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六十六 記憶の断片


「タエ様。お加減はいかがですか?」

「ああ、大丈夫よ」


 タエはベッドに横になりながらパルに答える。


 貴族戦争終結、そしてニールが亡くなって一か月が経っていた。

 毒に侵され目覚めてから数日の記憶がタエにはない。

 ニールが亡くなったことは知っている。

 それで取り乱したことも、だが彼女はニールの死因も何もかも聞いたはずなのに、記憶を失っていた。

 ニールの死の事実、それが大きくてそれ以上聞きたくない。

 きっと聞いてしまったことで、記憶障害が起きているのは確かで、周りも曖昧にするので、タエは誰にも確かめなかった。

 喪失感だけが残り、タエはとりあえず王妃の義務を果たしながら生きていた。


 変ったことといえば、タエとライベルの夜の擬態をやめた。ライベルが言い出して、タエもそうしたほうがいい気がして、二人は夜のひと時すら一緒に過ごすこともなくなった。


 数日前から吐き気を覚えて、今日も食事の後吐いてしまい、タエはベッドに横になった。

 パルにして珍しく青白い顔をしており、タエは自身の体調の悪さよりもそちらのほうが心配になったくらいだ。


「タエ様。医師に診てもらいましょう」

「そうね」


 タエは彼女の提案を軽く受け止める。

 しばらくして医師がやってきて、彼女の脈と取ると顔をゆがめた。


「どうかしたのですか?」

「いいえ……。お疲れのようです。ゆっくり休まれてください」


 医師はそれだけでいうとパルと共に部屋を出ていった。

 タエは何か嫌な予感がしていた。けれども、その予感を確かめる、それ以上考えることは自分をおかしくすることを本能でかぎ取り、目を背けるため、本に目を落とす。

 本を半分ほど読み終わり、タエはパルの戻りが遅いことに気が付いた。


(何かあったのかしら?)

 

 吐いたおかげで、気持ち悪さはなくなっていた。

 ベッドから降りて歩きだしたら、扉が叩かれ、許可を出すより先にライベルが入ってくる。


「陛下……」


 彼が王妃の間を訪ねるなど珍しく、彼女は戸惑ってしまった。


「タエ。どこにいこうとしていたのだ?」

「パルの帰りが遅いので近衛兵に確認しようと思ったのです。それより陛下はなぜ、こちらへ」

「ベッドに戻って、話がある」


 ライベルにそう言われ、タエは指示通りにベッドに座る。


「落ち着いて聞いてほしい」


 彼はベッドの近くに椅子を自ら置き、彼女と目線を合わせた。緑色の瞳は真摯に彼女を見つめている。


「お前の腹の中に俺の子がいる」


 タエは言われた意味がわからず、目を瞬かせる。


「すまない。あの時、俺もどうかしていた。お前の記憶がないので、このまま一生言わずにいるつもりだったのだが……」


 ゆっくりと語られる言葉によって、タエの脳裏に記憶の断片がよみがえってくる。カリダに告白されたこと。解毒剤は一つしか残っておらず、ニールではなくタエに使われたこと。そして……。

 ベッドで乱れた己の痴態……。


「いやあああ!!」


 彼女は叫び両手で顔を覆う。


「私は、私は……!!」

「タエ、落ち着け。落ち着いてくれ!」


 ライベルが近づいてきて、タエは「ニール」と呼びながら、彼に体を預けた己、感覚を蘇らせた。


「殺して、お願い。今すぐ私を殺してください!」

「タエ」


 タエが興奮するだろうことは予想済で、人払いは済ませていた。扉にいるのはパルだけだ。


「タエ!」

「さ、触らないでください。こんな私。静ちゃんにもマリアンヌにも顔向けできない!」


 近づいてくるライベルから逃げようと、彼女はベッドから降りて、じりじりと後退する。


「お前は悪くない。悪くないんだ。だから」

「私がすべての元凶です。私があの時静ちゃんを止めれば、静ちゃんは死ぬことはなかった。そして私はこの国にくることはなくて、ニールは私と会わず、マリアンヌと幸せにくらしていたはず」

「タエ。シズコの死はお前のせいじゃない。俺こそ、召喚などしなければ、お前は元の世界で幸せをつかめたはずなんだ。すまない」

「陛下。なぜなんです?なぜ、私を……」

「お前が俺をニールの代わりに思ったように、俺もお前を静子の代わりに思った。だが、間違いだった。許してくれ」

「私は、なんてことを……!」


 タエは手を顔で多い、動かなくなった。

 ライベルは少しほっとして彼女に近づこうとしたが、タエはバルコニーに向かって走りだした。


「タエ!」


 彼は彼女を追う。

 タエがバルコニーに手をかけ、身を乗り出した瞬間、黒い影がライベルの視界をよぎる。

 鈍い音がして、力が抜けた彼女を男が抱えて床に置いた。


「気を失わせただけです」


 それはハイバンで、彼は用が済んだとばかり、すぐに姿を消す。

 ライベルは床に膝をつけ、倒れた彼女をのぞき込んでその無事を確認した。呼吸は穏やかで、胸も規則的に上下している。


「俺は過ちを犯した。取り返しがつかない過ちを」


 バルコニーから見える空は灰色で、雨が降りそうだった。


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