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出かけた日、カフェでの事だった。

「領地には連れて行けない?」

「ああ。シドはこちらの屋敷で父の第二執事となる。父がそう決めた。私では覆せない。全く会えなくなる訳では無いが、すまない」

「そうですか……。分かりました。お兄様、お気遣いありがとうございます」

「マリア、そろそろ覚悟をして欲しい。心までは縛れない。それは十分理解している。君が血縁上でも実の兄である私との結婚が本意では無い事も分かっている。だが、綺麗事では済まないのだ。シドは使用人だが、優秀な男だ。マリアが子を産んだ後は二人で領地の端の屋敷に移るといい。その頃には父から私に代替わりは済んでいるだろう。三人程子を儲けるまでの間だ」

マリアはティーカップをゆっくりソーサーに戻した。

「ありがとうございます、お兄様」

マリアは流されるしかない己の運命を呪った。

「よせ、本意では無い。マリア、私は実妹であるお前を心底愛している。だからマリア、幸せになるのだ」

マリアはユアンの偽りの無い愛を利用している自分に心底嫌気が差した。しかし、自分でどうする事も出来ない衝動がマリアを焼いていた。

そうしてマリアが前にも後ろにも動けずにいるうちにあっという間に時は過ぎた。








婚姻式の日の朝———。

マリアは人生で一番美しく飾られていた。

ユアンはうっすらと涙を浮かべて微笑んだ。

「ああ、マリア。美しい私の花嫁。思う所はあるだろうが、堪えてくれ」

そう言ってマリアを一人支度部屋に残して去った。

暫くすると、シドが入室して来た。

「ユアン様に言われて参りました。お嬢様、おめでとうございます。どうぞ……お幸せに」

シドは珍しく微笑を浮かべず顔を歪めてマリアに祝いの言葉を述べた。また、マリアが強請ってもあの背徳的な遊びはしてくれなかった。

マリアはユアンの物になってしまう前にもう一度だけ、シドを確かめたかった。だが、それは叶わなかった。


式は恙無く済み、マリアは初夜を終えた。

名実共に、マリアはユアンの妻となったのだった。

そしてシドは忽然と姿を消した。










マリアはユアンと結婚し、二男一女を儲けた。

実に婚姻を結んでから十年という歳月が流れていた。

その間シドは一度もマリアの前に現れ無かった。ユアンは、シドが消えた理由も分かる気がするとマリアに言った。自分の愛する人が他人と結ばれ、剰え身体を開くような行為を傍らで見つめ続けるのは余りにも残酷だ、とユアンは言った。

ユアンとの生活は概ね円満だった。激しい炎のような身を焼く愛ではない。だが、いつもそっと側に寄り添うような愛であった。

マリアはユアンと共に過ごし、ユアンを兄では無く、夫として好ましい箇所を多く見つけた。ユアンは兄妹だった時よりも穏やかになった。子が生まれてからは益々顕著で、愛妻家、子煩悩な父親として通っていた。

マリアはユアンの目尻に薄っすらと浮かぶ笑い皺が好きだった。

ユアンは若い頃は人形のように整った顔をした男だったが、マリアを手にしてからは感情豊かな人間になった。


十年は長い———。


シドを思う気持ちはいつの間にか思い出としてマリアの胸に刻まれた。マリアもユアンもそう思っていた。

そんなある日だった。

シドが突然領地の屋敷に現れた。


「お嬢様、迎えに参りました」


より大人びて色気の増したシドをマリアとユアンと二人の子達は迎えた。

ユアンは気の抜けたように俯き、マリアの背を押した。

「マリア、約束だ。君は充分に義務は果たした」

マリアは振り返ってユアンを見る。ユアンの瞳は黒く濡れ、小さく揺れていた。そして、ユアンに縋り付くマリアの子どもたちは皆不安げにマリアを見ている。

「お嬢様」

シドがきつく嗜めるように呼ぶ。

マリアはふらふらとシドに促され、屋敷を出た。

門前に停められた馬車に乗り込むと、シドはマリアをきつく抱き締めた。

「やっと返してもらえた。やっと、やっと俺だけのマリアだ」

シドが自らを俺と言った。マリアはその些細な違和感を噛み締めた。

マリアは思う。一体自分はシドの何を見ていたのだろうか。シドがマリアに見せる顔は執事として弁えた姿に他ならない。品行方正な執事の顔をしたシドに憧れただけなのではないか。

マリアは馬車の小さな窓から小さくなり行く屋敷を見た。

そこにはユアンが膝をつき顔を両手で覆い、項垂れる姿があった。その傍らには自分の幼い子らが呆然と戸惑い立ち尽くしている。




———戻らなければ。


マリアは馬車を降り、自らの意思で愛しい家族の元へ、ユアンの元へ戻った。

ユアンはいつも自分の感情よりもマリアを大事にしてくれた。

ユアンは己の総てをマリアに差し出してくれていたのだ。

マリアは駆け寄り、家族を抱き締め泣いた。

「ユアン、ごめんなさい。やっと気付いたんです。貴方の深い愛情に」

ユアンは泣き濡れたままに首を振る。

「構わない。いいんだ、マリア。君は戻ってくれた」

マリアは愛しさが込み上げた。

ユアンはマリアを力の限り抱き締めた。



★★★



だが、愚かなマリアは知らない。


ユアンがマリアを抱き締めている顔を。




———やっと手に入れた。









短い話ですが、お付き合いありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白くて読み易かったです。 この後シドはどうなったのでしょう? 気になりました。 読ませて頂いて有難うございました。
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