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13 ファンタジーは戻らない

ふと意識が浮上して、目に見えたのは自室の天井だった。

見慣れた天井をぼーっと眺める。

喉が渇いた、と思った。体を起こそうとしてできなかった。

失敗したんだな、と悟った。

(こんなものだ)

誠一は自嘲する。自分が懸命に努力したことが叶ったことなどない。わかっていたのに。

なんでも一緒だ。勉強も、運動も、人間関係すら。

酷く重く、震える手を持ち上げた。頭に響く痛みと、全身のひどい重み。口が、喉が渇いていた。身体中を支配する倦怠感が、ひどい脱水の症状とよく似ていた。

よく見れば枕元には点滴が吊り下がっていて、それは誠一の右手につながっている。


酷く重い体をなんとか起こして立ち上がろうとした。しかし、体を支え切れずにベッドから落ちる。

大きな音が部屋に響いた。

痛ってぇ、と顔を歪めてベットへ戻ろうとしたができない。うめき声だけ何とか出せた。

「誠兄!!」

床の下で痛みにもがいていると、勢いよく扉が開き、今、あまり見たくない顔が入ってくる。

「、」

浩一、と名を呼ぼうとしてむせた。

なんで、ここにいるんだとか、合鍵、勝手に作ってたのかとか、羽澄さんと佳澄も来てるのかとか、いろいろどうでも良いことが浮かぶが、とりあえず、体がつらい。

浩一に続いて、砥草さんが部屋に顔を見せて、誠一はホッと安堵する。どうやら、勝手に合鍵を作ったわけではないようだ。

ベッドに戻された誠一の様子を見て砥草さんは吸い飲みを口元に寄せてくれた。甘い液体が喉を通る心地よさに、ゴクリと喉を鳴らして飲み干す。水分を経口摂取すると途端に呼吸が楽になった。けほりと咳をして、浩一を見る。


「浩一、なんでここにいるの?」

「!!!砥草さんが連絡をくれたんだよ!誠兄が部屋で倒れてるって!ってか、死にかけて気が付いて第一声がそれなの!?」

じっとりと砥草さんをみると、砥草さんも同じ目線で誠一を見ていた。砥草さんの目線のほうが圧が強くて負けた。

「休暇明けに出勤したら、いるべき子はいないし、雇い主はリビングで息も絶え絶えなら、とりあえず、ご家族呼びますよね?警察も、救急車も禁止されているんですから。カイくんは?」

「いるべき子って?カイって誰だよ!そいつが犯人か?!」

「ご迷惑をおかけしました・・。今は何日ですか?」

「誠兄!答えてよ、カイって奴にやられたのか!?」

「剣崎さん、申し訳ありませんが、少し黙っていてください」

圧の強い砥草さんの低い声に浩一が、む、と黙り込む。さすがだ、砥草さん。

「今日は水曜日です。出勤したら、カイくんの姿は無くてリビングの作業スペースで剣崎さんが倒れていました。声を掛けるとそのまま、床に崩れ落ちて、いくら声掛けしても気が付かないし、カイくんはいないし、呼吸も弱いし、剣崎さんの体の状態が、初めて会った時のカイくんのようで‥」

砥草さんはそこで言葉を切った。

「‥すぐに社長に連絡して、剣崎さんのご実家に連絡をしてもらいました。連絡後、驚くほど早く弟さんがお医者様を連れて来てくださって、そして今です。少しお休みを頂いただけで死にかけるってどういうことでしょうか」

驚きましたよ、と砥草さんは厳しい顔を誠一に向ける。

「そして、カイくんは?」

誠一は、ハッとして砥草さんに問う。

「俺の作業スペースは?」

「手をつけていません。描いていた物には保護紙をかけておきました」

「黒い石が」

「ええ。それもそのままです。持ってきましょうか?」

お願いします、と頼む。砥草さんがリビングへ行くと、浩一が耐え切れないというように畳みかけてくる。うるさい。砥草さんとの会話で大分体力を消耗してしまったみたいで息が苦しい。

砥草さんと入れ替わるように初老の男性が妙齢の女性を伴って入ってきた。白衣を着ているので、浩一が連れてきたという医者だろう。彼は、湯川だと名乗る。近所で小さな医院を開いているらしい。

湯川は誠一を診察すると、酷い脱水です、告げた。

「水分補給をして、安静にしてください。点滴で水分補給もしていましたが、経口摂取できるようなら、もう点滴は必要ないですね」

そして、厳しい顔を誠一に向けた。

「家政婦さんが早い段階で見つけてくれたので大事にはいたりませんでしたが、あなたの状態はひどいものでした。冗談を抜きに命に係わる状態ですよ。本来なら大きな病院の集中治療室送りです。なぜ、家の、しかも行き届いた状態の室内でこんな状態に?誰かに拘束されていたんですか?」

「いえ‥。外出先から帰ってきて、少しだるかったんです。でも、ちょっと仕事があったのでそれを優先しました。やっているうちに立ち上がることも、座っていることも億劫な位だるくなって、気が付いたら動けなくなってしまって。

そのうち意識が遠くなって、気が付いたらこんな状況で、混乱しています」

「‥以前から、このような症状ありましたか?」

「いいえ。今回が初めてです。脱水状態が改善されれば問題はないですね?」

「そうですが、」

「ありがとうございます」

そう言って微笑めば、湯川は苦虫を噛み締めるような顔になった。誠一が本当のことを話すつもりがないということに気が付いたのだろう。

湯川についてきた女性がてきぱきと点滴を外した。ついでのように、誠一に口元に吸い飲みを寄せてくれる。甘い経口補給液が旨い。甘いものは好きではないが、これなら樽一杯飲めそうだ。

失礼します、との声掛けがあり、砥草さんがカイジュールの石を持ってきてくれた。受け取ると、まだほの温かい。

ホッとしてカイジュールの石を手のひらで包み込む。

「後は安静にしていてください。私はこれで失礼します。こまめに水分補給をして、2L は水なりなんなり飲ませてください。何か、変わったことがあれば連絡をください。往診します」

お礼を言うと、湯川は会釈をして女性を伴い部屋を出ていく。浩一に目配せすると、彼は、わかっている、というように砥草さんと共に医者を見送りために部屋を出る。浩一なら、誠一が何も言わなくても多めの心づけを渡してくれるだろう。

湯川を送った砥草さんと浩一が寝室に戻ってきた。その間に、何とか体を起こして枕元にあったペットボトルの水を一気に飲み干す。体中に少しずつ水分‥魔力が戻っていく感覚がある。

浩一は扉の前で砥草さんに圧力を掛けられたのだろう、静かだ。砥草さんはしっかりと誠一を見た。

「剣崎さん、カイくんは」

誠一はペットボトルをもう一本開けると一口飲んで喉を潤して、砥草さんのために用意していた嘘を吐く。

「学校祭のあと、別れたんです。カイが寄りたいところがある、というので。ついてこなくていいと拒絶されたので」

「‥学校祭の後から帰ってきていないんですか?警察には?」

「‥カイは本来はここにはいない者ですから」

「‥なんで、急に」

「学校で、カイに似た容貌の子を見かけました。その子を見てから様子がおかしくなった。そして、急に少し寄るところがある、と。止めたんですが、振り払われました」

嘘の中に少しの本当を混ぜる。カイジュールにそっくりな聖女を見て、カイジュールは誠一を拒絶した。拒絶したから、誠一は動けなかった。

「カイくんは、どこに‥」

「わかりません。ただ、別れ際に笑ったんです。心配いらないと。笑ったんです」

カイジュールはあの時、笑った。初めて見せた微笑みだった。

最期を覚悟した時に見せるなんて卑怯だと思ったんだ。

誠一はぎゅっと手のひらの石を握りしめようとしたが力が入らなかった。


「その、カイってやつが犯人なの?」

今まで口を閉じていた浩一がゆらりと聞いた。

あ、無視されてキレてる、と誠一は少しあきれてしまう。

「違うよ。もう少し落ち着いたらみんなに話そうと思ってたんだけど、俺が保護していた子だ。これは俺が不摂生した結果だよ。逆にカイが居なかったから、趣味に没頭しすぎて睡眠も食事も水分も取らなかったんだから。カイがいればこんなことにはならなかった」

「あらまあ、そんなこと、してたんですか」

砥草さんの声が低い。

「え‥と」

「まあ、可愛がっていたカイくんが居なくなって寂しいのはわかりますが‥。ご家族にご迷惑をかけるのは大人としてねぇ‥?」

「はい、その通りです。砥草さんにも多大なご迷惑をおかけしました!」

素直に謝っておく。

「でも、生きていて良かったです。本当に、枯れ木のようだったんですよ、剣崎さんは。このままだと、枯れてしまうと思って水をかけてしまいました。‥初めて会った時のカイくんみたいに、土色の肌でカサカサで。‥恐かった」

「す、」

すいません、と言葉を繋ごうとして誠一はハッと気が付く。


『俺のとなりにいた奴も枯れ果てた』

カイジュールがこの部屋に現われた時、枯れ木のようだと思わなかったか?

聖女を召還した時、カイジュール以外のものは枯れ果てたと言っていた。

聖女に触れ、魔法陣が起動したとき、カイジュールも魔力を吸い取られて枯れていった。

そして、水を飲んだ時魔力が行き渡ったと感じなかったか?


もしかしたら。

見えたのは希望の光。

あの時、最後の門を開けた時、カイジュールはそこにいた。背中を向けていたが、確かに手を伸ばせば届きそうなところにカイジュールはいたではないか。

「失敗したわけじゃ、ない?」

そう、足りなかったのだ。魔力が。

誠一の魔法陣は起動したのだ。でも、魔力が足りなかった。

足りないなら、足せばいい。

「誠兄?」

「砥草さん、俺のイラストは」

「そのまま作業台の上ですよ。保護紙をかけてあります」

「ありがとうございます!」

恥ずかしがらずに砥草さんに魔法陣イラストの副収入のことを言っておいてよかった。命を懸けて描き上げた魔法陣を捨てられたりしたらと思うと背筋が凍る。

あの魔法陣があれば。

魔力の供給源があれば。

カイジュールを取り戻せる。

「誠兄、無視するのやめてくれる?俺だって、砥草社長に連絡貰って取るもの取らず車ぶっ飛ばして来たんだけど?」

浩一の低くなった声に、ヤバい、と苦笑いする。構われないことが嫌いな浩一を放っておくのはまずい。もうすでにまずい。

「ごめんな、心配かけて。本当に俺が不摂生した結果なんだよ。説明聞いていたろ?ほんと悪かった。今日は?もう帰るのか?部屋は今、カイが使っているから、別の部屋を用意‥できるかな?」

「ホテルを取るからいい。本当にたまたま倒れただけなんだな?普段から体の具合が悪いとかないんだよな?病気を隠しているとかじゃないんだな?」

「ああ。この頃は休日も健康的な規則正しい生活を送ってたし、体調もすこぶるよかった。大丈夫」

そう強く伝えると浩一は安堵したようだった。肩の力が抜けたようだ。

「で、保護していたカイって子は、今はいないんだな?戻ってくるのか?」

きちんと構って、状況を説明すれば浩一は理解が早い。

「わからない‥いや、戻ってこさせる。方法はあるから。今度こそ、ちゃんと安心して暮らせるようにしないと」

「ちょうどいいから、父さんたちに話しておけば?あと一時間もしないうちにこっちに付くはずだから」

「!?なんで?!なんで、父さんが来るんだ?!」

「家族が死にかけてるなんて連絡が来たら来るだろ!!父さんだけじゃない、母さんも桂兄も来るからね。ほっぽり出せない仕事だけすまして、こっちに向っている」

「と、砥草さん。元気すぎて会えないって言って玄関で帰してください」

思ったよりも大事になっていて、誠一は砥草さんに助けを求めるが、砥草さんはいい笑顔で、できませんねぇときっぱり断る。

「それは業務外なので。しっかり叱られてくださいね」

誠一はこれから来る嵐に備えて、ペットボトルの水を飲み干した。



ミネラルウォーター=MPポーションらしいですよw

富士山なのかカリフォルニアなのかフィジーなのか‥

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