5 ファンタジーはちょろい
その夜も、嫌がるカイジュールを風呂に叩き込んだ。なんでそんなに嫌がるのかわからない。上がってくると、血色の良い顔をしてぼんやりしているから、風呂自体は嫌いではないはずだと思う。
風呂上がりの水を渡すと、素直に受け取って無言のまま自室とした部屋へ入っていく。
まだ、カイジュールは自分から何かを欲求したりすることはないので、こちらが気を配って色々と世話を焼いてやらねばさまざまなことを我慢してしまう。
翌日。
午前中だけ時間休をとって、あれこれと世話を焼いた。
朝、部屋から出てくる気配のないカイジュールに声をかけ、朝ご飯を温め、食べさせる。朝の身だしなみを整えさせ、砥草さんに失礼のないように言い聞かせる。
カイジュールはまだ顔色が悪かった。口数も少なく無表情だが、時折、眉をグッと顰める。
いつもの時間に砥草さんが出勤してきた。
カイジュールと共に朝の挨拶をする。
カイジュールの態度は昨日とさほど変わらなかった。あいさつが済むと何も言わずに自室にこもってしまった。
「慣れるまでは仕方ありませんね」と砥草さんが笑ってくれるのが救いだ。
砥草さんと今後の業務内容の見直しをする。
「しばらくの間は今まで通り、10時からお昼までにしましょう。あの様子では、多分私が家にいることが彼のストレスになってしまいますから」
カイジュールを一人にするのが心配な誠一が、就業時間の延長を求めると砥草さんは首を振った。
「そういえばカイくんは昨日の晩御飯は食べられました?」
「あ、はい。少し足りなそうなくらいでした」
と昨日の様子を思い出して答えると、砥草さんはほんの少しだけ気の毒そうな顔をした。
「…あの痩せ具合では今まで、定期的にきちんとした食事をしていないと思うんです。ですから、多分、満腹感を本人自身が把握できないと思うんですよね。だから、慣れるまではこちらで管理してあげないと胃腸に負担がかかってしまうと思います。
これから朝昼晩、おやつまでちゃんと用意する予定です。そうすれば本人も自分の適量を把握できるようになると思うので、早く肥えさせたいのはわかりますが、それまではあまりたべさせないでくださいね」
夜食だなんだと食べさせてたこととが筒抜けだった。夜食を食べた後、カイジュールがトイレの住人になっていることもお見通しらしい。
「はい、すみません」
しおしおと謝ると砥草さんは、ふふ、と軽く笑った。
「しばらくは私は彼に構いませんね。いないものとして過ごします。今日も客間の掃除はしませんが、明日はしますから。あとでカイくんに私が部屋に入ることを言っておいてください」
あとは、と砥草さんが思案する。
「私がいなければ少しは話をするんですか?」
誠一が頷くと、砥草さんは安心したように頬を緩める。
「そう、なら大丈夫ですね。表情を出さないからわかりにくいですけど、顔色が悪いし、辛いのを我慢している様子だから心配をしていたんですよ。でも、剣崎さんと話をしているなら大丈夫ですね。病院に行く予定は?」
砥草さんの言葉に誠一は冷や汗をかく。彼の体調なんてあまり考えてなかった。初めて会った時から具合が悪そうだし、初めて会った時から痩せぼそっていたし。そもそも、異世界の人だから病院に連れていくという発想自体なかった。と、いうか、医者は贅沢だと言ってたし。
「…病院は…」
「彼の状態では素直に病院へ行くとは思えませんね。ただ、精密検査は必要だと思いますよ。彼の状態は普通ではありません。しかも成長期でしょう?…どんな影響が及ぼしているか…。今は剣崎さんしかカイくんとコミュニケーションを取れる人がいないので、よく見てあげてくださいね」
はい、と素直に頷くしかできない。
「あとは、剣崎の弁護士さんがいろいろ彼について調査してくれていると思うので、私はこれまで通り仕事をします。業務内容の変更などは都度、行いましょう。あまり長いことあの子のことを会社に内緒にしておくのは難しいので、剣崎さんから早めにうちの社長へ連絡してくださいね、色々面倒な人なので」
砥草さんが掃除道具を持って立ち上がる。本日の業務開始とするようだ。
誠一はカイジュールの部屋をノックする。
しかし、返事はない。
「カイくん?開けるよ?」
開けるとカイジュールの姿がない。少し焦って、カイくん?と声をかけるとクローゼットのドアが少しだけ開いた。カイジュールがクローゼットの隙間から覗いている。
「びっくりした。出ておいで」
しかし、カイジュールは動こうとはしなかった。
「まあ、いいや。砥草さんが言ってたんだけど、具合が悪いのか?」
カイジュールは答えない。
「…昨日も言ったけど、俺は細やかな性格じゃないからね、言われなきゃわからないんだ。具合が悪いなら病院に行くとか、薬を飲むとか治す方法があるから言ってほしい。二日続けて下痢になっているから、体力も消耗してるだろう?体調によって対応する方法が違うから、ちゃんと言ってくれなくちゃ」
「…少し、こっちの世界に慣れるまでに時間がかかるようだ。しばらくすれば元に戻る」
カイジュールはクローゼットの中に隠れたまま答えた。
誠一はカイジュールの潜むクローゼットの前に座ると、頭を掻いた。
「さっき、砥草さんに叱られてさ。君、二日続けて下痢しただろ?それ、俺が食べさせすぎたのが原因みたい。夜食が悪かったらしいよ。これからは、決まった時間に砥草さんが用意してくれたものを食べよう。
食べても、全部出してしまったら意味ないもんな」
カイジュールは沈黙を保っている。
「それと、今日は砥草さんはこの部屋はノータッチにしてくれるって言ったけど、明日からは掃除するためにこの部屋にも入るって。シーツの交換と部屋の掃除と換気をするから、心しておいて。そして、早めに砥草さんにも慣れてください」
「…わかった」
「あとは、隠れてないで出ておいで。心臓に悪いから」
それにはカイジュールは答えない。
「じゃあ、そろそろ俺は会社に行くわ。できれば砥草さんに挨拶してほしいけど無理しないでいい。5時半には帰るから体を休ませておくんだよ」
「セイイチ…5時半とは?」
時間の概念の説明から、時計の読み方まで懇切丁寧に教えることとなった。
仕事を終えて家に帰ると、家は真っ暗だった。
砥草さんからは、砥草さんの帰宅時にメッセージが届いていたが、カイジュールはあのあと部屋から出ることなく、その気配もなかったらしい。
気配のない部屋に、ただいまと声をかけても応答はない。
軽いため息を吐いてリビングの明かりをつける。
夕飯を温め直して、セッテングしてもカイジュールは出てこない。
少し、イライラして誠一は声を上げた。
「カイジュール!出てこないなら、夕飯はいらない、と解釈するからね!夜食もなし!!」
かすかにドアの開閉の音がして、ダイニング兼リビングにカイジュールが顔を出す。
無表情なのに眉毛が下がっている感じがする。
「…座って」
促すと、しぶしぶ、しかし素直に席に着く。
「カイジュール、これから俺らは一緒に暮らすことになる。どのくらいの期間になるかはわからない。だから、ルールを決めよう」
誠一はカイジュールに指を三つたてて見せた。
朝と誠一が帰宅したら必ず顔を見せること。
呼んだらきちんと返事をして、できれば顔を見せること。
規則正しくきちんとした生活を送ること。
「これだけはきちんと守ってほしい」
カイジュールは、少し迷うようなそぶりをしたがかすかに頷いた。
「じゃあ、約束ね。カイジュールから俺に言うことはない?」
カイジュールは首を振る。
「じゃあ、ご飯を食べようか」
食べながらカイジュールの様子を窺う。顔色はまだ悪い。元々色は白いようだが、白いと言うより青い。
眉間の皺は普段から深く刻まれていて、呼吸も浅く感じた。
カイジュールの体調は万全ではないようだ。
この世界と元の世界では何かが違い、その何かがカイジュールに悪影響を及ぼしているのだろうか。
よくある設定だが、目の前にそれで苦しんでいる存在がいるから笑い話にできない。
彼の世界とこの世界の違いは…魔力?
誠一はそこまで考えて、真顔になる。
病院に連れてって、「魔力が、魔力がないんですっ」とでも医者に言うのか?
誠一が別の病院に連れて行かれてしまうだろう。
誠一は、もくもくと食事をするカイジュールを見る。
相変わらず、食べっぷりはいい。
食欲があって、ご飯がちゃんと食べられてるなら、大丈夫かな。と根拠もなく考える。
食事が終わり、誠一はルーティンワークとなっている魔法陣のイラスト作成に取り掛かろうとして、やめた。気分が乗らない。魔法陣の作成依頼は何件か入っているが、納期はまだあるので少し休もう。
カイジュールは食事を終えると自室に戻った。また、気配がなくなって、誠一は静かな家の中でぼんやりと考える。
カイジュールのこれからを。
彼は、聖女を探し元の世界に連れ帰るという。
しかし、その方法はあるのだろうか。
そして、聖女を探す術は?
元の世界に帰ったとして、カイジュールに居場所はあるのか。
彼は虐げられていたことが一目でわかる。それは元の世界で疎んじられ、彼の命はとても軽いことが窺われた。彼の体についている傷は、命が奪われても不思議ではないほどのものだ。
それは、彼が死んでしまっても構わない、ということだろう。
それに、扉に隔たれているとはいえ、こんなに完璧に気配を消すことができるのだろうか、ということも疑問だった。かすかな物音すらしない。
キッチンのシンクにある二人分の食器がなければ、カイジュールの存在があることすら忘れてしまいそうだ。
カイジュールは誰かに見つかれば殺されるかもしれない生活を送ってきたであろうことは想像に難くなかった。
子どもが、食べ物もろくに与えられず、家の中にも入れず、誰かに見つかれば命が脅かされる。
そんな世界に帰すのか?
そこまで考えて誠一は、首を振る。
カイジュールは元の世界では成人をしていると言っていた。それなら、これは誠一が考えることではないだろう。カイジュールが自分で考え、自分で選ばなければならない。
自分は、彼が聖女を探す間、衣食住の面倒を見るだけだ。それ以上は誠一の仕事ではない。
(とは、いえ)
こちらの世界ではカイジュールはまだ子どもだ。子どもは庇護しなければならない。
(こちらの世界にいる間だけは、安心して暮らせるようにするくらいはいい…よな)
その日、風呂に入るように声をかけると少しだけ嫌な顔をしたカイジュールはきちんと自分の着替えを持って素直に風呂に入っていった。
(まあ、ゆっくりこの世界に馴染んでもらうのが先決だな。精神的にも身体的にも)
次の日から、誠一は日常に戻った。
砥草さんも通常通りの業務内容で就業してもらう。
カイジュールについてはいないものとして扱ってもらうことにした。そっちの方がカイジュールは安心だろう。
多分、カイジュールは砥草さんが怖いのだ。
砥草さんも、仕方がない、とでも言うように笑って、「うちの思春期と同じように接しますね」と請け負ってくれた。砥草さんの思春期の息子さんも面倒臭くて、話しかけるだけで怒るという。今は当たらず障らず、親として言わなければならないことしか話さないようにしていると言っていた。
二日、三日と穏やかに時間は流れる。カイジュールはきちんとルールを守ってくれている。
朝と帰宅時は顔を見せて、一緒に食事をする。一方的に誠一が話しているだけだが、少しだけなら会話もある。
顔色はまだ悪い。話をしていると時折、眉間の皺を深めて何かに耐える様子を見せる。呼吸も浅く早いように感じる。しかし、必死にそれを隠そうとしているから、誠一はあえて触れなかった。
食欲もある。
夜食の誠一スペシャルをやめてからお腹を壊している様子もない。
砥草さんの用意した昼食も間食もきちんと食べているようだ。
砥草さんには姿を見せないらしい。
それでも、砥草さんは気にしないことにしたようだ。
「毎日、カイくんの部屋を掃除するんですが、全く気配がないんですよね。感心するくらい。でも、少し悔しいので、話しかけながら掃除してますよ。今日は天気がいいわね、とか、好きなおやつはあった?とか、今日の晩御飯のリクエストはある?なんて。返事は一切ないんですが」
それはそれで楽しいらしい。
「まるで警戒して全然懐かない猫を相手にしてるみたいですよ」と。
夕方帰っても、明かりがついていることはない。家に入ってカイジュールの部屋に向かって声をかけると、恐る恐ると言うようにカイジュールは出てくる。
安堵するような気配がするのが少しだけ切ない。
警戒心が強い猫、と言うのは言い得て妙だな、と感心した。
また少し日にちが経った頃食事をしながら、誠一はカイジュールにお願いをした。
「カイジュール、頼みがあるんだけど」
と前置きして、依頼をする。
暗くなったら家の明かりをつけてほしいこと。
「暗い家に帰るのは慣れてるけど、今は一人じゃないだろ?家の明かりが見えれば君に異常がないことがわかるからできれば暗くなったら電気をつけてほしい。明るい方が君だって生活しやすいだろ?」
カイジュールは戸惑った顔をする。
「…明かりを灯せば居場所がわかる」
「…ここは君のいた世界じゃない。今、君がここにいることを知ってるのは俺と砥草さんだけだ。
君の世界から誰か来ることも考えられないんじゃない?
砥草さんは昼には帰るし、危険はないのはもうわかっただろう?だから、できれば明かりをつけて。スイッチの入れ方は教えただろ?それが難しかったら、俺が帰る時間になったら玄関の明かりだけでもつけてほしい」
「…わかった」
「それと、カイジュールは朝も夜も無言だろ?親しき間にも礼儀あり。挨拶はきちんとしよう」
カイジュールは珍しく困った顔をした。
「セイイチ、挨拶って、なんだ?」
ああ、そこからなんだ。
誠一は遠い目をした。
「カイジュールはどんな生活をしていたのかな…」
「…できるだけ見つからないように、していた」
それだけで察した。察してしまった。
基本的なルールを決めてゆっくりと生活を繰り返す。カイジュールにはできないことも、できるけれど戸惑うこともあるようだ。
特に無防備になる風呂はなかなか慣れないようだ。ただ、気持ちいいと言うことはわかって、どちらかといえば好きらしい。
この生活が安全だとカイジュールに示すにはどうしたらいいだろう、と誠一は考える。結論はすぐに出た。
いつもの生活を淡々といつも通りに繰り返すのが一番の近道だ、と。
いくら安心だと言葉を尽くしたって、彼が実感として感じなければその言葉は彼の心を素通りしてしまうだろう。
だから、繰り返す毎日の中で、それを理解させていくのが一番いい。
砥草さんも同じ考えのようだった。
カイジュールが異世界から来たなんてことは話してはいないが、彼の状態から、子どもが暮らすには過酷すぎる状況で育ったことを察してくれている。
「きっと、誰かに見つかることが怖いんだと思うんですよね。そんなことを感じるくらい、彼は隠れるのが上手ですから。こちらから声がけは続けますけど、カイくんからの返事は期待しません。もし、彼から話しかけられても淡々と対応します。それがきっと、一番いいと思うんですよね」
日々は淡々とすぎる。
しかし、警戒心の強い猫はなかなか慣れない。
約束は守ってくれるようになった。
お願いをした初日は玄関の明かりだけがついていた。二日目も。三日目、四日目と過ぎ、週が明けた月曜日、帰ると玄関の灯りとリビングの明かりがついていた。
明かりがついている家に帰ってくることに安堵することを誠一も忘れていた。
おはよう、おやすみ、おかえり。基本的なこの世界のあいさつを教えると、カイジュールは戸惑いながら、拙くあいさつをしてくれるようになった。
おかえり、は難しいらしくなかなか聞けないが、おはようとおやすみはきちんと言ってくれるようになった。誠一も、随分と久しぶりにおはようとおやすみの挨拶を誰かと交わす。少し前までは、誰かと暮らすことに鬱陶しさを感じていたが、案外、悪くなかった。
淡々と過ごす穏やかな日々にカイジュールの警戒も薄れていくようだった。体調もはじめの頃に比べるといいらしく、顔色もだんだんと良くなり、眉間の皺も消えていった。
家に帰るとおかえりの言葉はないが玄関で出迎えてくれる。夕飯を温め直しているとソワソワとキッチンを覗く。ご飯を食べる時には、短いながらも会話を続けることもできるようになった。
会話と言っても、
「今日のお昼はなんだった?俺は会社近くの定食屋でカツ丼食べた」
「カツ丼、とは?」
「肉を油で揚げたやつを醤油で煮て卵かけたやつ。ご飯に乗せて食べるんだ」
想像ができなかったらしいカイジュールが眉間に皺を刻んで首を傾げる。
「…それはうまいのか?」
「うまいよ。こんど砥草さんに作ってもらおっか」
またある日は、
「今日の砥草さんのおやつはなんだったの?なんかカイジュールは甘いものが好きらしいって聞いたんだけど」
「…よくわからない…」
「どんな形状のもの?」
「ふわふわしたものの中に黒い何かが入っていた。泥だと思ったら、甘くて、」
美味しかったらしい。泥かと思ったのに食べたのか、と苦笑する。
「あんぱんかなー。俺、しばらくあんぱん食べてないな。ヤバい、食べたくなってきた。牛乳と合うんだよなー。コンビニ行ってこようかな」
「たしかに、あれは牛乳と合う」
カイジュールも食べたそうにしている。
「そういえば決めた量以上食べちゃいけませんって砥草さんに叱れたんだ…やめといた方がよさそうかな。カイジュールの胃腸がまた壊れたらいやだもんね」
お腹を壊す苦しみを思い出したのか、カイジュールが沈黙する。
そんな中身のないくだらない話をする。誰かと会話しながらする食事は楽しかった。カイジュールとの生活は誠一にも潤いを与えてくれていた。
誠一にはだいぶ慣れてきた。砥草さんにはまだ、歩み寄りはゆっくりだ。
しかし、時間はゆっくりとしかし着実にカイジュールの心を開かせる。
砥草さんがきても気配を完璧に消していたカイジュールだが、ある日突然、砥草さんが出勤すると自室から顔を出して挨拶をしたらしい。
SNSに、「カイくんが挨拶をしてくれました」と砥草さんからメッセージが入っていた。砥草さん初のスタンプ入りだった。スタンプは、ハートが乱舞したものだった。
それから、砥草さんからのメッセージが頻繁になった。
「おうちに伺うと必ず顔を見せてくれるようになりました。部屋に入っても、隠れていません」
「顔を見せてくれるようになったので、10時にもおやつを出すことにしました。餌付けです」
「一緒にお茶の時間を過ごせるようになりました。私が一方的に話かけているだけですが、楽しいお茶会です」
「初めて、美味しかったと言ってくれました」
「カツ丼を食べてみたいそうなので、今晩はカツ丼にします。最後の仕上げの卵は剣崎さんが入れてくださいね」
「蒸しパンを作ってあげたら、ふわふわだと驚いていました。可愛いので、次はふわふわのホットケーキを作ります」
「今日はコンロの使い方を聞かれました。剣崎さんが帰る前にご飯を温め直したいそうです。コンロはまだ怖いので、レンジの使い方を教えます」
「ようやく、警戒を解いて、懐いてくれたみたいです」
にっこりと笑う、楽しそうなスタンプと共にメッセージが届く。
誠一との会話も増える。
砥草さんにリクエストをしたカツ丼にカイジュールは目を丸くする。
思っていたのと全く違ったらしい。
「カイジュールはどんなの想像してたの」
「…説明できない」
おやつを誠一のために取っておいてくれたこともあった。
理由を聞くと、
「前にトクササンのおやつを食べてみたいからと言っていたから」
と誠一から視線を外して小さな消え入りそうな声で言った。
カイジュールの言動が可愛くてニヤニヤすると、その表情に気を悪くしたのか、ふい、とリビングを出ていってしまう。そのあと、一生懸命に謝罪して、一緒に残したおやつを食べた。
行動は可愛いのに態度はそっけない。
こちらを反応を見ながら距離を縮めるその様子は本当に警戒心の強い猫のようだ。




