16 ファンタジーはこれで最後にしよう
しかし、握り込んで祈るだけではカイジュールを元には戻せなかった。
一度ファミレスを出て、深雪を送っていくと砥草さん親子と別れた。砥草さんは「カイくんが戻っているかもしれないから」と、誠一の家に一足先に帰るという。
春陽が虫を見るような目で誠一を見ていた。
誤解だ!と大声で弁解したい。
おっさんがみんな女子高生が好きとは限らないんだぞ!女子高生はいろいろとめんどくさいんだ!女子高生より、年齢の釣り合った女性の方がいい!!合法大切!!!
しかし、誠一にできたのはあいまいに笑って目を反らすことだけだ。
心中穏やかでいられない誠一を放っておいて、深雪は「ちょっと戻してきますねー」と軽いノリで、人目に付きにくい建物の間にするりと入っていた。傷心の誠一は、多分無理だろうなー、と思いつつ、人がそこに目をやらないようにさっとあたりに気を配る。
しばらくすると、すごすごと深雪が出てきた。肩がガックリと下がっている。
「ダメでした‥。てか、魔法ってどうやって使うんですか?」
でしょうね、と誠一は生温かい目で深雪を見る。無鉄砲すぎないか、この子。
家に帰れば描き上げた魔法陣がある。意識を失う寸前にカイジュールの姿を認められていた‥あれを使えば多分、きっと。
しかし、女子高校生を自宅に連れ込むのは色々とまずいし、ホテル‥はもっとまずい。深雪のうちに行くのも、てか人目に付くのがまずいって、それ時点でかなりまずい。
困った。
「あ、そうだ。さっき剣崎さん、魔法陣があるって言ってましたね。自宅にあるんですか?じゃ、行きましょう!こういうことはすぐに取り掛かるべし!」
ん?
「あ、でも私一人じゃちょっといろいろまずいのかな?主に剣崎さんの社会的ないろいろが。えーと、」
一人で話して、一人で納得して、深雪はスマートフォンをスイスイいじる。
「じゃ、剣崎さん、剣崎さんのお家へ行きましょう!今、砥草くんに確認したら、砥草くんのお母さんが剣崎さんのうちに行っているので多分社会的にはぎりセーフです!さあさあ、ファンタジーを実現しましょう」
ん?
「てか、砥草くんも剣崎さんちに行くって言ってたけど、私が聖女だってバレないかなー。実は私聖女なんですって、あはは!頭イカれてるって思われますね。まあ、剣崎さんの「俺は召喚師」発言もなかなか破壊力があるけど」
心が痛い。
誠一はなんだか疲れ切って息をつく。おっさんは勢いのある女子高生についていくだけしかできない。勝手にぐいぐい進めてくれるので楽と言ったら楽だけど。
自宅に着くと、あらかじめ連絡をしてあったからか、砥草さんが来客の用意を整えてくれていた。
砥草さんはカイジュールがいなくなってから、いつカイジュールが戻ってきてもいいようにできるだけ家にいるし、冷蔵庫は食べ物であふれている。そして、いつも作るご飯の量が多い。多分、カイジュールが突然帰ってきてもいいように、と、この間の件で誠一がガリガリのカサカサになったからだろう。
春陽はやや緊張した、しかし、不機嫌そうにむっつりとしてダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた。反抗期とはいえ、母親が赤の他人の心配をするのが不服なようだ。
深雪を連れ帰ると、砥草さんはあらあら、と出迎えてくれた。
「と、」「おばさま」
深雪は誠一の言葉を遮る。
「もう少し、剣崎さんとお話をしたいんです。‥うちの、ことだからできれば誰にも聞かれたくなくて。あそこじゃ人目もあるし、深くは話せなくって」
それじゃカイジュールが深雪家に関わっているように聞えるぞ、と誠一は焦る。きっとそれを狙ってるのだろうけど、深雪家の迷惑とかちゃんと考えて居るのか?いないだろうな。
砥草さんは、少し考えて「わかりました」と頷いた。
作業台から魔法陣を回収して自室に戻ると、深雪は居心地が悪そうに立っていた。
「剣崎さん、考えて見たら私、男の人のお部屋って初めてです」
「‥そう」
どうでもいい。
机の上に魔法陣を広げる。まだ、少し白い何かがたゆっている。
「‥なんか出てません?‥薄い、銀色の‥?」
「多分それが魔力ってやつなんじゃない?カイジュールに聞かなきゃわからないけどね」
「‥綺麗ですね」
魔法陣を見て、深雪が嘆息した。
「‥、コミュ力UP、恋愛成就、学力UPなんでもござれのご利益があるらしいよ」
「なんですか、神社のお守りみたいですね」
魔法陣の上にカイジュールの石を置いた。
深雪が、カイジュールに触れる。その上から誠一も手を添えた。
「え、あの、剣崎さん」
「どうするのかわかんないでしょ?それに、もし、足りなかったら倒れるから」
魔力の込め方はカイジュールを戻すための魔法陣を描いたときになんとなく掴んだ。魔法陣へ魔力を這わせる感覚で深雪の魔力に干渉する。深雪の体内の魔力に干渉し、誠一の体内を通して、誠一の魔力ともに魔法陣へ叩き込む。
二人分だ。しかも、片方は聖女だ。きっと、きっと、きっとうまくいく。うまくいくんだ。
集中する。
体から何かが抜ける感覚。しかし、この間とは違う。目を閉じていてもわかる。美雪から引っ張り出される果てしない量の銀色の光線が誠一の体を媒体にして魔法陣に浸透していく。
ああ、もうすこしだ。もう少しでカイジュールに手が届く。
「っ」
深雪の息を詰める声。
もう少し、と彼女がつぶやいたとき、手が、届いた。カイジュールの枯れた腕を強くつかんで引っ張り出す。
パキ、と割れる音がして、開いた目に、机の上の空中に浮かぶカイジュールが映る。
「カイジュール」
と呼びかけると彼はゆっくりと目を開いた。
薄く幻のようだった彼の姿に重力が戻る。ゆっくりと倒れこんでくる彼を受け止めると、腰に変な圧力がかかった。
腰の強い違和感に唸ると、カイジュールが、セイイチ、と囁いた。
自分の腰より今はカイジュールだ。
深雪がカイジュールをささえて床へ座らせるとようやく重さから解放された。
カイジュールは枯れていた。カサカサにひからびた土気色の肌と唇、せっかく肉がついたのに、腕は切ないくらいに細くなってしまっている。
彼の頬を触る。痩せてとがってしまった肩を、乾いた腕を。確認するように手を滑らせていく。
「生きてるね」
安心して、カイジュールの額に自分の額を合わせる。
生きてさえいれば、どうにでもなる、
深雪が砥草さんを呼びに行こうとしたのを目線で止めた。
「カイジュール、立てるかい?歩けるかい?」
「剣崎さんなにをいってるんです?無理ですよ」
「カイジュール、君はちゃんと玄関から入っておいで。ちゃんと、ただいまって、帰っでおいで」
この世界の住人になるのなら、部屋から急に現れてはいけない。
君はあのとき。
魔法陣の動力であることを辞めたときに、決めたんだろう?
もう向こうへは戻らないと。
向こうへ戻らないなら、こっちの世界で生きるしかないだろう?
俺が石から引きずり出してしまったんだから。
カイジュールはしばし荒い呼吸を繰り返すとゆっくりと立ち上がった。全身に震えが走るようで、指先が見てわかるくらいに震えている。
「窓から、出るときだけ、サポートしてくれ」
カイジュールが窓のさんに手をかける。平屋でよかった、と思った。防犯面がーと口を出してきた浩一を無視してよかった。ただ単に階段が面倒くさかっただけだけれど。
カイジュールを支えて窓から押し出す。ずしゃっと、と落ちた音に冷汗がでる。
「カイジュール!」
しかし、カイジュールはよろよろとたちあがり、壁を伝って玄関へと歩き出す。
がんばれ、と誠一は手を握る。
がんばれ、苦しいことはこれで終わりだ。玄関までたどり着ければもう、誰も君を殺そうなんて考えない世界が手に入るんだ。
「剣崎さん・・」
厳し過ぎませんか、と深雪の非難を込めた目を受け止める。
「あのひと、死にかけてましたよ」
「でも、ちゃんと歩けてる。大丈夫、玄関までたどりつけたら、もうあんな厳しいことはしない。甘やかすんだ」
「きっと、今甘やかしてほしいと思ってるますよ?」
「厳しい試練の後の甘やかしが一番身に染みる」
「‥途中で行き倒れないかしら。大丈夫かしら。着いたとたんに安心して、こと切れたりしないかしら」
「不吉なこといわないでくれる?」
玄関の呼び鈴が鳴った。
砥草さんの「カイくん!?」という叫び声が響く。
誠一も自室から飛び出ようとして、腰の違和感に固まった。