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15 聖女とのコンタクト

魔力の供給源、と考えて、まず頭に浮かんだのは「聖女」の存在だった。多分、魔力も膨大であるはずだ、いや、あってくれ、と誠一は願う。


問題は、どうやって彼女を探すか、だった。


とても悩んだ。剣崎の名前を使うわけにはいかないし、学校付近で待ち伏せ、というのも外聞が悪すぎる。下手をすれば通報案件だ。

体調を整えつつ、真剣に悩むが解決方法がわからない。


しかし、思わぬところから情報が入った。

砥草さんの息子、春陽からだった。

「あいつ、深雪さんの親戚かなんかの?」

と、しばらくぶりに(砥草さんの話が本当なら2ヶ月ぶりに)砥草さんに話しかけたそうだ。話を聞くと、聖女から春陽へ接触があったという。

聖女のカイジュールとよく似通った容貌に春陽は疑問を持ったらしく、砥草さんに確かめたようだ。


聖女の名前は「深雪 初花」。高校2年生。高校受験の時、東京の難関高校に合格確定、とまで言われていたのに、受験日二日前にインフルエンザを発症。受験ができず、その高校に行けないなら、と今の高校に入学した「悲運の人」として有名なのだそうだ。

今の高校でも成績優秀者として、上位をキープしているらしい。

そして、現職市議で議長を務める深雪 春正の孫娘だ。

田舎のこの街では「市議の身内」というのは結構ネームバリューがある。


彼女がカイジュールを探している、と春陽は言った。カイジュールと春陽が話していたということを人伝に聞いて、春陽にコンタクトをとってきたという。

春陽から砥草さんと繋がって、彼女は今、誠一の前に座っていた。ファミリーレストランの一角、近くの席には砥草さんと春陽もいる。


彼女はカイジュールによく似ていた。

しかし、表情があるだけでその印象はガラリと変わる。

冷たく、とっつきづらい陶器のような印象のカイジュール。

同じ容貌を持つのに、深雪はコロコロとよく動く表情のせいかとても愛らしかった。


自己紹介しあってから、深雪はカイジュールのことを尋ねる。

誠一は、そっとハンカチに包んだ石を彼女の前に置いた。深雪が、ひゅっと息を呑む。

「これ、あの」

「そう、あの時の彼だよ」

深雪の目の前で石になった少年だ。

「あの、触れても?」

誠一がうなずくと、深雪は恐る恐る石を手にとった。

「‥温かい?」

「まだ、この子は生きているからね」

「‥あの時、彼は私に言いました。聖女様、と。私にエラント大国をお救いくださいと」

肯定すると、彼女は目を輝かせた。


誠一は悪い予感がした。


「それなら、私を彼の世界に連れて行ってください」


まさかの「転移」希望者だった。


「もういやなんです。期待されるのも。私のこと聞いてますよね?悲運の人ですよ?面白おかしく美化して。インフルにかかったのは単に自己管理ができていなかったからです。高校を今のとこにしたのは、東京に行きたくなかったから!受かってたとしてもこっちの高校にしました!」


深雪はぶつぶつと不満を口に出す。


「もう疲れたんです。もう一年以上も経つのに、かわいそうとか言われて。かわいそくなんてないのに!」

「‥誰にも何も言われないよりはいいんじゃない?」

「ものには限度があります!父も母も近所の人も腫れ物扱いだし、同級生にも遠巻きにされてるし。確かにインフルにはかかったけど!でもそれだってちょっとラッキーって思ったくらいだったのに!私は悲運じゃない!むしろラッキーだから!」

と、カイジュールの石を握り締めながらいうので誠一は少し気が気ではなかった。落として割ったらどうしよう。興奮しすぎて放り投げられたら、まずい。

「だからあの時、私とともに、と言われた時了承しようとしたんです」

でも、あの人急に、と深雪は声のトーンを落とした。

「あの人、自殺しようとしていませんでしたか?」

深雪は誠一を見ずに畳みかける。

「あの時、急に周りに気持ちの悪い風が吹いたとき、あの人から何かを感じたんです。諦めとか、悲しみとか、謝罪とかそんな感情‥なのかな?そして、あの人の手が光って、心臓を貫こうとしているのがわかって、止めたんです」

そうだ、あの時、カイジュールの左手には自分の心臓を貫こうとする金色の魔力がほとばしった。

魔力を吸われているのに。

最期の力を振り絞るように。

笑って、自分の命を。

「私、止めようとしたら体から何かがずるって抜けて‥私の手が銀色に光るのを初めて見ました。聖女キターと思いました」

なにやら場にそぐわない感想が混じっている。

「そしたら、あの人がその石になっていて。これって私のせいじゃないですよね?」

「違うと思うよ」

多分、あの時、深雪の力があったからカイは石になるだけで済んだ。石の中で生き延びることができた。

「ですよねー。私気づかないうちに殺人とかしてたかも、と戦々恐々としてたんですよ」

でもなんでダメだったんだろう、絶対について行ったのに、と深雪がぶつぶつ呟いている。

「あの、彼がまだ生きていてこの石から戻す術があるなら協力します。ていうか、私、聖女なんですよね?だったら多分ちゃちゃっと元に戻せると思うんですよ!」

今までぶつぶつ呟いていた深雪が勢いよく顔を上げる。

「異世界転移とか聖女とかファンタジー、臨むところですよ!!

そんで、金髪碧眼の男性と恋仲になってイチャイチャするんです!溺愛とかされたり?!」

キャー、と小さく叫び声を上げる女子高生をぬるく見つめる。

ひとしきり大騒ぎした深雪に、誠一は言っておかなくてはいけないことを告げた。

「‥悪いんだけどさ、彼が元に戻っても彼は一緒にいかせられないよ?行くとしても‥君一人で行ってくれるかな?」

砥草さんにファンタジーな話は聞かせられない、と誠一は声を落とす。深雪が、なぜ?と首を傾げる。

「向こうの世界では、彼はきっと生かしてもらえないから」

「なんでですか?!聖女を連れ帰るんですよ!英雄じゃないですか!!」

しーしーしー!と落ち着かせる。聖女とか真顔で大声で話すのはやめてください、と懇願する。

「カイジュールの容姿は向こうの世界では禁忌らしいんだ。今までは聖女を連れ帰る、という目的があったから生かされていた。でもその目的が達成されたら、彼はもう、いらないんだ」

禁忌の子が生まれたら、親が子を殺す。

「でも、でも」

「現に、あの日、彼はあの魔法陣の動力にされていた。あの魔法陣は大きく緻密で、起動させるには膨大な魔力がいるだろう。動力となる人間の魔力も生命力も奪って聖女一人を異世界に、という意思を感じた。‥カイジュールは死んでもいいという意思を感じた」

深雪も何かに気が付いた表情をした。思い出したのであろう、干からび枯れた彼の姿を。

「だから、彼は向こうには戻さない」

深雪はしばし俯いて沈黙した。

砥草さんと目が合う。話が聞こえていないことを祈るばかりだ。

「‥カイジュールさんの容姿は禁忌なんですか?」

深雪が真っ直ぐこちらをみる。

「そう、聞いてる。人族が支配する世界らしいけれど彼の容貌は亜族という種族に似通っていて、差別の対象になるそうだ」

「‥それは、私、カイジュールくんの世界に行ったら、結構ヘビーモード‥?」

「一応、聖女として大切にされるんじゃないかな?俺は全くわからないけれど。俺が決めたのはカイジュールはこっちの世界の人にする、ということだけだよ。君が異世界へ転移したいなら、協力はできる」


魔法陣ならかけるよ、と誠一はうっそりと笑った。


「どうやら俺は召喚師らしいから」


ガックリと項垂れた深雪は、打ちひしがれたような顔をして考え込んだ。

「わかりました。でも、とりあえず、カイジュールさんを元に戻しましょう。多分大丈夫。だって私は聖女さまらしいですから」

「引き受けてくれるの?カイジュールは向こうには戻さないよ?」

「いいです。できるかもしれないことをしないって気持ち悪いから」

「‥いい子だね」

「剣崎さんが召喚師さんなら石の中からカイジュールさんを呼べばよかったじゃないですか」

「魔力が足りなかったみたいなんだ。気がついたらぶっ倒れてて、死にかけてたらしいよ」

怖い!怖いですよ!と深雪が騒ぐ。

「でも大丈夫。聖女はなんでもできるって小説には書いてある!」

と、深雪は石を握り込む。

「ちょ、ちょっと待って、ここじゃまずい」

あ、そっか、と深雪が笑った。

「急に人間が出てきたら騒ぎになりますものね!」

絶対にできると信じ切ったその自信満々な表情に、誠一は苦笑しか出なかった。



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