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11 ファンタジーが本気を見せた

砥草さんの息子の学校の学校祭はそれは盛況だった。隣接されている同じ系列の高校との共同開催で、普通の中学校の学校祭よりも盛り上がりを見せている。


カイジュールはこちらの世界に来た時に着ていたローブを着た。その出で立ちは少しばかり異様に見えるだろう。目深にかぶったフードのせいでカイジュールの目を引く容貌はあまり見えない。


出がけにも、そのローブ着てる方が目立つよ、と伝えたのだが頑なに脱がなかった。人の視線が恐いのかな、と思い、まあいいかと放っておいた。


初めて会った砥草さんの配偶者は穏やかな雰囲気を持つ人だった。確か、砥草さんより10歳くら年下だったと聞いているが、砥草さんと並んでも年齢差は感じない。

にこやかな雰囲気なのに、砥草さんの夫は時折鋭い視線を寄越してきた。その顔には険があるように見えて誠一は、何かしたっけ?と首を傾げる。


「初めまして、景子の夫の砥草祥真です。妻がいつもお世話になっています」と握手を求められる。それに応じて、誠一も自己紹介をする。なんだか、握力が強い気がする。カイジュールもフードを脱がせて挨拶させた。なんだか戸惑っているようだ。


「この頃剣崎さんのお宅に行く時に景子がとても楽しそうで、私もとても嬉しく思っているんですよ。少し、妬いてしまいますがね」

と冗談のように言っているが目が笑っていない。


「祥真さん、いい加減にしてくださいね」

砥草さんがにこにこと砥草夫に圧力を掛けた。砥草夫ははは、と笑いながら砥草さんの腰を抱く。なんだか見せつけられている気がするのは気のせいだろうか。


「いい加減にしろよ、父さん」


背後から不機嫌な声が割り込んできた。春陽、と砥草さんがその少年に声を掛ける。

「剣崎さん、カイくん。これが末っ子の春陽です。今、この中学の3年生なんですよ」

「‥砥草春陽です」

「剣崎です。こっちはカイです。お母さんにはいつもお世話になっています」

言葉少なに自己紹介する春陽に笑いかけて、フードを被りたそうなカイの背を押して紹介する。カイはぺこりと会釈だけした。

春陽も会釈を返した。


そして、砥草さんに「もういい?」と聞くと、少し離れたところでまとまっている集団の中へ駆けて行った。集団はこちらの方を興味深そうに見て何やら話している。春陽が戻ると、彼はもみくちゃにされていた。子犬がじゃているようで微笑ましい。ふと、カイジュールの顔を伺うと、こちらは無表情だった。


「あまり長くいないでくれ、なんて言われているんですよ。全く」

と砥草さんはため息を愚痴と一緒に零す。


「末っ子だからって家族全員で甘やかしすぎたかしら」

「年齢的なものですよ、きっと。俺も覚えがあります」

「そうだよ、僕もいつも言っているだろ?正常な発達だよ。景子は心配しすぎ」

となぜかその場で育児相談のようになった。

カイジュールは無表情にその場に佇み、ごく自然な動作でフードを被る。


砥草さん達とはそこで別れた。夫婦二人で見て回るという。

「じゃ、俺たちも行こうか」

誠一はフードを目深に被ったカイジュールを振り返る。


学校祭なんて十数年ぶりに訪れたが、なかなかに面白かった。ゴミ箱やバケツ、デッキブラシを使ってリズムを奏るストンプショーや、吹奏楽部の演奏など屋外で行うショーの完成度の高さは見事だった。

カイジュールも無表情ながら食い入るようにステージを見上げている。

展示も凄かった。レゴを使ったパノラマや恐竜などの作品は緻密で、カイジュールに「これは子どものおもちゃなんだよ」というと、一瞬、目を見開く。教室で行われていたルーブ・ゴールドバーグ・マシンのショーでは、次々に倒れたり、倒したりしてスイッチをいれるシステムに疑問符ばかりの顔をしていた。

「‥セイイチ、なぜ、押すだけですむものをあんなにまどろっこしく、いろいろな装置を使ってやらなくてはいけないんだ?時間と労力の無駄じゃ‥」

「カイくん、しー。あの仕組みを考えこること自体がすごいんだ。あれがいろんなプログラムにつながっているからね、決して無駄じゃない」

「プログラム‥?」

話が長くなりそうで、あとで説明するねと誤魔化してその場を後にする。


高校部の模擬店で休憩をとり、美術部のトリックアートに驚き、体育館での一糸乱れぬオタ芸に関心した。

カイジュールはサイリウムをみて魔法と勘違いし、臨戦態勢に入って少し焦った。


学校祭を満喫しそろそろ帰ろうか、と話していた時。

カイジュールがふと動きを止めた。

「?カイくん?」

カイジュールはただ一点を見つめている。

少し離れた窓辺。

誠一はカイジュールの視線を追って、軽く息を飲む。


カイジュールとよく似た容貌の少女が友人と談笑していた。


カイジュールとよく似た容貌ながら、その顔にはカイジュールにはない表情が生きてる。表情が生きるだけで、彫刻のような顔が途端に人間らしくなるんだな、と誠一は場にそぐわないことを考える。


カイジュールが一歩動いた。

「か、」

誠一も動こうとして動けない。体が見えない何かに拘束されているようだ。


時が止まったようだ、と誠一は思った。


誰も動けない中で、カイジュールだけが少女に向かって歩いている。一歩一歩ゆっくりと、何か強大なものに近づくように。

(あの子が)

誠一は身動きも取れずにその様子をじっとみる。


彼女がそうならばカイジュールはどうするのだろう。


カイジュールは神聖なものを前にしたかのように、少女の前に跪いた。


少女がカイジュールに気がついて、困惑の視線を向ける。

「‥、あの?」

「聖女様」

カイジュールは首を垂れる。

これはよく漫画や小説でよく見るシーンではないか。ファンタジーが本気を見せつけてくる。そんなもの、見たくないのに。誠一は頭を抱えてしまいたい衝動にかられた。

「えっと‥?」

少女の戸惑いが伝わる。あたりをキョロキョロと見ているのは、どこかにカメラがあるのでは、と探しているのだろうか。確かに、ドッキリ映像を撮っているようにしか見えない。


カイジュールが何かを決めたように視線をあげた。

「どうかエラント大国をお救いください」

「えーと、なにこれ?こんな出し物あったっけ?えと、どちら様ですか?」

カイジュールはフードを外し、聖女らしい少女を仰ぎ見る。

誠一は、指一本動かせない。


カイジュールの決意を見届けることしかできない。


カイジュールはちらりとも誠一も見ない。それが、カイジュールの答え。


「カイジュールと申します、聖女様」

少女は友人を救いを求めるように振り返った。が、彼女の友人が動かない様子に、初めて焦りを見せた。

「あの‥?」

「聖女様、お願いです。私と共に、」

カイジュールがそういって、少女の手をとると押し戴いた。


その瞬間、あたりが急に赤く染まった。


誰かの叫び声が響いて、誠一の体に自由が戻る。

叫び声をした方‥催事が行われてる校庭を見ると、空が真っ赤に染まり

「‥魔法陣‥?」

真っ赤に染まった空を隠すように広がった、黒い雲の隙間に見えるのは、巨大で緻密な線で描かれた魔法陣。


その魔法陣に巻き上げられた風が竜巻を引き起こし、屋外に出ていたテーブルや椅子、テントを巻き上げていく。あたりには叫び声や避難を誘導する声が響く。


ぐ、と呻き声がカイジュールの口から漏れた。


その声に彼を振り向く。


カイジュールが青白い炎に包まれていた。青い炎の中で苦痛に顔を歪め、白く発光するローブをぐっと掴んでいる。

その顔は土気色に変わり、その手は枯れ木のように青茶色に変わってしまっている。まるで、体中の水分が抜けていくように、カイジュールが干からびて…枯れてゆく。

ふと、カイジュールの言葉を思い出す。

「召喚の儀式では、周りのものは枯れ果てた」

もしかして、誠一はハッとして魔法陣を見上げてカイジュールに視線を戻した。

あの、魔法陣の動力は。


カイジュールが誠一と視線を合わせた。


悟ったような目だった。


その顔に微笑が浮かぶのを、誠一は初めて見た。

カイジュールが震える手を左胸に当てた。


嫌な予感に、誠一は声を上げる。

『だめ」だ!」


少女と誠一の声が重なったその時、


カイジュールの手からは黄金が、少女の手からは白銀の光が溢れた。


そして、

かつん、と、かたい音が廊下に響く。


「カイジュール?」


呆然とした誠一の声に答えるものはいない。


カイジュールがいたその場所に。

カイジュールが跪いていた少女の足元に、艶のあるかたい石が転がっていた。


動力を失った魔法陣は、徐々に小さくなっていく。そして、空に青が戻ると、何事もなかったように晴天が広がっていた。


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