六十五 過ち
ライベルは疲れていた。
ニールが命を落とした。王宮内に手引きしたものがいるのは当然で、それを炙り出し厳しく処断した。
もちろん、捕獲した偽物の「ドニ」は王族殺害の罪で処刑、ほかの貴族たちも加担したということで、処刑した。
クリスナは怒り、ライベルはそれを止めれなかった。
今回ジスランに兵を貸さずとも、王に賛同しなかった貴族は容赦なく取り潰した。
貴族の数は半分までに数を減らし、いくつかの領地を統合させた。
ライベルやクリスナは痛みを忘れるように仕事に没頭した。
目を覚ましたタエに対しても、己の疲れがたたり優しい言葉をかけられなかった。黒い瞳で見つめられると落ち着かない気分になり、すぐに部屋を出てしまったくらいだ。
ニールの死も説明しなかったが、恐らくパルから聞き出し、悲観にくれている。
ライベルはそう考えたが、己がどうしていいかわからず、執務が終わるとまっすぐ寝室に戻った。
なので、そこでタエが己を待っているのを見て、顔をこわばらせてしまった。
「タエ。どうしたのだ?わざわざ待たなくてもよかったのに」
部屋で休むように伝えていたはずだ。
今は彼女から何も聞きたくない、余裕がなかった。
ライベルは、タエを途方に暮れた目で見つめるしかなかった。
「ニール様。お疲れでしょう。どうぞお休みください」
「タ、エ?」
タエは可憐に微笑む。
黒い瞳はライベルに向けられているのに、どこかおかしい。
「タエ。しっかりしろ。俺はライベルだ」
ライベルは彼女の肩を掴み揺さぶる。
「ニール様。乱暴にしないでください。今日はお話があるのです」
言葉使いもはっきりしている。
正気にしか思えなかったが、彼女は完全にライベルをニールだと思い込んでいるようだった。
パルからニールの死のことを聞いてショックを受けているのだろう。
ライベルはそう考え、彼女の芝居にのることにした。それで幾分タエの気が済めばと思ったのだ。
「何の話だ?」
「私、あなたの妻になろうと思います。時間がかかってしまったごめんなさい。すぐに返事をすればよかったのに」
ライベルは、ニールがタエにプロポーズした話は聞いたことがあった。
(あれは確か……今から十一年前、俺の暗殺事件の前の時だった。確か中庭で昼食をとりながらだと聞いていた)
タエは十代の少女のように頬を赤らめ、潤んだ目をこちらに向けていた。
(……彼女の気が済むのであれば、ニールの振りをし続けるか。だが……それは酷なことなのか)
ライベルが迷っていると、タエは不安を覚えてようだ。
「ニール様。やはり私は相応しくないですよね。こんな罪深い私が幸せになろうなんて……。ごめんなさい」
「タエ」
はらはらと泣き出し、ライベルは彼女のこれまでの王妃生活を思いだす。
(彼女は何も望まなかった。ひたすら国と俺、カリダに仕えた。幸せ、彼女が望んだ幸せはニールと共にあることだったのだ。今は叶わない。もしあの時、ニールの手を取っていればつかめた幸せだったかもしれない)
タエは愕然としているだけのライベルに深々と頭を下げた。そうして背を向ける。
「タエ!」
ライベルは彼女の腕を掴み、引き寄せた。
彼女の黒い髪が頬に当たり、愛しい人を思い出す。
(間違っている。だが……)
背丈は同じ、肌色も、髪の色も、その瞳の色も。
「ニール様」
(彼女は勘違いをしている。正気ではない。だが……)
「シズコ……」
そう呼びかけると彼女が一度だけ震えた。
ライベルは疲れていた。
とても。
全てに。
なので、彼は考えることを放棄してしまった。
腕の中にいるのは愛しい人。
その黒い髪、黒い瞳。すべては同じだ。
その夜、ライベルは初めてタエに口づけをした。
「シズコ……」
だが、決してタエの名前を呼ぶことはなかった。




