初に約束した通り、二つの条件さえ守ってくれれば聖女探しに関してはこちらからは干渉はしない。

だから、君に考えてほしいんだ。これからのこと。もちろん、聖女を探しながらでもいい。

ただ、これだけは覚えておいて欲しい。

俺も砥草さんも君に安心して生活して欲しいと思っている。それには、子どもに暴力を振るう大人がいるあちらの世界では叶えられない。

俺は、君にこちらの世界で生きてほしい。君が安心して大人になれるよう、俺は努力するよ。だから」

カイジュールが目線で誠一の言葉を止めた。

「セイイチ、前も言ったかと思うが、俺はエラント大国ではすでに成人し、大人の一員だ。エラント大国で、忌子の俺が成人する事は奇跡に近い。

‥その奇跡を叶えてくれた神殿長に俺は必ず報いなければいけないんだ」

「そうか‥」

沈黙が落ちる。

「話は終わりか?」

カイジュールが立ち上がる。もう、この話はしたくない、というように。

「うーん。たくさん疑問もあるし、君をどうにか説得したいからね。まあ、またおいおい話をしよう。聖女を探すのは別に咎めないから。

あ、でも、外に出るのかぁ、それならね」


誠一は、カイジュールが若干引くくらい注意事項をまくし立てた。


「外に出るなら、車には絶対気をつけてね?ぶつかったら怪我で済まないこともあるからね?それと、知らない人に付いて行ったらだめだよ?!飴くれるって言ってもだめだからね?!君はとてもきれいだから変な人が寄ってきそうでかなり心配なんだよ。いい?人に声を掛けられても基本無視だからね?あの手合は言ったことを自分の良いように曲解して理解するから、基本話が通じないって考えて。それと、暗い場所や‘ここ気持ち悪い‘と感じたところには近づかないこと。ここいらは田舎でのんびりしてるけど、田舎は田舎の怖さがあるからね。いい?それと」

「わ、わかった。でも、俺には魔法があるから」

「人前で魔法を使っちゃいけません!いい?この世界には魔法はないんだよ!それなのにカイジュールが街中で魔法をぶっ飛ばしたらどうなると思う?きっと」

「わかった!魔法も使わないし、‥聖女を探しに外に出るのはもう少し後にする。まだ魔力の調整もできていないし‥。それに、トクササンにもセイイチと同じようなことを言われそうな気がする」

「聖女探し、後にするの?」

誠一は少しあっけにとられて聞くとカイジュールは頷いた。

「ようやくこちらの魔力と体が馴染んだだけで、まだまだ本調子ではないから。セイイチが言った事もちゃんと考えたい。セイイチにも、神殿長と同じくらい大きな恩義を感じている」


あらあらまあまあ!!

誠一はにやけてしまう顔をどうすることもできなかった。

カイジュールはテレを滲ませた顔を背けて立ち上がる。

「…もう、寝る」

「ああ、おやすみ。カイジュール」

「…おやすみ、なさい」


可愛い!!

誠一はカイジュールの去ったリビングで一人悶絶した。



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