ある作家の休日
冬。
始まったばかりの1番嫌いな季節に、僕は思わずため息をつく。
目的地に到着すると、それは綺麗な木造の一軒家だった。
手紙には勝手に入っていいと書かれていたので、一応ノックをしてから、入った。
中には一人の青年がいた。
コーヒーを片手に出迎えてくれた彼はにこにこしながら喋り始めた。
―――――――――――
やぁやぁ、今日はいい天気だね。雪という天の恵みがたくさん降ってて。
何か降ってる方が何もない晴れより楽しいとは思わないかい?
……そっか。
……あ、そこ座って。
コーヒーいる?
……いらない?残念。
ん?外の子供たちが気になるかい?
久しぶりの雪なんで少し興奮しているだけだよ。
それにしても子供たちはいいよねぇ。やりたいことをたくさんできて。
ほら、遊ぶっていうあの子たちが今1番したいことを必死になってやってるじゃないか。
人間なんて、やりたいことが見つかったなら、もうそれ以外は目に入らなくなるよ。
スポーツだったら、一日中その練習をしてるだろうし、料理だったら、一日中料理を作っているだろうね。
まぁ、それが僕の場合は「書く」ということになってしまったんだけどね。
「書く」ということに興味を持ったんだ。
だから幼い頃僕は「書く」ということだけやっていたさ。
いつか、今いるこの世界に入るために。
だけどこの世界に入って、すぐ思い知らされたよ。
この世界がどんなに厳しいものかをね。
……最初から分かっていたんだ。ただ予想より、厳しかっただけ。
この世代が、相手が悪かっただけだ。
この小説家という職業を生業としている天才が、他の世代と比べて多かっただけ。
まぁ、そこで自分の力がどんなに惨めで弱いかを知ったんだけど。
早めの挫折は、今思えばよかったと思うよ。増長せずに自分の道を歩けてる。
君は?
……本当に?
ところで、話は変わるけど、君にはピンチになった時、助けてくれる人はいるのかい?友人とか、家族とか、親戚とか。
もし、いるのなら、その人たちを大切にするといい。
今は邪魔だと思っていても、いつかその人たちを頼らなければいけない時が来るからね。
まだ分からないかもしれないけど……
……僕?さっきも言ったけど、僕は書くことにしか興味を持たなかったから、書くことだけやっていたよ。
だから、身の回りの変化に気づくのが遅れた。
やりたいことをやっていただけで、怒られた…。
でも今になって思うね。あの時もっと周りに目を配っていたら、ささやかな人間関係の変化に気付いていたらってね。
若い時、時間なんていくらでもあったんだ。
とても反省しているよ。後悔はしてないけどね。
……いやーそれにしてもこのコーヒー美味いなぁ。
君も飲むかい?
…まだいらない?残念。
あー、それでだね、なんで後悔はしてないかっていうと、後悔っていうのは、過去の自分は間違っていたと言い切ってしまうことだろ?
だから、僕はそうは思わない。僕のしたことは間違ってなんかいないさ。
そう信じたいだけかもしれないけど……
君は今までの自分に後悔しているかい?
過去の自分は間違っていたと言い切ってしまうかい?
……じゃあ反省は?
……なるほどね。
そういえば、他人に悪口を言われた経験はあるかい?
……僕はあるよ。当たり前さ。
この世界に悪口を言われた経験がないって人はいないんじゃないかな?
それじゃあ逆に悪口を言った経験は?
……僕は無いよ。これも当たり前だね。
なぜってその言葉をどう受け取るかは相手次第だからね。
その相手が悪口だと受け取れば悪口になるし、お世辞だと思えばお世辞になるんだ。
だから僕は悪口なんて言ったことないよ。
僕の言葉を聞いた、相手からしたらどうか分からないけどね?
少なくとも僕は悪意のある言葉を他人に浴びせたりはしたことないよ。
あー、そういえば僕に1番最初に送られてきたファンレターは、悪口だったよ。
あなたの作品はとてもつまらない、読んでいて苦痛だ、何を伝えたいのか分からないってね。
それは相手からしたら、悪意がある言葉だったのかもしれない。
だけど僕にとっては、内容がどうであれ手紙を送ってくれたということが嬉しかったんだ。
だから、その手紙を読んでいて苦痛ではなかったよ。
それに、そもそも手紙を送るといのは、とても勇気がいることなんだ。
勇気を出してこの人は手紙を送ってくれたんだよ。
それって少なくとも僕の作品を読んでくれたってことだろ?
そしてその上で批判をしてくれた。
作家としては嬉しいことだ。
……わかりにくいかな?
……そうだね。
じゃあ……少し休もう。コーヒー飲むよね?
……あぁ大丈夫だよ。ミルクも砂糖もちゃんとあるから。
……君、もしかして甘党かい?
さてと、批判が嬉しいとか、そんな話だったかな?
…うーん、どう話したらいいんだろうね。
例えばの話だ。
僕が十人の読者のために本を書くとしよう。その場合その中で九人が僕の作品を好んでくれて、残りの一人が嫌いになったとしよう。
九人の中には、僕にファンレターを送ってくれる人はいるかもしれない。
否定より、肯定の方がしやすいからね。
じゃあ嫌いになってしまった人は?
その人ははたして僕に手紙を書くことができるだろうか?
その人があまり批判をしたくない人だったら?
その人が手紙を出す勇気を持ってない人だったら?
その人がそもそも僕の作品に興味が失せてしまったとしたら?
多分その人は僕に手紙を出せないと思うし、僕はその考え方の人が多いと思うんだよ。
じゃあ今度は百人だったらどうだい?
その中で十人が僕の作品を嫌ったら?
その中にはさっき言った中に当てはまらない人が出てくるかもしれない。
じゃあ僕の作品を嫌った人が百人いたとしたら?千人いたとしたら?
ほぼ間違いなく僕に手紙が届くだろうね。
さっき言ったことのどれにも当てはまらない人が、数人はいるだろう。
でも、それでも僕の作品を好きになった九百人は?九千人は?
僕の本を読んで楽しかったに違いない。
僕はそう思うよ。
あーちなみに最初の手紙が届けられた後、すぐに九枚のファンレターが届いたよ。
とても嬉しかったなぁ。
おっと、もうこんな時間か。
すまないね。これからもう一人客が来るんだ。
また後日話そうじゃないか。
今日はありがとう。僕の話を聞いてくれて。
せっかく来てくれたんだ。外まで送るよ。
―――――――――――
そう言って彼は僕を外まで送ってくれた。
外に出て、彼が「またね」と言ってドアを閉める時、コーヒーのいい香りがした。
もう一杯頂けばよかったかもしれない。