その48
「なぁ、瑛太のどこがいいんだ?」
凛が前の席の冨樫からそう問われていた。 最近俺は伶奈と凛とそれに橋本から好かれているというのはクラスでも周知の事実になっていた。
だけど3人の高スペック振りはみんなわかっているし、それなのになんの取り柄もない俺がその3人から好かれているのはどうしても納得いかないらしい。
強いて言うなら橋本とは体育祭の時俺とペアになり一生懸命練習していたのは他の奴らも見ていたから橋本とはそれで仲良くなったんだとクラスの連中も思っているが伶奈と凛は未だに何故? という感じだ。
それはそうだろう。 俺は伶奈とはどっちも好きだったからっていう事で決着がついたけど凛も俺の事が好きだったという事で俺も納得していた。
そんな事を今更…… なんて他の連中は知る由も無いだろうけど。
「瑛太のどこがいいかって? 全部に決まってるじゃない」
「へぇ」
冨樫が俺を冷めた目で見ながら凛の答えにそう答えた。まぁ全然そんなんじゃ納得できないわな。 俺も逆の立場なら同じだったろう。
「瑛太君、あれから何もない?」
昼休み伶奈がそう言ってきた。 俺が先輩に目を付けられて以降心配なのか結構な頻度で聞いてくる。 伶奈にとって少しショックだったんだろうな。
「瑛太にまた何かしたら今度こそ言いつけてやるんだから!」
「凛とか橋本にちょっかい出さなくても2年には椿先輩っていうめちゃくちゃ可愛い先輩いるのにな」
「え? 瑛太知らないの? 椿先輩には彼氏いるのよ、凄いイケメンの」
「あ、春人先輩でしょ? そういえば椿先輩のお姉さんも卒業しちゃったけど凄い美人らしいよね?」
「確か奏先輩だったけ?」
「なんで凛が知ってるの?」
「だってちょっと前に椿先輩のお姉さんが椿先輩のとこに訪ねてきてそのお姉さんがあまりに美人だからみんな騒いでたじゃん?」
「そうなのか? 知らなかった……」
「あはは、瑛太君らしいね」
「確か奏先輩って学校にいた時はは3大美女の1人とかって言われてたらしいよ?」
なんだそりゃ? そういう通り名的なの好きだよなぁ。
「それと3年生には岬先輩がいるでしょ。 1年の私達には私含め伶奈ちゃんに鈴菜さん、それに橋本さんも入るよね。だったら私ら四天王的な何かじゃない?」
おいおい、凛は確かにそれくらい可愛いけど自分で言うと凄く残念に聞こえるぞ?
「あと1人いれば戦隊モノのなんかになりそうだな」
仕方ないので凛の発言に乗っかってあげた。
「そんな変なのと一緒にしないでよ!」
乗っかってあげたのにこの反応…… だってそう思ったんだからしょうがないだろ。
「てかあのサッカー先輩の事思い出したらムカついてきた!」
サッカー先輩って…… 腹が立ったのか弁当のおかずを勢いよく口に放り込んでそう言った。 でも俺の為にそこまで怒ってくれる凛にありがたい気持ちもあったがこんな俺にと申し訳ない気持ちもあった。
「まぁあの時お前ら来なかったらヤバかったかもしれないけどさ。 俺他の奴らからも似たような感情抱かれてるんじゃない?」
「へ? そうかな?」
「瑛太君に?」
2人の中では俺は美化されているのか知らないがまったくそんな事を思わぬとらしい。
「俺って先輩が言ってたようにカッコ良くもないし取り柄もないし喧嘩も強くないし何もいいとこないような気がするんだけど?」
「あはははッ、何その冷静な自己分析」
「うーん、確かにそうかもしれないけど私からしたら瑛太君はとってもかっこいいし優しいし」
「あ! 伶奈ちゃんズルいよ! それ私が言おうとしたのに」
それを補正と言うんだよ2人とも。 どうやら2人には俺がそう見えているらしいけど俺にとっては2人は完璧で眩しいくらいだ、俺から見てもそうなんだから周りがああ言うのも自分で納得だ。
「瑛太は何か私達に不満なの? 」
「不満なんてあるはずないだろ? 寧ろ俺にはもったいないくらいだなっては思ってるけど」
「フフッ、瑛太君はそんな謙遜しなくていいのに」
そう言って伶奈が俺に肩に顔を寄せて甘えてきた。 それやられるといつもドキッとするから心臓に悪いんだけど。 それにそんな事したら凛が……
「だから伶奈ちゃんばっかりズルいってば!」
それ見ろと俺は思った。負けじと凛も俺に膝枕をしようとしてきた。 弁当食べてる最中なんだからそういう事やめて下さい。
「瑛太は今の所私と伶奈ちゃんどっちに気持ちが傾いているのかなぁ?」
膝の上から俺を見上げて凛はそう言った。 どっちなんだろう? そんな事すら今の俺には答える事が出来ない。
もし一夫多妻制の世の中だったら何も問題ないのになぁと世の中の女を敵に回しそうな事を考えていた、こんな調子だからどっちか決められないんだ。
「もし一夫多妻制だったら丸く収まるのにね」
凛がそう呟いた。 俺と同じ事考えてたのか!? てかお前はそれでいいのか? と言いたい。
「凛ちゃんそれでいいんだ? じゃあ第一夫人は私だね」
「ちょっとぉ! それは私よ!」
「いいえ、私です。 もともと瑛太君は私が好きだったんだから」
「そんな事ないもん! 私が最初に瑛太に話しかけたんだから!」
伶奈の発言でありえもしない事で口喧嘩が始まった。
「ねぇ瑛太君、約束覚えてるよね?」
いきなり伶奈がそう言ってきた。 たまに聞かれるが伶奈がそう言う時は決まって真剣な表情になる。
よほど重要な事なんだろう。 当たり前だが俺にとってもその約束は重要だ。 文化祭が終わるまでにどっちか選ばなきゃいけない。
それは俺達3人がもう今までのようにはいられなくなるかもしれないからだ。こんな風にしていると伶奈と凛がいるのが当たり前のように感じるがそれは今だけの特殊な状況下にあるから。
伶奈は凛とはそれで終わりにならないと思っているが本当にそうなるだろうか?
伶奈の少し深刻そうな顔を見ているとそう考えてしまう。
それは本当はそれだけじゃない気がして他ならない。 ただ俺は鈍感だと言われているからそれすらどうなのかわからない。
「ああ、覚えているよ」
だからそう返す以外何も言えない。 すると凛も伶奈の言葉に若干不安めいた顔をしている。
「伶奈ちゃんの約束は覚えてるのにな……」
凛は消え入りそうな声でそう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。 凛は凛で何かあるのか? こいつもよく約束とか言ってるし。
俺は何ひとつわかっちゃいなかった。 だけど今だけのこの伶奈と凛がいてくれるのも俺にとっては大事な時間になっていた事は事実だ。
終わる時は必ず来る。 だけどこの心地よい時間だと思っているのは能天気な俺だけなのかも。
伶奈と凛にとってはいつもどっちが? と心の片隅では思っているに違いないはずだからな。
だけど本当にその事を真剣に聞く事は2人ともあまりしない。 それは答えを聞くのが怖いのもあるし俺が困ると思っているからかもしれない。
側からなんの関係もない奴からしてみれば俺はとても卑怯で酷い事をしている。だからあの先輩から殴られても当然の報いなんだ。
奈々も言っていた。 お兄ちゃんはきっといつか痛い目見る事になるよと。 そうだな。
俺だって非モテな人間だったんだ、だけど急に伶奈と凛に好かれ出してなるべく考えたくはなかったけど最終的にはそうなる気がしてならなかった。
伶奈にはどんな結末になるかわかっているのかそう聞いてくる時は凛よりも影がある表情をしていた。 なぁ伶奈、お前の言った通りに本当になるのか? と俺は心の中で呟いた。




