六十七 お腹の子
「タエ様。お食事をされてください」
「いらないわ」
パルに請われたが、タエは首を横に振って、視線を窓の外に向ける。
あの日から、タエは目を離すと、バルコニーから飛び降りようとしたり、首を吊ろうとしため、静養という名目で王宮から少し離れた屋敷へ移された。
彼女の状態が落ち着くことはなく、こうしてパルが四六時中ついていた。
食事を拒否するようになってから二日が経つ。
「……パル。お願い。私を死なせて。さもなければ殺してちょうだい」
彼女は死を渇望しており、こうしてパルに話しかけることが多くなった。
ライベルやクリスナが訪れた際も同じで、彼女は目を真っ赤にさせ、目の周りは寝ていないため黒い隈ができている。
ベッドに横になったかと思えば、彼女は飛び起きた。
そして、静子とマリアンヌに許しを請う。
パルはタエが痛ましくて、彼女をその手に抱いたライベルに恨みを持ったくらいだった。
☆
「どうしたらいいのだ」
ライベルはタエの変わりように、何もできない自分に苛立っていた。
あの時、タエのことを静子だと思って抱いてしまった罪悪感、後悔で息が詰まりそうになる。
彼に対するクリスナは珍しく無言を貫いている。
息子を失い、彼はその怒りを糧として貴族たちを裁いた。それが終わり、今度はタエの問題。これは彼女の心の問題であり、クリスナには打開案がまったく浮かばなかった。
彼にはまだ両親を失った孫への問題などが山積みで、心に余裕がなかったこともある。
☆
「僕のせいだ。僕が余計なことを言ったせいで」
王太子の間で彼は頭を抱えていた。
タエがライベルの子を身篭り、その事実によって彼女が精神に異常をきしたことを、彼はハイバンから聞き出した。
これまで二人は夫婦としての営みを行ったことはない。ライベルは静子を深く愛しており、タエと床に共にするつもりはなかった。対するタエも静子を立てており、その上彼女の気持ちはニールに向いていた。
しかし事は起きてしまった。
しかもニールの死の真実を知った夜だ。
カリダの部屋から出て行ったタエの様子はおかしかった。
己を子ども扱いし、まるで時が戻ったようだった。
――ニール様に返事をしてこなきゃ。
タエはそんなことを呟いていた気がする。
あの時のタエはまるで少女のように笑っていた。
(二人はそれぞれの愛する人を思いながら、慰めあった……)
そう思うのが自然で、その結果、タエが身篭った。
内心ライベルへの怒りで腸が煮えくりそうであったが、自殺を繰り返すというタエの状態を思い、彼は怒りを抑える。
「謝りに行こう。僕のせいなんだ」
カリダはそう決めると、タエの養生する屋敷へ出かけるための準備を始めた。
タエは食事をとらなくなっている。自殺を繰り返す上に、絶食だ。
すでに最悪の状態であり、カリダが訪ねることで状況がこれ以上悪くなるとは思えず、ライベルは彼の訪問許可を出した。
その日の午後、彼はタエを訪ねた。拒否されたが、彼は無理やり部屋に入り、変わりはてたタエへ詫びを繰り返す。彼女はカリダは悪くないと伝え、彼が部屋を出ていくことを願った。しかし、カリダは断固として退出することはなかった。
食事が運ばれてきて、拒否したタエにカリダは無理やり食べさせる。彼女が食べない限り、部屋を出ないと言い、彼自身も食事をとらなかった。
タエは根負けして、スープを飲んだ。
三日ぶりの食事で、パルは喜び、カリダ自身も安堵した。
それからカリダは毎日通い続けた。
「殿下。私が生きていて何になるのです。この子は罪の証です」
「罪の証なんて。僕の妹か、弟じゃないか」
「罪です。生まれてきてはいけない子。この子を殺すのは忍びない。だけど、存在してはいない子なのです。だから、私の死と共にこの子を……」
「タエ。それなら、存在しないように僕がする。誰にもわからないところで、その子を育てる。妹か弟かわからないけど」
「あなたの兄弟ではありません。この子は!」
「そうだね。……その子はタエの子だ。僕の兄弟じゃない。タエのお腹に宿った子だよ。だから殺すなんて言わないで」
カリダは必死にタエを説得しようとした。
同時にタエが眠るのを確認すると王宮へ戻り、ライベルに彼の考えを伝えた。
生まれた子をどこか遠くに連れていき、そこで生活させる。もちろん、信用の足るものを傍に付ける。監視をつけて、誰にもその存在を知られないようにする。
カラスの協力を仰ぐように進言したのはクリスナだ。
ライベルは己の罪悪感から、それに合意して、計画は進められた。
タエは王宮に戻らず子供を出産した。そしてその子は、タエの願いによりパルによって育てられることになった。
――誰にも存在を悟られないように。お願いパル。その子は罪の子なの。
タエはパルに何度もそう伝えながら、彼女の腕の中で静かに眠る子に心の中で懺悔をした。
――ごめんなさい。あなたの未来を奪ってごめんなさい。




