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10 ファンタジーは過保護に匿われる

ある日の朝、カイジュールが言った。

「セイイチ、今日は聖女を探しに行く」


突然すぎて、誠一は目玉焼きに醤油をかけすぎた。

「セイイチ」

「あ、ああ、うん。わかった。俺は条件さえ守ってくれれば干渉する気はないよ」

「わかっている。聖女の同意なく連れ帰らない、セイイチに繋がる糸を残さない、だな」

「…うん。あ、それと」

「ったくさんの注意はいい!気を付けるし、言いつけは守るから」

誠一が息を吸い込んだのを見て、カイジュールは慌てて誠一の言葉を遮った。

不完全燃焼の誠一はそれならいいけど、としぶしぶ言葉を呑み込んだ。


「あ、それと行く前に必ず砥草さんに伝えてね。今まで一人で家から出たことがないんだから、すごく心配するからね」

「‥ああ」

カイジュールは嫌な予感が背中に走ったのだろう、引きつった顔をした。


10時半ごろ砥草さんから「一人で出かけていきました」とメッセージが来た。心配、のスタンプが続く。


それに大丈夫、と返して誠一は窓の外を見た。


この街はこの県最大の都市である。面積も広く、建物も多い。この街の中から、なんの手がかりもなくたった一人を探すというカイジュールの行動は無謀ともいえるだろう。


どんな風に探すのか見当も付かない。土地勘もなく、この世界の常識にも疎い。


(あ、お小遣い持ったかな。足りなくないかな?ていうか、一人で買い物できるかな。お腹すいたり、喉渇いたりしたらちゃんと対処できるかな。やはり、スマホくらい持たせるべきだったろうか)


そわそわと落ち着かなくなる誠一はかなりの過保護だ。

お昼を少し過ぎたころ、砥草さんから「帰ってきました」との連絡が入ってホッと安心した。


折り返し電話すると、砥草さんも安心したような声をしていた。

『10分くらい前にすごく疲れて帰ってきました。今はご飯を食べています。怪我もなさそうです。でも、急に一人で出かけてくるってすごく驚きましたよ。付き添おうか、と言っても断られるし。帰るまで心配でした』

「俺も無事に帰ってきて安心しました。すいませんが、多分、これからたびたび出かけることが多くなると思います。見守ってあげてください」


家に帰ると、カイジュールは寝起きのぼんやりした顔で出迎えてくれた。帰ってから今まで寝ていたようだ。

「疲れた?どうだった?」

「人が、溢れてた‥」

弱弱しい声に、おやと眉を上げる。


カイジュールはご飯を食べながら、ぽつりぽつりと状況を話してくれた。

初めは、家から出ないで聖女を探そうとしたらしい。魔力を薄く伸ばして共鳴する魔力を探る方法で。

「でも、何かに阻まれてうまく行かなかった。ここはセイイチの魔力が濃いからわからないのだと考えて、家から出てみたけど」

うまく行かなかったらしい。魔力を伸ばすと必ず何かに阻まれる。

「でも、しばらくいろいろと場所を変えてやってみる。そう簡単に見つかるとは思っていない」

「そう。でも、気を付けてね。君の世界のようにバイオレンスなことは遠いけど、こっちの外の世界だって危険がいっぱいだからね?!いい―」

「っああ、わかってる、トクササンからもたくさん言われたから。セイイチと同じようなことを言われたから、肝に銘じた。‥でも、こちらの世界は平和だ。女一人で子連れで警戒もせずに歩いていた。小さな子どもが何人も集まって遊んでいるのに、誰も攫わないし襲わない。祝福の儀式を終えたばかりの頃のような年齢の子どもが一人で歩いているのに、誰も反応もしない。何より、人が多くて表情が明るい」

「うん。まあ、いろんな問題や危険はあるけどね。この国はおおむね平和だよ」

「こんな国にエラント大国もなればいいのに」

「‥そうだね。それなら、俺も手放しで君を向こうの世界に帰してやれるよ」

でも、それは夢物語。


それから、カイジュールは精力的に外出をした。初めは昼までが限界だったが、だんだんと外にいる時間が増える。午前中だけでなく、午後からも外出するようになった。


ただ誠一が帰宅すると家にいるから、午後五時には家に帰っているようだ。

もっと、聖女探しに没頭するかと思ったのに、と不思議に思っていたがその謎はすぐに判明した。


砥草さんがカイジュールに「五時の鐘がなったら帰って来てね」と言い聞かせたようだ。

誠一が住むのは一応県庁所在地でそれなりに大きな市なのだがいい感じに田舎で、誠一の住む町会には五時を報せる「五時の鐘」が存在する。鐘が鳴ったらお家に入るんですよ、というのが小学生のお約束だ。


カイジュールも小学生と同じ約束を砥草さんと交わしたらしい。

なんだか、すこしだけいろいろ不憫になる。

砥草さんは誠一より過保護だ。


少しずつ前に進むように、時間は過ぎる。「カイくんのための砥草さんドリル」は小学六年生の内容になり、読む本も児童書ではなくなった。昼間に勉強ができなくなったカイジュールは、リビングで誠一の側で本を読んだり、ドリルに取り組んでいる。今は、自然科学の本に夢中なようだ。特に気象が興味をそそるらしい。


「天気の予測がつけばどう動けば安全かあらかじめ見当が付けられるようになる。

雨に当たれば体力を消耗する。雨になる前に屋根のある場所に隠れなきゃならなかったから、天気には注意していた。

それに、風には魔獣の毒が含まれることもあったから、強い風にも注意が必要だ。

この本にかかれていることはエラント大国でも役立つ」

「そう。なら、もっと詳しい本を探して来なきゃね」

言いたい言葉を呑み込んで、誠一は笑う。


菅原からも連絡は来ていた。話は止めてある。それでも、心配してくれているのだろう、連絡をくれる。

『で?今はどうゆう状態なわけ?早く動いた方がその子のためになるだろう?』

「‥ようやく俺や家政婦さんに慣れたばかりで不安定なんだ。もう少し、時間をおきたい」

『第三者として家政婦さんもいるんだな。それならまだいいけど。良からぬ噂も立つから気を付けないと。トロトロしてると家にも知られるぞ』

「ああ、わかっている。もう少し、彼が落ち着いたら家族にも引き合わせようと思う。ただ、今は難しいんだ」

『あ、男の子なんだ。でも、まあ、その子の覚悟が決まったら、すぐに連絡を寄越せよ。忙しいけど、すごく忙しいけど、すぐに力になってやる』

「はは、わかった。ありがと」

心配されているのがわかって面映ゆい。



やはり、というかそろそろと思っていた浩一から電話があった。

誠兄せいにい、しばらくこっちに来るなって言われたけど、もういいだろ?来週そっちに行くから』

「まだダメ。俺にだって都合がある」

『えー、なんでだよ。もうしばらく誠兄と会ってない!母さんも心配してるよ。佳澄(姪)も誠おじさんに会いたいって言ってんだよ』

「しばらくって‥数か月じゃないか。佳澄だって俺に会うよりももっと有意義に時間を使ったほうがいい。お前も、俺の家に来る以外に佳澄と出かけてんのか?俺よりも家族サービスに専念しろよ。羽澄さん(浩一の嫁)に愛想つかされるぞ」

『残念でしたー。羽澄も佳澄も誠兄さんが大好きすぎて、そっちに行きたいってうるさいんですぅ』

「いい年したおっさんが「ですぅ」とかいうな。‥羽澄さんと佳澄には悪いけど、ほんとに今は都合が悪いんだ。こっちに来ても良くなったら、ちゃんと呼ぶから」

『‥わかった。残念だけど、羽澄にも佳澄にも説明しとく』

「助かる。じゃあ、母さんに宜しく」


電話を切ってため息を吐く。弟家族はなぜか誠一の家を気に入って頻繁に遊びに来る。さすが家族で来るときにはホテルを取るが、浩一だけの時は問答無用で誠一の家に泊まっていく。カイジュールが使う部屋に。


誠一の家は一戸建てだが一人で住むための家なので、部屋数は多くない。誠一の寝室とカイジュールの使う客室、そして物置にしている部屋が二つ。それにリビング兼ダイニングがあるだけだ。

カイジュールがこちらに残るなら、物置を整理して客室を整えなければな、と考える。


カイジュールは2日に一度外に出る。求められて渡したこの街の地図にいろいろ書き込んでいる。

聖女探しは難航している様だ。


そんなある日、砥草さんからお話があります、と連絡を受けた。帰るまで待っていますという砥草さんだったが、申し訳ないので早退して家に帰るとカイジュールの気配がない。今日は家にいる日だったはず、と少し考えると、砥草さんが、カイくんは今お使いに行っています、と答えた。


カイジュールは知らないうちに一人でお使いに行けるようになったらしい。


砥草さんが淹れてくれたお茶をダイニングテーブルについて一緒に啜ると、砥草さんが頭を下げた。

「今日は急に呼び出して申し訳ありません。カイくんがこの家に来てから、もう大分たつのでどんな風になっているのかな、と気になって」

「いえ、砥草さんに報告をしてませんでしたからね。すいません、配慮不足でした。気になるのは当たり前です。カイの世話はほとんど砥草さんが見てくれていますから」

「カイくんのお世話なんて‥うちの思春期に比べて全く手がかからないし、お手伝いも進んでしてくれるんですよ。お礼を言うと逃げられますけど」

ふふ、と砥草さんが笑う。

「逃げるとき、ちょっと照れてませんか?」

「そうそう。それが可愛くて‥、とそんな話をするために呼んだわけではないですよ」

砥草さんが咳ばらいをして姿勢を正す。

「カイの状況については今、友人の弁護士に依頼をしています。ただ、就籍も保護をするにしても、カイ本人が申し立てをしなくてはいけないらしく、その話をカイにしたところ拒絶されました。

‥そのため、前に進めることができていません。

カイの身元に繋がるものもなにもなく、カイ自身もわからないと。

本人の気持ちが決まるまではこちらで勝手に動くことも憚られて、話は今止まっています」

「そう、ですか。カイくんが拒絶を」

「ええ。ですからまだ実家へも説明はできていません。カイの気持ち次第、としか」

「やはり、人が恐いのかしら」

「かもしれません。でも、この頃は積極的に外に出るようになっています。時間をかけてやればきっと」

「じゃあ、これは余計な事かも知れませんが」

そう言って砥草さんはチケットを2枚出した。

「息子の学校の学校祭のチケットです。彼は同じ年頃の子たちと関わったことがあるのかしら、と思ったら心配になってしまって。学校祭なら、同じ年ごろの子どもたちの様子も見ることができるし、学校という場所を見ることができるでしょう?」

砥草さんが出したチケットは、優秀な子女が通うこの街唯一の私立中学校の学校祭のチケットだった。地元民ではない誠一でさえ知っている進学校だ。

「すごいじゃないですか、この学校に通っているなんて優秀なんですね」

砥草さんは微笑むだけ。

「今週の日曜日なんです。急で申し訳ないですが剣崎さん、カイくんを連れてくる事はできますか?」

「ええ。大丈夫です。‥俺もカイにはこういう機会が必要だと思います。俺が行き届かないところまで、ありがとうございます」

玄関から、控えめな「ただいま」が聞えた。リビングに顔をだしたカイジュールは誠一がいることに驚いたのだろう、ほんの少しだけ目を見開く。

「おかえり。お使いご苦労さん」

「おかえりなさい、ありがとう、カイくん」

砥草さんとほぼ同時に声をかけるとカイジュールは困ったような表情をする。

「‥カイくん、剣崎さんにご挨拶は?」

「‥セイイチもおかえり。それとただいま?」

砥草さんがよくできました、というように微笑んだ。砥草さんの躾は完璧だ。


その日、砥草さんには早く帰ってもらった。

夕食が終わってからカイジュールに砥草さんからもらったチケットの話をする。

カイジュールは同じ年頃の子どもが集まって学ぶ場所、というものに興味を惹かれたようだった。

「この世界にはそんなものもあるのだな」

「カイジュールの世界には‥あるわけないよねぇ、生きるだけで精一杯だもの。でも、魔法陣とかの講義があったんだろう?それと似たようなものじゃない?」

「多分、全く違うと思う。魔法陣の講義は魔力の極限まで魔法陣を書き写して、魔力が尽きたら部屋から叩きだされる。最後まで意識を保っていないと食料も貰えないから必死だった」

「ああ‥かなりのスパルタ‥と言っていいのか‥まあ、全然違うね」

セイイチの苦笑いにカイジュールは肩を竦める。

「まあ、百聞は一見に如かず。一回見に行ってみよう。砥草さんも行くって言ってたから多分会場で会うことになるのかな。かなりの人が集まると思うから覚悟しててね。もちろん、カイジュールがきつくなったらすぐに帰るから」

「‥わかった」

「これは子どもたちの催すお祭りだからね、気軽に楽しもう。息抜きもたまには必要だよ。それに、もしかしたら、聖女も見つかるかも知れないしね」

誠一の言葉にカイジュールは少しだけ驚いたように目を見開いた。誠一が聖女の件に触れたのが意外だったらしい。


この言葉がフラグだったとは誠一もカイジュールも気が付いてはいなかった。



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