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18 砥草 春陽くんのお話

母さんが、子どもを引き取りたいと言い出したのは、学校祭が終わってすぐのことだ。

直接聞いたわけではない。夜中のリビング、父さんと話し合っている時に、リビングの前を通りかかった。


引き取りたい、と聞いたとき目に浮かんだのは、整いすぎて気に入らない顔をした、あの無表情な男だ。子どもという年齢には見えなかったけれど、なぜか危なっかしい空気をしてた。端的に言い表すとしたら「やべーやつ」だ。


初めてアイツに会った時のことを思い出す。


アイツに会ったのは高校との共催の学校祭だった。来なくてもいいのに、「中学最後だから」と母さんと父さんが張り切ってやってきた。それだけでもうざったいのに、「お母さんの仕事の依頼主とその人が世話をしている子」だと、「剣崎さん」と「カイくん」を紹介された。


剣崎さんは親しみやすそうな人だった。にこにこと優しく笑っていて、言葉遣いもやさしい。こっちが子どもなのに、大人相手のようにきちんと話をしてくれていた。すごく人当たりのいいおじさんだな、と思った。


でも「カイくん」は怖かった。無表情なのは別にいい。でも、怖かったのは目だ。全部が敵、というように周りをみている。その目は世の中恨んでいる系でも、よくいる「世の中全部敵だ」と思い込んでる系でもない。気を抜けば誰かに殺される、と本気で思っている奴の目だ、と直感で思った。


「やべーやつだ」と「関わり合いになるな」と脊髄で感じた。


だから、会釈だけしてすぐに逃げた。怖かった。


友人たちは遠巻きに俺たちを見ていたらしく、戻った俺にカイのことを聞いてきた。遠目で見るとただただきれいな人に見えるらしい。あれだれ?だの、男か?だの聞かれた。

「なあ、あの人って深雪さんの親戚かなんか?すごく似てない?」といったのは雄太だったか蒼大だったか。

そういえば、深雪さんによく似てるな、とその場は大騒ぎになった。


深雪さんにどこが似てるっていうんだ、と俺はひややかに見ていた。全然違うだろう。深雪さんはあんなヤバそうな雰囲気はしていない。


深雪さんはこの学校で有名な人だ。まだ、合格者がでていない東京の難関校に合格間違いなしと周囲から猛圧力をかけられていたのに平然と受け流し、受験日直前にインフルエンザで撃沈。普通ならあれだけ圧力をかけられていて受験に失敗したら地元にはいられない。それなのに、平然と地元の高校を選んだ。


超然とした姿勢は近寄りがたいのに、周りには自然と人が集まっている。自然に人に慕われる、そんな不思議な人だ。


美しさにも評判が高く、所作もひどく美しい。流れるような、舞うような典雅な身のこなしをする。


あの深雪さんとカイが似ているわけがない。それなのになぜかすこしだけ「確かに似ている」と思ってしまった。


午前中の展示の当番を終え(母さんと父さんが来て、友人たちに「春陽がお世話になっています」というのには参った。親はいつも余計なことをする。恥ずかしい)友人と高等部の模擬店にいた時だった。


急に窓の外が暗くなったと感じたとたん、悲鳴が外から聞こえた。慌てて窓辺によると、いままで雲一つない晴天だった空に黒く重そうな雲が広がり、そこから大小さまざまなつむじ風が発生していた。巻き上げられる幟や椅子、そしてテーブル。


「中庭にいる人は校舎内に避難してください。校舎内にいる人は窓に寄らないように!」

緊急放送が流れて騒然となる。


「なあ、あの空なんであんなに赤いんだ!?」

陽心が空を見上げて叫んだ。空を見上げるが見えるのは、暗く重い雲だけだ。赤くなんてない。

「なんでみんなわかんないんだ?真っ赤だぞ、怖い!」

陽心はパニックに陥っていた。友人たちみんなでなだめる。空は赤くなんてない、雲が広がっているだけだ。光の加減で赤く見えるんだ。


あとで知った話だが、何人かは陽心のように空が赤いと取り乱した奴がいたらしい。


竜巻はすぐにやみ、重暗い雲も有ったことが嘘のように元の晴れやかな空に戻った。空が変わったのは2,3分位の短い時間だったせいだろうか。竜巻の被害はほとんどなかった。椅子やテーブル、幟を巻き上げただけで人的被害はなかった。学校祭が中止になるかもと危惧されたがそのまま続けられた。中学最後の学校祭を目いっぱい楽しむ。


母さんがおかしくなったのは、水曜日だった。月・火は俺が学校祭の振替休日だったから母さんは仕事を休んでいた。一人でも大丈夫だからと断固として拒否したのに「一人にしたらなにするかわからないでしょ!」と押し切られた。気分が悪くて2日とも部屋に引きこもって、母さんとは口をきかなかった。

水曜日、学校から帰るといつもは家にいるはずの母さんがいなかった。遅くても夕飯までには帰ってくるのに、帰ってこない。ご飯の支度もない。


何やってんだよ、と悪態を付きながら冷蔵庫を漁っていると疲れ切った母さんが帰ってきた。父さんも一緒だった。なぜか、一番上の兄さんまで。

「ごめんね春陽。おなかすいたわよね。わるいんだけど、達也と一緒にご飯済ませてきてくれるかしら?達也、これで」

「いいよ。俺が出すから、春陽行こうぜ」

ラッキー。うちは父さんが家事代行サービスを経営し、母さんも現役で家政婦をしているから外食の機会があまりない。

父さんも母さんも料理上手で料理好きだからだ。普段は母さんは作るが、母さんが疲れている時には父さんが作る。兄さんたちは「店で食べるより母さんや父さんの作った料理のほうがうまい」というけれど、俺は外食が嬉しい。しかも、兄さんとふたりだから、親と一緒にいくより断然に気楽だった。


という話をすると兄さんは苦笑した。

「春陽も大きくなったんだな」とか止めて欲しい。


兄さんと俺は10歳以上も離れている。兄さんは母さんの連れ子で、俺は父さんと母さんの子どもだ。兄さんは小さい時から俺のことをかわいがってくれていて頼りになる。成績も優秀で、有名な企業KENZAKIに入社してばりばりと働いている。自慢の兄さんだ。


いつもは東京に住んでいるのに、今日はこっちに出張に来たみたいだ。社長や常務を乗せて来たんだといっていた。KENNZAKIは世界に名の知れた企業だ。そんな会社の社長や常務と面識があるってすごくないか?やっぱり兄さんはすごいと鼻が高い。


学校の話や友達の話、進路の相談なんかして家に帰ると、家の中が少しおかしかった。父さんと母さんがぎくしゃくしている。いつもは「少しは人目を憚れよ」と思うくらい仲がいいのに。


普段が仲良すぎだから、こういう時困るんだよなと俺は不愉快になる。夫婦喧嘩なら気づかれないようにやってくれ。


翌朝も父さんと母さんはギクシャクとしていた。気詰まりしていつもより早く家を出た。


その日、学校もざわめいていた。なんだ、と思っているとなんと、深雪さんが友人と中学に顔を出していたのだ。それはざわめくよね、と他人事のように思っていると、深雪さんが俺に近づいてきた。


「ねえ、あなた砥草春陽くんよね?あなたカイジュールさんという方、知っている?」

カイジュール?と首をかしげる。なぜかカイの顔が浮かんだ。でもそんな洋風な名前ではなかったし、すごくきれいな顔はしてたけど、外国人のような容貌はしていなかった・・はず。まあ、怖くて目も合わせられなかったんだけど。


深雪さんは自分の顔を指さす。

「私にそっくりなんだけど」

「それって砥草の母さんが連れてきてた人じゃない?」と雄太が余計なことをいった。

「・・・会ったのはカイって人です。あとは剣崎さん」

「その人の連絡先を教えて!お願い!」

深雪さんがすごい勢いで食いついてきた。

「え、でも母さんの仕事先の人だから・・・」

「じゃあ、お母様にお願いします。お家に伺ってもいいかしら」

「いや・・」

父さんと喧嘩していた母さんは多分機嫌が悪いか悲観的になっているはず。どちらにしても話しかけるのは面倒だ。

「お願い!私の人生がかかっているの!」

深雪さんの勢いに押されて、気が付けばうなずいていた。


帰宅するといつもどおり、母さんは家にいた。でも、なぜか心ここにあらずって感じだ。夕飯の支度をする時間になってもそわそわとしている。


なんだろう。すごく不快だ。

「お母さん」

話しかけると母さんがびっくりしたように振り向いた。

なんだよ、と驚かれたことに腹がたつ。

もう用件だけ話して自室にすぐに戻ろう。

「ねえ、こないだ会ったカイって人、深雪さんと親戚かなんかなの?深雪さんに会いたいって言われた」

母さんがはっとする。

「深雪さんって市議の?」

「そう、その孫。なんか自分にそっくりだったから会ってみたいんだって」

人生がかかってるって言っていたな、と思い出す。そんな大げさな。

「ねえ、いいの?だめなの?明日には返事するって言っちゃったんだけど」

「・・・ちょっと剣崎さんに伺ってみるわね」

母さんはスマホを操る。

「春陽、剣崎さんが深雪さんにお会いしたいそうなの。明日、学校が終わったら落ち合いましょう」

「え?お母さんもくるの?」

「当り前よ。あなた剣崎さんの顔、覚えてるの?」

たしかにぼんやりとしかおぼえていない。

「・・カイさんのほうは覚えているよ」

だってすごくヤバかったから。

「‥カイくん、今ちょっと‥。深雪さんならなにかご存じかも」

いないのかな?

でもあんなヤバいやついなくなるならちょうどいいんじゃないか?


次の日、母さんとは駅で落ち合った。同級生に見られないかすごく心配だった。見られたら恥ずかしいし、腹が立つ。剣崎さんがいてくれるからまだましだけど。深雪さんもすぐに待ち合わせ場所の駅に来てくれた。


剣崎さんに会って、あれ?と思った。こんなにカサカサなひとだったっけ?潤いがだいぶ足りない。なんていうか水分だけ抜けた‥干からびた感じ。


4人でファミレスに入る。入るまでは深雪さんの隣を歩いていたのに、席をなぜか二手に分けて、母さんと座ることになった。なんでだよ。これならひとりで座るよ。


しかし、そんなことをいう雰囲気ではないことは察せられたので黙って母さんと同じボックス席にすわった。腹が減ったので普通にハンバーグを頼むと母さんに「夕飯前なのに」と窘められる。うるさい。ちゃんと夕飯も食べるからいいだろうが。


深雪さんと剣崎さんの会話は聞こえない。ただ、とても深刻そうだ。母さんもじれったそうにそちらを伺いみている。

「せいじょ・・・・!!!」

突然深雪さんの声が響いた。剣崎さんが慌てて、こっちを見る。

今、聖女っていった?なに?ラノベの話?


二人はそのあと少し話し込んでいたけれど立ち上がった。剣崎さんは母さんと二、三話をすると、「深雪さんを送ってきます」と出て行った。


俺が送りたかったのに。剣崎さんっていい人かと思ったけどただのエロいおっさんじゃん。高校生に手を出そうとするなんてサイテー。


「ねえ、春陽?母さんちょっと剣崎さんのお宅に寄ってから帰るわ。遅くなるからって父さんに言ってもらえるかしら」

なにか思いつめたような顔をして母さんが振り向いた。

「いいけど。なんで?」

母さんの仕事は今日はもう終わっているんじゃないの?なんで剣崎さん家に行く必要があるの?

父さんと母さんがぎくしゃくしている今朝の様子を思い出す。

なんで?

その時、俺のスマホがSNSのメッセージを告げた。深雪さんからだ。

”剣崎さんのお宅に伺いたいと思いますが、二人だとあらぬ疑いをかけられそうなので、砥草くんも一緒にいきませんか?できればお母様にもいてほしいです”

なんだよ。むっつりとしたまま、なにも言わずに母さんにトーク画面を見せると母さんはわかりました、と伝えて。と言って足早に歩き出した。


剣崎さんの家は普通だった。平屋の一戸建て。週5で母さんを雇っているからすごい金持ちなのかな、と思ってたのになんか拍子抜け。母さんは慣れた様子で家に入ると、リビングを焦って開けるが、すぐに落胆する。

「そうよね・・」とつぶやいているので大方、カイというやつが帰っているかもと期待したんだろう。黙って自分の意志で出てった奴が帰ってくるかっての。そんなことより通帳や金目の物がなくなってないか確認するのが先だろ?盗みに入るためにはいりこんでいたかもしんないじゃん。


母さんはお湯を沸かし始める。すぐに剣崎さんと深雪さんが帰ってきて、母さんと少し話すと剣崎さんの自室に入っていった。


なにやるんだか。エロじじい。

舌打ちしたい気分だった。


お湯の沸く音が聞こえて母さんがお茶を淹れる。剣崎さんと深雪さんにはお茶を断られていたから、俺の分なんだろう。


母さんのお茶は少し甘くて少し好きだ。じぶんで淹れても甘くならない。

静かだった。

そういえば静かに母さんと一緒にいる時間って久しぶりだと思う。家にいると余計なことをごちゃごちゃ言ってくるから、うざくて自分の部屋からあまり出ない。話をする気にもなれない。

いつも気持ちが苛立ってる。一人じゃなにもできないのはわかっているけど、親に口を出されるのはすごくいやだ。

いわゆる反抗期というやつだ。自覚はしている。


でも、そろそろこの時期を脱したいとも思っているんだ。だってすごく子どもっぽいじゃないか。きっかけがあれば、と思う。もう少し素直に。達也兄さんみたいにいつでも余裕を持って母さんにも接したいんだけど。難しい。

母さんは心ここにあらずって感じだ。いつもならうるさいくらいに話しかけてくるのに。


カイってやつを待ってるんだろうな、と思う。

母さんが母さんじゃないようで、俺は少し怖くなる。

母さんがカイに盗られる。


ちいさな子どものような考えに、自分で自分にびっくりした。


インターホンが鳴った。母さんが画面を覗き込んで、駆け出した。

「カイくん!」

玄関をのぞくと、すごく顔色が悪いっていうか、一目で「やばい」と感じる顔色の、干からびたカイが母さんに倒れこんでいた。

「カイくん、カイくん」

「・・・トクサさん、た、ただいま」

それだけ言うとカイは意識を失ったようだ。

剣崎さんは自室の前でうずくまって唸っていた。腰が、とうわごとのように繰り返している。深雪さんは、美しく泣いていた。


そのあとは、カイを母さんからひっぺはがし、おろおろする母さんは使い物にならなくて、父さんを呼んだ。救急車は母さんと剣崎さんにすごい剣幕で拒否された。

…カイって人、俺の目で見ても命にかかわるよな?


そのあとも一波乱あった。意識を失っていたはずのカイの大立ち回りはまさに火事場の馬鹿力って感じだった。


そして、てんやわんやがあって冒頭のシーンである。

おれは静かにリビングにはいっていった。母さんが怯えるみたいに俺を見た。腹が立ったが怒っちゃだめだ。

「母さん、引き取りたい子ってカイさん?」

母さんが頷く。

「そう。とて恵まれない境遇にいて。今もまだ昏睡状態で。あの子に人並みのことを教えてあげたいの」

なんか知ってた。普通に生きてたらあんな目にはならない。本気で殺られるまえに殺るなんて目には。あんな顔色で、体中の水分が全部抜けたみたいな体で動こうとはしない。動かないと殺される、と知ってるから必死で逃げてきたんだ。


普通の環境で生きてきたやつじゃない。母さんの気持ちもわかる。いざというときにぎっくり腰で動けない奴のそばに置くのも不安なんだろう。


「俺はいやだよ。それに、なんかしてあげたいって引き取っても上手くいくかな。急に家族の中に入れて、カイって奴は納得すんの?俺ならやだよ。自分だけ違うって思い知らされるだけだから」


素直に自分の気持ちを話すのは久しぶりだった。いつもは邪魔する「恥ずかしい」や「腹が立つ」を腹の中に押し込めて、達也兄さんみたいに余裕を持てるように。


「父さんも春陽と同じ意見だ」

父さんの言葉に母さんは父さんと俺を交互に見て、そう、と呟いた。

あ、あきらめてないな、と感じたのは父さんも同じだったみたいだ。


カイって奴は二日も昏睡状態だったらしい。ちなみに剣崎さんは軽度のぎっくり腰だ。入院中、母さんは毎日病院に行っていた。合間に剣崎さん家に行ってたらしい。


カイの話は詳しいことはわからない。母さんは話してくれないし、父さんは「今はまだ関係ないだろ?」とそっぽをむく。一つだけわかることは、カイは剣崎さんちにこれからもずっと暮らして、母さんも今まで通り、剣崎さんちで家政婦をするってことだ。


カイが増えただけで、これまで通りなんだ。


ただ、俺の周りで一つ変わったことは、俺の反抗期が少しだけ終わったこと。母さんとの会話が戻っただけだ。


カイってやつに母さんを盗られてたまるか、と思う。


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