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17 ファンタジーはおしまい

二日の昏睡状態、一週間の入院を経てカイジュールはようやく家へ帰ってきた。

健康保険証がないと入院費ってあんなに莫大になるんだなーと少し遠い目になる。

誠一の軽度のぎっくり腰とあわせると今月は医療費だけで結構な出費だ。


あの後、砥草さんに呼び出された湯川医師はカイジュールの状態を見るなり、問答無用で救急車を呼んだ。

湯川医師はカイジュールの状態を確認しようとして振りほどかれ、注射をしようとして殴られそうになった。


こんな状態なのにどうして意識があるんだ、と怒りと混乱で湯川医師が叫び、カイジュールはカイジュールで、見たこともない何か(注射)を見て、さらに知らない人に腕をとられ恐慌状態に陥り、刺された注射を振り払い、腕から血を流して、荒い息を吐いて抵抗する。


誠一の制止も耳に届かないほど興奮していたのに、「カイジュールさん!」という深雪の声に反応したのは腑に落ちない。


誠一がカイジュールを宥め、砥草さんがおろおろし、深雪と春陽が青い顔で呆然とする。湯川は、私の手に負えない、と匙を投げた。


カイジュールもそこが限界だったのだろう。


誠一はカイジュールの体を抑えると、虚ろな視線を自分にむけるように頬を両手で挟む。

それで、目がようやく合った。

大きな不安と混乱を宿した目が誠一を見た。

「カイジュール、落ち着いて。もう、大丈夫だから」

そう、囁いた瞬間、カイジュールは糸が切れたように意識を失った。


そのまま病院へ運ばれ、入院。


誠一も同じ病院の整形外科に運ばれて診断を受けた。ぎっくり腰だった。すごく痛いのに、うめき声しか出ないほど痛いのに、軽度だといわれて腑に落ちない。


カイジュールが昏睡中、病院から虐待の容疑をかけられた。それは仕方がないと思う。通報で来た警察にも、児童福祉相談所にも散々尋問された。

ぎっくり腰でつらいなか、長時間の座位は拷問を掛けられているような気がした。


警察に連行されそうになったが、カイジュールが目を覚ましたらまたひと悶着を起こす予感しかなく目が覚めるまでは側に居ると言い張った。砥草さんも加勢してくれ、東京にいる菅原(弁護士)にも、「割増料金払うから!!」と頼み込んで来てもらった。そのおかげか強制連行はされずに済んだ。


2日後、昏睡からカイジュールが目覚めた。目覚めた瞬間に、飛び起き、あたりを警戒し、見慣れない器具と人と匂いに混乱したカイジュールが、「どこにそんな力があったの?」という勢いで暴れ、重症患者部屋の目の前にいた誠一が飛び込んで宥めて落ち着いた。

カイジュールの暴れっぷりと、誠一にしか宥められなかった事実に警察と児童相談所もなんとなく「これは仕方がないか」という雰囲気を醸して帰っていた。もちろん、誠一は厳重注意だ。むしろ厳重注意で済んでよかった。


無罪放免になったのは、第三者の砥草さんが当初からカイジュールの面倒を見ていたことと弁護士(菅原)への相談実績が物を言った。剣崎の家族がカイの存在を知っていたということも大きい。本当に秘密にしていたら虐待の疑いで逮捕されていた。先走ってすっころんで本当に良かった。


一週間の入院中、カイジュールとこれからのことを話し合った。

カイジュールは元の世界に帰らないときっぱりと言った。いっそ清々しいほど言い切った。

「聖女は見つかった。でも、もう帰らない。神殿長への御恩は召還の儀式の時に返した。たまたま、俺は誠一に引っ張られてこっちに来ただけで、本来なら、きっとあの場で枯れて死んでいた」

カイジュールは顔を伏せ、それに、と続ける。

「聖女様をあの世界に連れて行ったら、絶対に後悔するから」


だから、話し合ったのはこの世界での「これから」のこと。


まずは戸籍を取得すること。戸籍を説明するのに少し手間取ったが、こっちの世界の身分証明書、というと納得できたようだ。その手続きについて簡単に説明する。


それから、誠一がカイジュールの「未成年後見人」なることも説明した。


名前は、表向きは砥草さんに名乗った通り「カイ」とすることも決めた。ただ、家に誠一しかいないときには「カイジュール」と呼んで欲しいとお願いされた。

「カイジュールという名前を捨てたくない」と。


カイジュールは母親のことを覚えていた。

「母かどうかもわからない。でも、水色の髪の女性が俺を抱いて名前を呼ぶんだ。カイジュール、と、とても優しい声で。夢の中の話だが、俺は、」

カイジュールはそのあと、言葉を繋げることができなかった。誠一は、ベッドの上のカイジュールの側に寄り添って、頭を抱き寄せた。

だから、親はいらない、とカイジュールは言った。自分には母親がいるし、記憶の中の母親は、父親のことを愛おしそうな声でカイジュールに話していたから、と。自分の両親は、この記憶だけで十分だと。


優しい記憶があってよかったと誠一は心の底からそう思った。


年齢に関しては少し揉めた。17歳だと言い張るカイジュールと、体格的には14歳か15歳で通るからそのくらいで申請したい誠一。二人ではこんこんと話し合った。諤々と話し合った。看護師さんに叱られるくらい話し合った。

結果的にはカイジュールが折れた。14歳だとさまざまな手続きがまたややこしくなるため、カイジュールは「15歳」となった。とても不服そうだった。

「15と17なんて大して変わらないじゃないか。誤差の範囲だよ」

「大分違う。16で成人なのにまた子供に戻るんだぞ」

「残念でした。こちらの成人は18歳ですぅ」

とやや大人げない会話もした。


退院ののち、少しの休憩を挟んで手続きを進める。

案の定、鷺坂の祖父から電話があった。スマートフォンが壊れるかと思うような大音声で祖父は憤った。

「なぜ始めに相談しない!!」から始まり、

「結婚もしてないのに、子どもを育てられるわけがなかろう!!連れて来い!!」

「最初から行き届かないとわかっているのに、子どもを手元に置くな!わしが育てるから連れて来い!」

「鷺坂の籍に入れるから、連れて来い!」

「誠一も一緒にこっちへ来い!」

どうやら誠一とカイジュールに遊びに来て欲しいらしい。

そのうち、ちゃんと連れて行って紹介すると約束すると、そうか、と割とおとなしく了承してくれた。

カイジュールの苗字に鷺坂を使えと命令が下されたが。もともと、鷺坂の姓にできればと思っていたのでちょうどよかった。


菅原の助力のおかげで就籍も済んだ。家庭裁判所の聞き取りは誠一と引き離されて行われたので、誠一は心配に心配を重ねた。案の定、カイジュールは混乱し暴れたらしい。しかし、事前に何度か引き合わせていた菅原のおかげで何とか無事に就籍できた。


こうして、カイジュールは「鷺坂 カイ 15歳」となった。


時間が経ち、また穏やかさを取り戻していく。

聖女(笑)深雪との再会にカイジュールは緊張していた。指先が震えるくらいに緊張していて、なんだか可哀そうだった。

深雪はカイジュールから異世界の話を聞きたがった。

カイジュールはポツポツと応える。

カイジュールのような容姿は蔑みの対象だということ。

魔法が使えるのも、亜族のようだと蔑まれること。

聖女は魔法を行使し、エラント大国を元の豊穣な土地に戻すことを求められる。

しかし、その魔法は人族の中ではすでに廃れている。

「聖女であれば魔法は簡単に行使できるだろう、ここにいる忌子たちと同じように」と、神殿長の取り巻きが話しているのを聞いたことがある。


「ええ‥すでに無理そうなんですど‥」

と、この時点で深雪は引いていた。

「でも、金髪碧眼の美形の王子様はいますよね…?溺愛系の」

「出来合い‥?いや、エラント王国は目の色は黒が多く、髪色はさまざまだ。だいたい水色や緑色が多くを占めている。美形は‥向こうとこっちの基準が違うので何とも言えないが‥ふくよかな方が美しいとされる」

「まさかの美醜逆転?!」

まあ、食糧事情が悪いから太めの人が好まれるのは普通だよね、と誠一は頬杖をついて二人の会話を見学していた。内容が内容だが、容姿の整った二人が顔を近づけて会話している様子は絵になるので、できるだけ存在感を消していたい。

「カイジュールさんの容姿が蔑まれるなら、似ている私が向こうに行ったら迫害されちゃう?」

「‥聖女様が王の望む結果を出している間は、迫害はされない」

「ええー、じゃあ私が魔法の使い方、知りませんー、って言ったら?」

「‥死‥?」

「無理無理無理無理」

ぱたり、と深雪はテーブルに突伏す。

「ああ、夢にまで見た聖女体験は、石から人を取り出すだけで終わってしまった…」

「いや、それだけって。おじさんは結構すごいと思うぞ」

とりあえず、慰めておいた。

「剣崎さんはおじさんではないと思います」

ちらりと目線だけ上げた深雪に逆に慰められる。そういわれたくておじさんと言ったみたいになってへこんだ。


カイジュールと家族との顔合わせも済んだ。こちらも、カイジュールは緊張して吐きそうな顔をしていた。

家族はさすがにこのくらいでは動じない。にこやかに和やかな雰囲気を作ってくれた。緊張しすぎているカイジュールに気を遣い、本当に顔を合わせただけで帰っていた。

もう少しカイジュールが人に慣れたら、実家に連れて行くことを約束して。


そんな中、母がカイジュールのことを一目見て気に入っていた。何が琴線に触れたかはわからない。カイジュールの整った顔だろうか。

「景子ちゃんが気に入るの、わかるわ」

とたいそう砥草さんに共感していたので、母性本能とかそういうのだろうか。母が一番、カイジュールと別れるのを渋っていた。危なくそのまま連れ去られるところだった。


ゆっくりと時間は進む。

砥草さんは、いっそう、カイジュールに心を砕く。突然いなくなったことがよほど堪えたのだろう、しばらくは、「過保護の極み」という感じだったが、それもようやく治まってきた。

カイくんのための砥草さん特製ドリルもそろそろ砥草さんの手に余ってきたようで、家庭教師を進められているが、警戒心の強いカイジュールにあう講師がいるか甚だ疑問である。

まあ、中学の範囲なら誠一にも教えられるので、ゆっくりでいいだろう。


時折、深雪やなぜか春陽がうちに来てカイジュールに構っていくようだ。砥草さんからメッセージに添付されてくる写真には、不機嫌そうに見えてたいそう戸惑っているカイジュールが深雪と春陽に勉強を見てもらっている様子が映っている。

家に帰ってからその話をふると、眉を盛大に顰め、「ただ疲れただけだった‥」と大きな深いため息を吐き出した。大変有意義な時間を過ごしたんだな、と噴き出したら睨まれた。


カイジュールはこの世界のことを学んでいく。

この世界だって甘くはないのだ。そのうち、壁にぶち当たり、つらい事や理不尽なことにあったりするだろう。どうしようもない不幸に襲われることだってあるかもしれない。

でも、せめて自分の庇護の下にある間は、それらから遠ざけてあげたい、と願う。

そして、誠一の手元を離れてそんなことに出会った時、対処できる知恵と強さを与えてやりたいと思う。

それがカイジュールをこちらに召還んだ誠一の責務だから。


異世界に召還された少年は、異世界で生きていくことを選んだ。

これから、彼は数多ある物語のようにハッピーエンドへと進んでいくのだ。


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