六十一 貴族戦争
翌朝、両軍は相まみえ、国王軍はライベルの指揮の下、逆賊はジスランの声の下、戦いを始めた。
最初は勢いがあったジスラン軍であったか、一刻を過ぎて兵の半分を失ってから引くものが現れた。死ぬよりはましと敵前逃亡を企てるものがでてきたのだ。しかし、ジスランとブリュノはそれを許さず、味方であっても逃げるものを殺し始めた。そうなると恐怖に駆られ、兵士は狂ったように国王軍に突撃し始めた。
だが、背後から別の部隊が現れ、ジスラン軍は包囲される。数で完全に負ける彼らに降伏を呼びかけるが、ジスランは自分の正義を主張して譲らない。そんなジスランを守るのはブリュノとその私兵だ。
降参しか道はないのに戦いを続ける兵士達。
惨い戦いに終わりを告げたのは、ブリュノの息子ドニであった。
「逆賊ジスランの首を挙げました。どうかお収めください」
ジスランを守っていたブリュノの私兵が突然二つに割れ争い、ブリュノが死にドニがジスランの首をもって現れた。
報告を受け、ジスランの顔を確認。そしてブリュノ死によって、逆賊の指揮を執るものがいなくなり、壊滅。白旗を完全に挙げ、戦いは終わりを迎えた。
「あっけないものだな」
「そうだな」
王宮から出立した近衛兵と警備兵、一部の貴族と兵士以外は領地に帰還させ、褒美はのちに取らせることにした。降参したドニとほかの主要貴族は王宮へ連行。生き残った逆賊の兵士たちは王宮に連れ帰るには数が多かったため、ライベル派の領主へ頼み、処罰が決まるまで留め置きになった。
馬で並列させながら話すのはライベルとニールだ。
「勝つのはわかっていたが、どうもいい気持がしない」
「俺も同感だ」
ニールは少しだけ体をそらして、背後のドニと貴族を乗せた屋根のない荷馬車に目を配る。
「まずは牢に入れ、裁きはそれからだ」
ドニの裏切りによって戦いは終わり、こうしてライベル達は無事に王宮へ帰還できる。けれども釈然としない思いが渦巻き、陰鬱な気持ちで帰途についた。
☆
「戦いが終わったそうです。陛下もニール様もご無事ということです」
誰よりも先に吉報をタエに届けたのはパルだった。
この情報はパルがハイバンから得たものだが、彼女はそのことを伝えずただ事実のみを知らせた。
タエの表情が一気に和らぐのを見て、パル自身も安堵する。カリダに騙された形でタエとニールと引き合わせ、彼女は精神的に傷ついた姿を目にしてしまった。その罪悪感もあり、今回の吉報を届けられて胸を撫でおろす。
――ジスラン側の裏切りで終結した。まだ安心するのは早い。何かあるはずだ。気をつけたほうがいいぞ。
ただハイバンがパルにそう付け加えたのが気にかかる。
パルとハイバンの関係は彼女自身にも説明できないものだった。
十七年前、パルとハイバンは手を取り合った。それから二年後、静子の代わりに召喚されたタエに付くことを決め、ハイバンと袂を分かつ。けれども、ハイバンは常にパルの傍にいるようで、彼女が危険に陥ったり、何か必要な情報があれば姿を現した。
タエはとても自己評価が低く、己に厳しい女性だった。そして贖罪として王妃の道を選んでいる。静子のようにライベルに愛される道ではなく、王と共に茨の道を歩んでいる。
彼女が愛したニールは、王宮を去り彼の幸せを見つけた。愛妻と生き別れ、再び王宮に戻ってきたがライベル同様、タエに愛をもたらすことはなかった。
――タエ様に幸せになってほしい。
パルは深くそう願っていた。
なので、ライベルとニールの無事の知らせを聞き喜んでいる彼女にこれ以上の心配をかけたくなくて、ハイバンの残した言葉を伝えることはなかった。
☆
タエはパルからの知らせを受け、王室のカリダの元へ向かった。
扉の近衛兵がすぐに伺いを立て、扉が開く。
「王妃」
カリダは公私はきっちり分けていて、こうして公的な場では彼女を王妃と呼んだ。当然タエも現時点で王の代理であるカリダに首を垂れ、パルからの報告を伝えた。
「それは良い知らせだ。だが正式な知らせを待とう。そうでないと示しがつかないからな。それにしても無事でよかった」
喜んでいるのは伝わってくるが、カリダの口調があまりにも普段と異なり、タエは不可思議な思いにとらわれる。彼を二歳から見てきたが、王座に座りこちらに視線を投げかけている彼は別人のようだった。
「そうだ。王妃もこちらで正式な知らせを待たないか?おそらく早馬で伝えにくるだろうから、一刻くらいであろう」
(本当にこれがカリダ?あの柔和な?これが王になるということなのかしら。こう見ると本当に陛下に似ている。違うのは身長の高さと髪の色だけ)
「王妃。どうだ?昼食もまだであろう。私もだ。一緒に食事をとろう」
返事をしないタエにカリダは最後尋ねる。
このような仰々しい彼と食事をするのは避けたいところであるが、断る理由もない。
「喜んでお受けいたします」
そうしてタエはカリダと食事をしながら知らせを待つことにした。




