その56
これから凛と会うのだけど凛にこんなに緊張するのは初めてだ。 凛を意識し出した時もこんなに緊張したことはなかった。
伶奈や凛もこんな気持ちになったんだろうか? 2人は俺よりずっと強い人間だ、精神的な意味で。俺は伶奈や凛が優しくしてくれてそれに甘えて逃げてただけだ。 だから俺は今日一歩踏み出す。
凛の家に着きインターホンを押すと凛のお母さんが出た。 どうやら凛は朝に出掛けたらしい。 どこへ行ったのか聞いたが凛はフラッと出て行ったのでわからないらしい。
凛はどこに行ったんだ? 出掛けるとしたら駅の方に行ってるのか? 俺はそう思い来た道を引き返す。 だけど入れ違いになったらますますわからなくなりそうだ……
一応駅に戻ったけど凛はどこにもいなかった。 時間が過ぎるとどんどん見つけられなくなる。 もしかして近所か? いや、出掛けるのに何もない近所はあり得ないだろと思ったけどふと思い浮かんだ。
もしかしてあの公園にいるんじゃないか!? 俺は少し急いで公園の方へと向かった。 すると眼鏡を掛けた女の子が公園のベンチに下を向いて座っていた。 凛か? 髪型は凛だよな? 少し注意して近付くとやっぱり凛だった。
すると凛が気配を感じたのか顔を俺に向けた。 凛は驚いていた。 なんだか凛が眼鏡を掛けているとあの頃に戻ったみたいだ。
「こんな所でまたなんか探し物か?」
「え? それって…… やっと思い出したんだ」
「ああ、凛はずっと覚えてたんだな、俺の事」
「…… 当たり前じゃん」
「目悪かったんだよな凛って。初めて会った時も眼鏡掛けてたもんな」
「ああ、これ? 今はコンタクトにしてたんだけどね…… 誰とも会う事ないかなって思って」
少しの間沈黙が訪れる。凛はまた下を向く。そして俺と目を合わせずに凛が最初に口を開いた。
「伶奈ちゃんにはもう告白した?」
「うん」
「そっかぁ、伶奈ちゃん瑛太の事好きだから絶対上手くやっていけるよ。 長いようで短かったなぁ」
「違うよ凛、俺は伶奈に凛の事が好きだって伝えたんだ」
「へ?」
「それとさ、これは大事な事なんだけど伶奈は来週にはいなくなっちゃうんだ。両親の仕事の関係で引っ越すらしい」
凛は驚いてこっちを見る。そりゃあ驚くよな、昨日は伶奈が好きだって言っておいて今日は凛が好きって。それに伶奈が引っ越す事も。 でも今の気持ちが俺の本心だ、信じてくれなくても信じるまで凛に伝えるんだ。
「だから……だから私なの? 本当は昔の事思い出さなくても私の事好きになってもらいたかった。 だけど結局それだと私は選ばれなかった…… 伶奈ちゃんがいなくなるから仕方なく私を選んだの? だったら私……」
「違うよ。 俺今日までずっと悩んでいたんだ、昨日凛と別れた後からこれで良かったのかってずっとさ。 ずっと凛の事が頭から離れなくてそれで居ても立っても居られなくなって今朝早く出てきちゃって凛の家の方へ足が向いちゃってさ。なんとなく歩いていたらこの公園に着いてその時わかったんだ」
実際はどうなっていたかわからない。でも凛と別れた後俺はずっと伶奈に告白することより凛の事ばかり考えていた。多分俺の心はもうその時に……
「…………」
「だから凛に頼みがあるんだ。 俺を助けて欲しい」
「え?」
凛に告白する、俺は伶奈がいなくなるから凛と付き合うと凛は思っているようだけどそんなんじゃない。 だけどそう思われたって仕方ない、だから断られるかもしれない。 とても緊張する、だけどもう言うしかない。
「俺どうしようもないくらい凛が好きだ、他の誰より。だから俺の気持ちを受け取って欲しい」
「本当に本当?」
「本当だよ」
「 ズルい瑛太って。大好きな瑛太の頼みを断れるわけないじゃん、私ずっと前から好きだったんだから」
俺は凛を抱きしめた。今まで待たせてごめんな。 こんな俺を好きでいてくれてありがとう。
「本当に瑛太は鈍感なんだからッ」
「そうだよな、全然気付かないなんて鈍感だよな。 昔も可愛かったけど今はもっと可愛くなってるんだもん凛は」
「バカ! 誰から告白されたって心の片隅でずっと瑛太の事忘れられなくてずっと誰とも付き合えなかったんだから!」
「そんな思いさせてごめんな」
「もういいよ。 それでも私瑛太の事好きだから」
しばらく抱き合い俺と凛は凛の家に向かって歩く。そして凛の家に着き凛の部屋で俺達は何をするわけでもなく静かにお互いにくっついていた。
すると凛はハッとして伶奈との事を聞いてきた。 そしてさっきあった事を詳しく凛に話した。
「伶奈ちゃん、そんな事言ってくれたんだ……」
「ああ、だから伶奈はあんな約束したんだな」
「やっぱり伶奈ちゃんって私より全然いい子だね。 私が伶奈ちゃんだったらそんな事できないかも」
凛は伶奈が転校するって事にやっぱりショックを受けている。今では鞄に伶奈が買ったキーホルダーも付けてるし、せっかく仲良くなってきたのにな。 俺だってそうだよ、でも凛も伶奈と同じ立場だったら伶奈と同じ事しそうだな。 凛もそういう子だよ。
「でもそうなったら結局伶奈ちゃんの思ってるように事が進んだわけね」
「でも俺は凛の事が好きになったわけで」
「結果論! 過程はどうであってもちゃんとお別れしたいな、伶奈ちゃんとは。 いろいろあったけど私いつも伶奈ちゃんに対抗してたけど楽しかったんだ。 なのに私がそんな瑛太を伶奈ちゃんからとっちゃったって事になるんだよね…… こういう事だってわかってたけど少し寂しい気もするよね。 伶奈ちゃんきっと凄く悲しんでると思う」
そうだよな、俺達と離れ離れになって馴染んだ街ともさよならで新しい所でまたやっていくって慣れるまで結構大変そうだよな。 それに加えて今日は悲しい思いをさせてしまった。
俺が考えていると凛が俺を心配そうに覗き込んでいる。
「瑛太、やっぱり後悔してる?」
「凛を選んだ事は全然後悔なんかしてないよ。ただ伶奈にも俺酷い事したよなって思ってたんだ」
「じゃあさ、伶奈ちゃんいなくなる前に3人でパアッと遊ぼう? その方が私達らしいよ!」
「そうかな? ……そうだよな」
俺は今日晴れて凛と恋人同士になったわけだがそれは伶奈にとってはそれで良かったと言ってくれたけど確実に悲しませた結果となった。 それは凛にとっても同じだったんだろう。




